2006年10月23日

10月23日物語U : それぞれの村上春樹


村上春樹の本が並んでいる棚からふと取り出して一冊読む。
そうゆうときはたまにあるけれど。
出版された順に最初から最後まで全部読んでしまう、そんな時期はわたしにとって前にもうしろにも右にも左にも動きが取れなくなっているときらしく(あとから考えてみれば)。
良くも悪くも、自分のとても親しいところに位置している大切な作家である、などと思うのですが。
そんなふうに感じる人が多いからこんなに読まれるのでしょうね。

エッセイや翻訳などを除いて年代順に並べてみると、

1979  風の歌を聴け  
1980  1973年のピンボール
1982  羊をめぐる冒険
1983  中国行きのスロウ・ボート
      カンガルー日和
1984  蛍・納屋を焼く・その他の短編
1985  世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド
      回転木馬のデッド・ヒート
1986  パン屋再襲撃
1987  ノルウェイの森
1988  ダンス・ダンス・ダンス
1990  TVピープル
1992  国境の南、 太陽の西
1994  ねじまき鳥クロニクル(第1部・第2部)
1995  ねじまき鳥クロニクル(第3部)
1996  レキシントンの幽霊
1997  アンダーグラウンド (*ノンフィクション)
1998  約束された場所で  (*ノンフィクション)
1999  スプートニクの恋人
2000  神の子どもたちはみな踊る
2002  海辺のカフカ
2004  アフターダーク
      象の消滅
2005  東京奇譚集


「年代順に全て読む」 のは、著者が健在な限り、 年々作品の数が増えていくので(当たり前)大変な作業になります。 
しかし作業だなんて実は思っていないので、 とり憑かれたように読んでいきます。

村上春樹の本は、 読み直すたびにひとつひとつの作品内の新しい発見や、作品と作品との符合を見つけて楽しめる反面、 読んでも読んでも深まる謎もあって、 それはわたしが馬鹿なのか、 読解力が足りないのか、 わたしの受信機に不備があるのかと不安がよぎることもあります。
だからといって、
この 「共鳴+謎+読解力不足疑惑」 を、 どうにかしなきゃなんて気持ちはさらさらなく、 世に売るほどある(売っているのよ)村上春樹解読本やら研究本やら評論本なんか、ゼッタイ(!)読むもんか!!と思っています。

思っているところに、 友人が 村上春樹はくせになる なんて本をプレゼントしてくださり、 へらへらと頂戴し、そして変な罪悪感とともにわくわくと読んでしまいました。
それはまるで、中間考査発表直後に数学の教師が落とした意味不明のメモを拾ってしまったときのような気分でした。 
[・直子オムツ  ・牛乳2本  ・P35〜P51  ・作図2点、 各5点  ・山下さん、柿の礼状電話]

頼むから わたしの 「共鳴+謎+読解力不足疑惑」 に手を出さないでくれ〜と著者の清水良典に願いつつ、読み進めましたが、願いは届いたようです。

「謎は謎のままでいい」 というメッセージがひじょうにありがたく、 「共鳴+謎+読解力不足疑惑」 を抱えたまま今後も村上さんと親しくお付合いを続けていけそうで嬉しく思います。

もうひとつ、ありがたかったのは、 わたしが年代順に読むときに、 はずしていた 「アンダーグラウンド」 と 「約束された場所で」 は、 はずすべきではないと知ったこと。
ありがたい、というか、読む量が増えて迷惑だ、というか。 
はずすべきではなかった、 ということがわかったから、 それでOKということで、 今後も年代順に読みたいときは、 はずしそうです。


オンライン書店ビーケーワン:村上春樹はくせになる

村上春樹はくせになる  清水 良典著  2006.10 朝日新聞社
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2006年04月30日

4月29日物語 : 使いみちのない風景


世間はゴールデンウィークだというのに、わたしはどこにも行けない・・・
なんて気持ちはまったくわきません。
今、おんも怖い怖い病になっているからではなく、もともと旅行ってあまり好きではないから。  
旅行って帰ってくることがわかっているから旅行なんですよね。
行っちゃったら行っちゃったまんまできるだけ長く帰ることを忘れていられるほど行ってしまいたい。

