「行ってきまーす!」
「行ってらっ・・きゃああ〜!!」
「『行ってらっきゃあ』 って なんだよ、それ。」
家族が出掛ける時は必ず外に出て見送る。 玄関で握手して 「いってらっしゃい。」 と姿が見えなくなるまで見送る。
ちょっと前まではハグハグしてチュウもついていたのだが。 (たまに許される。)
朝ごはんをちゃんと食べて、お弁当を持っていき、夜ごはんも親が作ったものをしっかり食べて、 毎朝、握手していれば、 少々の悪さはしても、 世間様にご迷惑をかけるほどの大胆な悪さはせずに育つのではないかと思っている。
そんな根拠のない甘い考えで、やってる。
人間って そんなに単純じゃないか。 まあ、おまじない おまじない。
「空くん、ここここ見て!」
檸檬の木の葉っぱは、春に全てアゲハの幼虫に食べられてこの季節、枯れ木状態である。
で、ウチにはもう一本、植木鉢に植えられたスダチの木がある。 アゲハは、年に二回卵を産むらしい。 秋にはこのスダチの木に集まってくる。
私はサンダルのつま先の1センチ先ほどを指差した。
「えーん、踏んじゃうとこだったよ〜。」
「葉っぱに戻しておきなよ。」
「誰が?」
「お母さんが。」
「割り箸で、つま・・」
「・・むなよ。」
「・・・。 どっちにしろ、もうスダチの葉っぱ、食い尽くされちゃったもん。 だから、逃亡しようとしたんだよ。 ほら、3匹いるよ。」
「いってきまーす! 遅刻しそうなんだから!」
空の制服の裾をつかむ。
「どうするの? あの子達。」
「離せ〜。 遅刻する〜! 白菜かキャベツの葉っぱでも枝に刺しておきなよ。」
「食べるかな?」
「食べないだろう。 いってきま〜す。 ほれ、握手!」
「そ〜ら〜。」
がちゃ。 玄関の扉が開く。
「海! 見てほら、アゲハの幼虫が、葉っぱがなくなって、うろうろしてるの。」
「いってきま〜す。」
「どうするの、これ。 飢え死にしちゃうよ。」
「友達との待ち合わせに遅れちゃうよ。」
「だってね・・・」
「白菜かキャベツの葉っぱでも枝に刺しておいたら? 多分食べないと思うけど。 いってきま〜す! はい、握手!」
「う〜み〜。」
ふーんだ! 小さい頃はあんなに興味いっぱいで、かわいがっていたくせに・・・。
私は家に戻り、 冷蔵庫から白菜の葉っぱをちぎって スダチの枝に刺してみた。
別の白菜の葉っぱで芋虫を3匹すくってスダチの枝にぶらさがった白菜の葉っぱに乗せた。
彼らは怒って黄色い触角みたいなものを出した。 臭い! もう!
今日は良い天気だ。 家の中に戻り、茶碗を洗い、洗濯の続きをし、 布団を干した。
気になる。
玄関の外に出て、 スダチの木を見てみる。 今日の陽気で白菜の葉っぱは水分を失ってスダチの枝に刺さったままくしゃくしゃとなっている。
幼虫たちは、三匹とも植木鉢の土のところにいる。
好き嫌いしてたら、大きくなれないんだからねっ・・なんて我が子にも言ったことのないことを言ってみた。
近所のどこかのウチに 蜜柑の木はなかっただろうか。 伊予柑でもポンカンでも金柑でもスダチでも柚子でも、このさい柑橘系ならなんでもいい。 お願いして、葉っぱを2,3枚もらってこよう。
鍵をかけて家を出ると 隣の家の女性に声を掛けられた。
「おはようございます。」
「まあ、いつも、うちの弟がお世話になっておりまして。」
隣には 高校で古文の教師をしている50代の独身の男性が一人で住んでいる。 大量の本の置き所に困って家を一軒買い、本に埋もれて暮らしている。
たまに、そのお姉さんが留守の時に掃除しにきたりするのである。
「急ぎの用事?」
「いえいえ、ちょっと・・あの散歩です。」
「お茶飲んでらっしゃいよ〜。 もうひとりでつまんなかったところなの。 ね、珈琲をいれるから。 30分くらい良いでしょう?」
では、30分くらい。
実は、私はこの家にお邪魔するのが大好きである。 4LDKのうち、キッチン以外は本で埋まっているからだ。
「珈琲の支度するから、 好きな部屋の好きな本、勝手に見てて頂戴ね。 つきこさんには何でも貸していいって言われてるから、適当に持っていってね。」
「はーい。」
主がひとりの時は上がったことがないが、お姉さんが居る時には何度かお邪魔している。 だいたいどの部屋にどの種類の書籍が置いてあるか私は把握している。 ほとんどが古典なのだけれど。
現代モノは少しだけ。 あまり読まないらしい。
