
いろんな気持ちが本当の気持ち 長嶋 有 2005.7 筑摩書房
角田光代 の 「みどりの月」の文庫版を読んだ時に、 無神経でずうずうしい登場人物たちがのさばっているお話で、あまり好きになれなかった。
そのストーリーは好きではなかったが、それよりも、解説の文章が良くてその一部分を手帳に書き写しておいた。
それなのに、 その解説を書いた人が誰なのかは書き写し忘れてしまっていた・・。
で、見つけました。
あの解説を書いた人は、長嶋有だったのね。
このエッセイは、 長嶋有が書く小説とは雰囲気が違います。
彼の小説の最後は、主人公や登場人物といっしょにその場に取り残されて軽く呆然自失するような余韻が残るのですが、 エッセイではあれこれあれこれ空想や妄想が飛びまくった末に 「え!そんな断言を」なんて笑ってしまうようなことがいっぱい。
長嶋さんて、 いつも空想や妄想ばかりしていてかわいい。
ギャラリーや劇場やライブに並ぶ列で、 簡単に女性を片思ってしまうそうです。
そして例えば映画が終わるまでの間、空想がどんどん進み 「最後」 までいってしまうそう。
「最後まで」 というのは、 その子を口説いてセックスするところまで、 ではなくて、 おじいさん、 おばあさんになった2人が縁側で茶をすするまで最後でなくても、 方向はそこを目指してしまうそうで。
一度別れるが、 再会してよりを戻す、 ぐらいまで順を追って空想してしまうのだそうです。
完全に、危ない男だ。 キモーい (読者にいわれるまえに自分でいっておく) と書いてあるが、 この豊かな想像力、空想力、妄想力がちゃんと「小説を書く」 能力に生かされているから、 危なくないですよ、 と言ってあげたい。
作風からか、 名前のせいなのか 女性と勘違いされることが多いらしく、 それならば、 かわいい女の子に 「長嶋有」 と書かれたタスキをかけさせて 「一日長嶋有」 として サイン会をするのはどうだろうか、 なんて話にも笑ってしまった。
こういった妄想が突き進んでいくエッセイのほか、 好きな本や映画についてのエッセイ、 他の作家の為に書いたいくつかの解説も載っています。
このエッセイのタイトル 「いろんな気持ちが本当の気持ち」 というのは、 角田光代の「みどりの月」 に書いた解説の中の言葉からだったのでした。
手帳に書き留めておいたほど気に入った言葉だったのが初のエッセイのタイトルになっていて、 嬉しくて、 作品だけでなく長嶋さんのファンになってしまいそう。