春樹さんは、 ある雑誌で自分の「略歴」を読んで、なんだか深く考え込んでしまうことになった。
そこには 「趣味は旅行をすること」 と書いてあったからだ。
春樹さんは、 旅行が趣味だなんて考えたことはただの一度もなかったけれど、 たしかにこの7年ばかりほとんど日本に住むこともなく、 あちこちと流れ歩いているわけだし、 そう思われても仕方ない、と思う。 

もし人間を放浪型と定着型 ― あるいは狩猟型と農耕型というべきか ― のふたつのカテゴリーに分類することができるなら、 僕はかなりの確率で後者の方に属することになると思う。
じゃあどうして定着型の人間が何年もに渡ってそんなにあちこちと移り歩いたりしているのか。
結局のところ僕は 「定着するべき場所を求めて放浪している」 ということになるのではないかと思う。

春樹さんは話を続ける。

僕が見てきた風景はおおまかに二種類に分けられる。
必要に応じて意識的に引き出せる風景の記憶と、
まったく唐突に、ほとんど身勝手に、僕の前に姿を現す風景の記憶。
後者のような記憶が頭の中にふとよみがえるたびに、僕はこう思う。

「やれやれ、 なんでこんな風景をいつまでも覚えているんだろう。 どうしてよりによって今、 こんな風景を思い出さなくてはならないんだろう」 

僕らの中に残っている幾つかの風景、 いくつかの鮮烈な風景、 でもそれらの風景の使いみちを僕らは知らない。

まったく唐突に、ほとんど身勝手に姿を現す風景は、 リアルな夢に似ていると、春樹さんは言う。

つきこさんは、そう、ほんとにリアルな夢みたいね、と思う。
そしてやはり、その風景の使いみちはわからない。
そんなリアルな夢の使いみちだってわからない。

村上春樹の文章と、 稲越功一の写真とで、 トリップ。

オンライン書店ビーケーワン:使いみちのない風景  
使いみちのない風景  村上 春樹文 / 稲越 功一写真   中央公論社
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2005年12月24日

12月24日物語 : I wish・・


オンライン書店ビーケーワン:ノルウェイの森 下


    オンライン書店ビーケーワン:ノルウェイの森 上

             オンライン書店ビーケーワン:ノルウェイの森 下

                       オンライン書店ビーケーワン:ノルウェイの森 上




世界は辛くて理不尽なことだらけだけれども、 

蛍はよろめき立ち止まり迷いながらも、恐る恐る羽を広げ生きることを受け入れたのです。

そう読んでほしいと思います。

I wish you a very happy Christmas !!


オンライン書店ビーケーワン:ノルウェイの森 上 ノルウェイの森 上
オンライン書店ビーケーワン:ノルウェイの森 下 ノルウェイの森 下 村上 春樹〔著〕 講談社
posted by tsukikohime at 23:00| Comment(11) | TrackBack(2) | 村上春樹 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月06日

12月6日物語 : 夢工場のこと


月が少しずつふくらんできて、 気持ちが落ち着いてきます。

朔の日と生理が重なったりすると最悪の精神状態になってしまう。


逢えないときは夢で逢いましょうと、あのひとは言うけれど

そんなに簡単に つごうの良い夢なんか見れなくて、 逢える日より逢わない日のほうが圧倒的に多いのだからそんな毎日のように素敵な夢なんて見れるわけがない。

夢で逢いましょう 

そんな気持ちで目を閉じましょう。 そういうことをあのひとは言っているのはわかっているけれど。

近頃の 「夢」 は 品質低下が目立っていて、 私は今、工場はどうなっているのかが気に掛かる。


私が 「夢工場」 に勤めていた頃には 企業自体もしっかりしていたし、 なにしろ会長が立派な方だった。

会長がお亡くなりになってから、 オートメーション化やコンピューターの導入などで随分資産が使われたようだ。

スピード化をはかってコストを抑えて、 手作業が減って・・・ つまらない夢ばかり増えた。


義務教育を受けているわたし達は、 誰しも小学校2年、4年、6年、中学2年と 都合4回も社会科見学で あの夢工場に行ける訳だけれども、 わたしの場合、 2回しか行けなかった。

それって 非国民!? 

