今日は私の愛する人の誕生日。
一日、 彼の歌を聴く。
一日中、 彼の声を聴く。
ビートルズのアルバムを発表順ではなく録音順に全て聴く。
ビートルズが現役時代に発表した作品を、
ジョンのボーカル以外は、とばして聴く。
それから、解散後のジョンのアルバムを全部聴く。
Happy Birthday!生きていれば、65歳なのね。
小学校3年生の時に、 近所に住んでいた大学生の男の子がビートルズを聴かせてくれた。
一発で、どうしようもなく ぐっときてしまった。
正真正銘のガキンチョのくせに、心臓がきゅんきゅんきゅーんとしてしまったのだ。
その大学生の男の子のところに入り浸るようにして聞かせて貰った。
ある日 私が、 この曲のこの声と、この曲のこの声と、この声とこの声と・・が好きだ、と彼に伝えると、 彼は驚いた。
「つきちゃん、すごい! つきちゃんが好きなのは全部
ジョン・レノンという人の声だよ。」
「ジョン・レノン?」
「この人だよ。」 と彼はアルバムの写真を指差した。
「こっちのアルバムではこの人。 それからこの中ではこの人。」
大人の言葉で言えば、その瞬間私は 恋に落ちた。
好きな人の言語を理解したいと思うのは当然だ。 当然の成り行きで私は母にねだって 英語を習いに行かせてもらった。
その後、当然の成り行きで、アビーロードにも行き、リバプールにも行き、 キャバーン跡地で記念写真。
ビートルズファンなら、このくらいのことをした人は山ほどいると思う。
しかし、これは滅多に居ないと思う。
私の執念はよっぽど強かったのだろう。
ジョン・レノン と 会えたのだ。
それも まわりに誰も居ず、二人きりで話した。
ただし、それは10分くらいの出来事だった。 いや、もしかしたら2分くらいだったのかもしれない。
ジョンが被っていたハンティング帽を脱いで私にくれようとしたその時・・・
ヨーコさんが現れた。
すると、ジョンは帽子をすっと被りなおし、ヨーコさんに腕をとられて去ってしまった。
でもなんども振り向いてくれたもん。 手も振ってくれたもん。
私はボロボロと涙をこぼしながら、呆然と立ちつくしていた。 立っているのに腰が抜けてしまった状態だ。 ジョンとヨーコが視界から消えてもしばらく動けなかった。
そして、 「ジョン、頭のてっぺんあたり、髪がずいぶん薄いんだな・・」 などとアホなことを思っていた。
帽子がもらえなかった腹いせではないが、 そのホテルには VIPフロアがあり (ジョンがフロアごと借りていたのだが)、 そこには当然、一般客はもちろん特別に選ばれたホテルの従業員しか行けない(行ってはいけない) のだが、 私はジョンたちの留守の間にそのフロアに行かせてもらった。
そして、広い廊下に置いてあるいくつかのスタンド式の灰皿から ジョンの吸殻をいただいてきた。ジョンもヨーコもジタンを吸っていたのだが、 口紅のついてないほうを頂戴しました。
生まれたばかりの愛息ショーン君を抱いた老年の女性 (ヨーコのお母さんだったのかなあ) とお話し、 ショーン君を触らせてもらった。
ジョンが朝食の時に使った使用済みの割り箸を、ジョン・レノン様 朝食配膳担当に選ばれた従業員が、こっそりポケットに忍ばせて私に渡してくれた。
ジョンは実は玉子かけご飯が好きなのだ。
普通の欧米人はなま卵など決して食べない。 スキヤキは食べてもなま卵に肉や野菜をつけたりしては食べない。
そんなこと目の前でしたら、 口を押さえて目は点になり、 「先進国の仲間だと思っていたが、やっぱり日本人は未開の地の野蛮な人種だったのだ。」 と確信され、その後の付き合いがなんとなくギスギスしてしまうことになる。
だけどジョン・レノンは なま玉子をぱかっと割り醤油を大量にかけ、箸でぐるぐるかき回し温かい白いご飯の上にだーっとかけ、ずるずると食べてしまう。
そして割り箸が入っていた箸袋は、あの女の子がよくやる・・ん〜、なんと説明すればいいんだ、あれは。 箸袋を結び目を作るようにたたんで箸置きみたいにするやつ・・ね、あれ。
ああいうふうにきちんとたたむのだ。
それを毎朝食ごとにきちんとやる。 だから私はその玉子醤油味の染みた割り箸と、きれいに畳まれた箸袋を何組か手に入れることができた。
当然の成り行きとして、 私は割り箸を舐めました。
今思うと、私のジョン・レノンに対する怨念、いや執念は 周りのちょっと年上の友人達に広く深く知られていたのだなあ。
こんな小娘のために、見つかれば職を失うかもしれない危険を冒して、どうにかしてジョン・レノンに近づけさせようと頑張ってくれて、本当に感謝、感謝。
私がジョンと話せた翌々日の某スポーツ新聞には大きく
「スクープ! ジョン・レノンがお忍びで日本に居た!!」 と出ていました。
ジョン・レノンが撃たれたその時刻、 何年もの間、壁に貼ってあったジョンのポスターがはらりと落ちたのは、 私の片思いの執念のなせる業だったのかもしれません。
翌朝、ニュースを知った私は倒れて一週間起き上がれなかった。
その間、私がジョンの後を追って死ぬのではないかと心配した大勢の友人、知人から電話がひっきりなしにかかり、私はほとんど会話不能状態だったため、 母がメモにその友人達の名前と連絡先を書きとめておいてくれました。
あとからそのメモを見ると、知らない名前がいっぱいありました。
会員でもない連絡も取ったことのないビートルズのファンクラブの会長やジョン・レノンのファンクラブの会長からも電話があったらしくその連絡先も書いてあり、 私はとっても不思議でした。
失語状態から脱し、 連絡を下さった人々に電話をすると、 お悔やみを言われたりして、 余計に首をかしげたものです。
私は、ジョン・レノンが好きだ〜 というオーラを全身から発しながら生きていたのでしょうか・・。
あ、本の紹介。
ビートルズやジョンに関する本は星の数ほどあります。 (星の数は言い過ぎね。)
最近、愛読している一冊を。
これがビートルズだ 中山康樹 著。 −
講談社現代新書ビートルズが残した全公式曲(現役時代に発表したもの) 213曲について全てを 録音された順番に深い愛情と独断をもって評しているものです。
「好き好き、かっこいい、たまらない! どうしてくれるんだ〜。」 という気持ちが溢れんばかりです。
私は気持ちが良いものをただただうっとりと気持ち良がって聴いているだけのファンだったので、こんなに細かく感想を持った上に 読ませる文を書ける筆者に脱帽。
ただビートルズファンの数だけ感じ方、聞き方、愛情の持ち方の数はあるので、全ての感想に、うんうんとうなずけるわけではないです。
私は9割くらいは、うんうんとうなずいて読めましたが。 文章がおもしろくてつい釣られて、うんうん。
例えば、Baby It’s You という曲については、こんな感じです。
・・・ 0分28秒、 1分13秒に出るジョンの 「オッオー」 は 必殺だ。 これだけせつなく、 甘く、 なおかつ世間を徹底的にナメきった声(合いの手というべきか) は 1963年2月11日以前の地球上には絶対に存在していなかった。
うんうん。
これを読みながら聴くとさらにビートルズを楽しめると思います。
ジョン・レノンが好きだ〜!