リビングのテーブルの上に一冊の文庫本を見つけた。
吉田修一 の
パークライフ惜しい! ざぶとん1枚! なんて思ってしまった。
本は山ほどあるが、古典が9割。
古い本に囲まれて飲む珈琲は美味しいが、家が新しすぎる。
吉田修一の
パークライフみたいだな。
贅沢を言わせていただければ・・・という意味。
アゲハの幼虫の話をした。
「蜜柑の木なんて、どこかご近所で見かけたような気がするけどねー。」
1時間くらいお邪魔したあと、私は近所を歩いてみた。
黄色い丸いものがいっぱいくっついている木を見た記憶があったのだけれども、行ってみるとどこの家のもそれは 柿の木だった。
どっか、ないかな〜。
人の家の庭の木を見上げながら町内をぐるぐる歩いていると、先ほどもすれ違ったおばあさんが、不信な視線を投げかけてきた。
一人でアパートに住んでいる人だったと思う。 よくアパートの前で植木鉢の手入れをしている。
一人住まいの老人を不安にさせては悪いと思い、 「実は・・・。」 と事情を話した。
「うーん、 どっかにあったよね。 うん、あったあった。 どこだっけかなー。 あー、あの人なら知っているかもしれない。 ちょっと一緒にいらっしゃい。」
私はおばあさんに連れられて、見知らぬ人の家の前に立った。
「この人がね、 蜜柑の木を探しているのよ。 どっか、ここらの家にあったよねえ。」
私はなぜ蜜柑の木を探しているのか、また説明した。
「ああ、あそこじゃない? 連れて行ってあげるわよ。」
私は老女二人に連れられて、また見知らぬ家の前に立った。
「あら、柿の木だわねえ。」
「どうしたの?」 そこの家のおばあさんが顔を出した。
「いやー、この奥さんがねー。 みかんが食べたいって言うので・・」
「いえいえ、違います! 私が食べたいのではなくて、実はですね・・・」
言っておきます。 私はだいぶ前から、この状況をへんてこな状況だと気づいています。
どうしてだか、ちょっとしたことが大きくなっていく。 思いも寄らない方向に発展していく。
自分の言動がイケナイのはわかっているが、いったいどこらへんあたりからイケナクなっていくのか、わからない。
この文で行くと、何行目あたりから、兆しは見えていたのでしょうか。
昨日スーパーで買ったという青い蜜柑をふたつ頂いて、3人のおばさあんに連れられてまた歩き出しました。
でね、話が長くなるから はっしょっちゃうけど、 私は蜜柑とポンカンの大きな枝を二本と、青い蜜柑を二つと、”しあわせ茶” というネーミングの100g入りのお茶の袋と、ハトサブレ三袋を抱えて帰りました。
その枝は、家のスダチの木よりも、よっぽど立派です。 もしかしたら根付くかなと思い、植木鉢に植えてみました。 多分無理ですね。
「葉っぱが足りなくなったらまたおいで。」 と言われたので、今度はお茶菓子持って行こうと思います。
芋虫たちは最初は興味なさそうで、 やっぱり同じ柑橘系でも、スダチと蜜柑とぽんかんでは、葉っぱの味が違うのかなと心配していましたが、 数時間経つと諦めたのか、蜜柑の木の葉っぱを食べ始ました。
白菜よりはマシでしょう。
隣に住んでる古文の先生。
吉田修一を読むのは
パークライフが初めてかな。
そうだったら惜しい! いくらパークライフで芥川賞を受賞したからといってもパークライフから入っちゃもったいないです。
芥川賞候補作になったものの賞を逃がした
最後の息子 の ほうがずっとずっと魅力的。
熱帯魚 もいい。
芥川賞の基準って一体なんだろうって、首をかしげることってありませんか?
吉田修一はかなり好きです。
文章が映像的で視覚に訴えてくるよう。
最後の息子 なんて、主人公がビデオカメラを持って自らの映像を撮る文章がさらに映像的で・・・・ えー、読んでみてください。
その上、臭ってくるんです。 匂ったり、臭ったり。
登場人物たちの若い汗臭い体臭。
赤ん坊のベビーパウダーの甘く粉っぽい匂い。
海岸に打ち上げられて周りに虫が飛んでいるようなムッと塩臭い海草。
酒場の酒と煙草と化粧と香水と流れの悪いトイレの排水口がごちゃ混ぜになったような退廃的な匂い。
等々。
それが、
吉田修一。
でもね、 パークライフ は、 映像は浮かぶんですけど、匂わない。
自分の匂いが気になって気になって仕方なくて、消臭剤みたいなものをいっぱい振り掛けてる清潔好きな若者が増えたって聞くけど、
吉田さんは 臭いままでいてくださいね〜。