まさか! わたしが行けなかったのは、 4年生の時にスカウトされてしまったから。

そんな特殊な能力が自分にあるとは、 それまで気が付かなかった。

これって遺伝的なものじゃないから、 母にも父にももちろん親戚にもいなかったんだもの。

歴史の時間に習っていたから知ってはいたけれど。
 

2年生のときに はじめて行ったときは、 「あれ? これは・・・」 という不思議な気持ちになった。

第2セクションC−8の巨大なガラスの向こう側にはりついている子どもたちを見ていた会長さんは、 あの時すでに気が付いていたんですって。

あの子はそうだ、と。


「でも、 もう少し学校にきちんと通わせてあげたかったからね。」 と、 初めて会長にお会いした時に言われた。


「遺伝的なものじゃ、ないんだよ。」

会長が話すたびにあごの白いひげが動くのがおもしろくって、 そこばかり見ていた私は目を上げた。

「遺伝子のせいじゃないんだ。 そうだよね?」  会長はもう一度言った。

もうわたしが答えを知っているかのような言い方だったので、 わたしは答えを知っているような気分になって、 そうしたら口から言葉がこぼれた。

「夢の中の前世のせいよね。」

会長は大きな口で大きく笑った。 目は三日月のようだった。 

「よしよし、 わたしの目に狂いはない。」

あごのひげが豪快に揺れて、 わたしは嬉しくなった。


わたしは 「幸福な夢」 しか作れないから、 これはあとから聞いて本当にびっくりしたのだけれども、 すごいお給料だった。

平均すると一般セクションで働く20代の大人でも時給5ページなのに、 わたしは10歳で時給30ページだった。


初めてATMで、2000ページ分を おろしたときは嬉しかったなあ・・。

おかげでたくさんの本を手に入れることができたし、 この若さでもう私設図書館まで建てられたんだもの。


時給1行〜5行しかもらえない あの灰色の建物で働く人たちの話は 今度別の機会にしますね。

犯罪者たちのこと・・。  罪の等級によって差はあるものの、ずっと悪夢だけを製造するのってどんな気持ちかしら。  気がふれてしまう人もいるらしい。 

でも仕方ない。  きちんと罪を償ってもらわなければ。


暗いはなしになっちゃった。  ごめんね。  じゃ、楽しい本を紹介します。


村上春樹 と 糸井重里 の共著。  夢で会いましょう です。

共著と言っても、 対談とかじゃなくて、これ少し変わっています。

カタカナ文字の外来語をテーマに、 二人それぞれがショートショートを書いているの。

順番はばらばらだから、 どのショートショートを 村上春樹 が書いているのか、 糸井重里 が書いたのか当てるのも楽しいです。  文章の最後に (m) と (i)のマークがあるけど、 
(m)が村上さんで、 (i)が糸井さんです。  わたしは口惜しいことにひとつだけ間違えてしまいました。


本をたくさん読んで楽しめば、 あなたも夢工場で働ける可能性がどんどん増えますしね。

「夢の中の前世」 の先天的能力がなくても、 あとから才能が花開く人もいるし、 たくさんの本を読んで あこがれの夢工場の 一般のセクションの試験に受かることができるのだもの。

B−7や、 N−25や、 Q−16の部門だって、 努力次第で昇級できますよ!!


とにもかくにも誇り高い仕事だし、 一生、安泰なのが嬉しいですよね。


夢で会いましょう
村上 春樹〔著〕 / 糸井 重里〔著〕
講談社 (1986)
通常2-3日以内に発送します。
posted by tsukikohime at 22:04| Comment(4) | TrackBack(1) | 村上春樹 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月29日

11月29日物語 : 落ち葉の季節

おとなだから理性をしっかり持たなくちゃいけないと思いつつ、 抗いがたいことってありますよね。

こう条件反射的に、 むずむずっとくるけれど、 がまんしなくてはいけないこと。

例えば、 焼き芋やさんの声が聞こえてくると裸足で飛び出したくなるとか、 知らない町で銭湯を見ると入りたくなるとか、 阪神が優勝すると川に飛び込みたくなるとか、 柴犬を見るとマジックで眉毛を描きたくなるとか、 脱いだ靴下の匂いを嗅ぎたくなるとか。

*注 ・・・ 上記はどれも私のコトではありません。


わたしはね、 この季節が一番危ないの。

落ち葉ね。  

落ち葉が大量に溜まっているとね、 しゃかしゃかしゃか〜って歩きたくなります。

だいたい地面から最低3センチは必要ね。  あのしゃかしゃかしゃかって踏む音とある程度の弾力も必要なのよ。 くるぶし辺りまでがベストかな。

落ち葉を集めて山のように積み上げてその中に飛び込みたいとか、 そんな子供っぽいことは考えてないです。


ふわふわという弾力としゃかしゃか〜という乾いた音・・・。

ふわふわとしゃかしゃか。  ふわしゃかふわしゃか。  あ・・。


今日、久しぶりに外出しました。  しばらく引き篭もり主婦をしていましたが、 吉祥寺に ”箸で切れるトンカツ” を食べるという目的を力強く持って出掛けました。

へらへらした格好でふらふら〜と出掛けると、 圧倒的な人込みにくらくらっとしてしまうので、 まだ一度も袖を通していない取っておきのワンピースを着て、ステンカラーのオーバーコートを着て7センチヒールを履いてサングラスもかけてビシっとして出掛けました。


そして、 20年前と変わらず怖い顔をしたおじさんが若いもんをいつも怒鳴りつけている 古びたビルの地下にあるトンカツ屋さんに行きました。

「ヒレかつ」 のつもりだったのですが、 「ロースかつ」 にしてしまいました。


なんの話だっけ。  あ。  で、すっかり気持ちが軽くなって胃が重くなって自宅最寄の駅に降り立つとそこには、 まるでわたしの引き篭もり主婦脱出を祝うかのように 理想的な落ち葉の吹き溜まりがあったのです。


走っていってすぐにでもそこをしゃかしゃかしたかったのですが、 わたしは冷静なほうなので、 駅前のオープンカフェに入り、しばらく様子を見ることにしました。

アイスラテを注文し、 店の表にある夏の渚の忘れ物のビーチチェアのようなものに腰かけ、人通りや落ち葉の集まり方などを観察しました。


そういうところでぼーっとしているならともかくじーっと一ヶ所を見ているのも変かなと思い、バッグから 村上春樹 の 村上ラヂオ という エッセイを取り出し読むふりをしました。


読むふりをしながら落ち葉が理想的に溜まっている当たりをちらちら見て、 どのようにしたらいい年したおばさんがバシッとおしゃれした格好で不自然でなく落ち葉踏みを公衆のまっただ中でできるだろうかと計画を練っていたのですが、 悲しいことに気持ちはどんどん本のほうに入っていってしまいました。  大好きな村上春樹 だったからいけないのですね。


読み始めて、 あれなんかこれ、変だなと思いました。  微妙に村上春樹っぽくないのです。

小説ではなくエッセイという形態だからかなとも思ったけれどそれだけではない。

なんだかいつもより照れが強くて、かわいくて 親切。

基本的に、 照れが強くて、かわいくて親切な人って気はしているのですが、 それがこのエッセイでは少々割り増しされている感じがする。


そうしたらこのエッセイは、 雑誌 「anan」 のために連載したものだったのです。


あとがきに、 

   「anan」 を手にとって読むのは、 だいたい20歳前後の若い女の人だろうけど、そういう人々がいったいどんな読み物を求めているのか、僕にはほとんど見当もつかない。  

と書いてあります。  そして、

   じゃああれこれ考えないで、 なんでもいいから自分に興味のあるこだけを好きなように書こうと思って、書きました。

それから、

   「anan」 の読者が実際に読んでどう思ったのかはよくわからないけど、 僕自身のことをいえば、 好きなことを好きに書けたので、 けっこう楽しかった。

と書いてありました。


好きなことを好きに書いたのは本当だろうが、 頭の中には常に 「20歳前後の ”anan" を買うタイプの女の子」 の漠然としたイメージがあったんだろうなと思う。


だってこれが、 イキイキ健康生活的雑誌だったり、 充実した定年ライフ的雑誌だったり、 ヤンキーポーイズバリバリライフ的雑誌だったり、 週刊不倫マダム的雑誌(ないよね・・)だったりしたら、 こんなにも照れたり親切なエッセイにはならないのではと思う。


村上春樹 の おじさんっぽい側面を見たような気がします。  しかしなにはともあれ、 村上春樹 なので O・Kです (ごひいき)。


日が暮れてきました。  この11月も末のもの悲しげな夕日を静かに受け止めて落ち葉らしい色がさらに情緒的に落ち葉らしくなっているこの時間帯は、 落ち葉踏みに不可欠な哀愁感がともない、まさに最高のシチュエイションです。


駅から降り立つ人の数も増え、 駅に向かう人も増えてきました。  みんな目的地に向かって心はそっちにいってますので、 他人のことなどかまっちゃあいられません。

しかし、 バス停に暇そうにたたずんでいる(暇なわけではないのだろうけど)多くの人たちのことや駅前の交番のおまわりさんの視線のことを忘れてはいけません。

ビルと風との関係によって、 落ち葉は広い歩道の半分側に寄り固まっています。

人々はぶつかりそうになりながら半分の狭さになった歩道(落ち葉のないほう)を行き交っています。

たまに小さな子がしゃかしゃかと落ち葉の上を歩こうとするのを、 お母さんが手をひっぱって止めさせています。

こらこら、 君たちは公園でやりなさい。

いまだ!

「やんなっちゃうな! こんなところヒールが埃っぽくなってすっごく嫌だし歩きづらいけど、 私とーっても急いでるから歩道の混んでいるほうを歩いてる場合じゃないのよね。」 

というむっとした態度で、

ふわしゃかふわしゃかふわしゃかふわ〜。  ・・・7秒くらいで終わっちゃいました。

あとから見るとワンピースの裾に枯葉がついてたりして。
 

まいて枯葉などひとつふたつついたるを見ゆるはいとをかし。     つきこ


オンライン書店ビーケーワン:村上ラヂオ村上ラヂオ 村上 春樹文 / 大橋 歩画 新潮社


  


  
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2005年08月14日

8月13日物語 : 上弦の月を見上げる

 
 うつむいてばかりいる。 茶碗を洗う。 本を読む。 料理をする。 部活でドロドロの空くんのウェアを風呂場で洗う。 水溜りがあるといまだに歩いてみたくなる海ちゃんの靴を洗う。 本を読む。 洗濯物をたたむ。 庭の草むしりをする。 E.ギターを弾く。 掃除機をかける。 雑巾がけをする。 本を読む。 アイロンをかける。
 肩凝った。 首が痛い。

 洗濯物を干す時くらいじゃないかしら。 前方少し斜め上を向くの。

 手元の作業ばかりだから、いけないのだ。

 「キャベツってえらいよねー、 剥がしても剥がしてもほらこんなにしっかり巻いちゃってどこまでもキャベツなの。」

 「やだ、お母さんの鮭の切り身、骨が多いとこばかり。 ねえ、人間の骨の数ってみんな同じだよね。 やっぱり、鮭も一匹の骨の数ってどれも同じなんだろうね。 鰯もそうなんだよね、すごいね。 本当に本当かな。 鰯なら小さいから今度数えてみようよ、ね。」

 近くばかり見ている。

 私の生活に、海はなく、山もなく。  お天気の確認の為に少し空を見、夜、少し月を見る。



 「何を食べますか?」

 「天麩羅! ・・・で良いですか?」  あいたた。 首が痛い。

 「どちらの店にしますか?」

 「つなはち本店じゃないほうの。」 いたた。 「で、良いですか?」

 「の、向かいの店ですね。 僕も断然あちらのほうが好きです。」

 マサユキさんは背が高い。 160cmの私が高めのヒールを履いても、随分見上げなくてはならない。 すぐそばにいるものだからよけいにだ。


 部屋に入る。 背骨が恥ずかしく鳴るほど抱きしめられる。 

 「折れそうな音がしましたね。」 くすっと笑われる。  またぎゅっとされる。
 抱いたまま持ち上げられる。  靴が脱げる。 コト。 カタン。  同じ高さに持ち上げられたままキスをする。   降ろされる。   彼のシャツの第三ボタンを見つめる。  貝ボタンの模様がかわいい。
 マサユキさんの顔が近づく気配。 顎の下に暖かい指がくる。 
 私は軽く抵抗してしまう。 イタタ。 彼の胸に顔をつける。 しばらくじっとしている。
 窓の外が白く光った。  腕の横から少し見る。 稲妻だ。 36階に居るのを思い出す。 雨になるのだろうか。  顔を彼の胸に戻す。

 私の頭の少し後ろに当たっている彼の顎が動く。 「つきこさん、今日は僕の顔をあまり見てくれないんですね。」 

 「そうでしたか?」 胸に顔をつけたまま答える。

 「そうです。 今日は会った時から。 そして今も。」 

 少し悲しそうな声が、肋骨を伝わって私の耳に届く。

 
 「キスさせて」 マサユキさんの胸の奥の骨から声が振動する。

 背中に回したマサユキさんの両手を探して私の両手で掴む。 体を少し離して掴んだその手を見ながら言う。

 「ベッドに連れていって。 すぐ。」

 すくいあげるように抱き上げられてベッドまで運ばれる。

 「早くこうしたかったんですね。」  マサユキさんが嬉しそうに小さく笑う。

 ふたつ重ねられた羽毛の枕の上に頭をそっと置いてくれる。 真正面にあるマサユキさんの顔を見る。 目と目が同じ位置。  首がラク。

 「早くこうしたかったの。」

 近づくマサユキさんの唇におもいっきりキスをする。 おもいっきりキスされる。  ふたりでひとつのキスをおもいっきりつくる。  頭が枕の中に沈みこむ。  やっとおもいっきりキスできる。


 帰り道、空を見上げる。
 上弦の月。  雲が多いが、しばらく見ているとやわらかな薄い光を放ちながら現われる。 
 また、雲の向こうに隠れる。 また現われる。 
 あら、
 首が痛くない。 なぜかしら。 首と肩がすっきり。


 今朝、かつて読んだ本をまた開いた。
 村上龍村上春樹対談のウォーク・ドント・ラン。  二人とも群像新人賞でデビューしている。 村上龍はどんどん自ら状況を作ろうとする人で村上春樹は流れの中で自分の馴染むところを見つけてしまう人という印象を私は持つ。 そんな二人がどんな会話をしていたっけ。 
 確か朝は、読み出して10分も経たない時にマサユキさんからの着信音が鳴ったのだ。  慌てて本を閉じて携帯を掴む。 栞をはさむ余裕などなかった。

 夜、その本を持って布団に入る。 さて、どこまで読んだっけ。 本を頭上に掲げたまま体の向きを変える。

 いたたたたたー。

 今度は腰の辺りが。


 
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2005年07月18日

7月15日物語 : 上弦の月だったっけ

あーやっぱり、上弦の月。

なんだか件数も多いし、情緒溢れる文章が多いと思ったら…。 
 
今日から満月までの間、ひとりあたりの件数が増え、内容も変化していく。 ロマンティックな文面が次第にだんだん熱を帯びてくる。


『つきこさんに逢うまで、僕は月を見上げることさえ忘れていました。あなたは僕に月を見る時間をくれたのです。 相変わらず仕事はいつも忙しく、疲れ果てて家路を辿る毎日です。 つきこさんを知ったからといって時間が増えたわけではないのに。』

『つきちゃん、逢いたいなー、 僕は今、月に向かって、(つ〜きちゃん)なんて言ってしまった。
僕の声、届いたかな。』


『つきこ、 今、つきこが僕の隣に居てくれたらと思う。 昨日から村上春樹レキシントンの幽霊を読んでいる。君に逢う前は、 村上春樹なんて買うのも照れくさかったのにな。 無償につきこに逢いたくなった。』


月がふっくらと、そのふくらみかたのあまりの速さに自身戸惑っているかのように、羞恥しながらも、次第に誇らしげにまあるくなっていく。


恋人たちの中の私の位置は、少しずつ、彼らの胸のあたりから下の方に降りていくようだ。

文章に情緒が無くなっていく。
 
詩的とは少々言いがたいが、恋人たちの、喉元に込み上がってくるような思いは、私に懺悔の気持ちや悲しさ、無力感を強いていたのに、それが、薄れていく。

やるせなさの穴にやわらかい羽毛を詰めていくようだ。

ラクになってくる。


同じ人かと思うほど、話は生理的な苦痛の方向に移っていく。
直接的な言葉が増えていく。


着信音が鳴ってメールを開けると、文字が、私の脳を通過する暇もなくまっすぐ適所に届く。

『シたい。』

それ、ズクンときて、好き。

早く満月に近づかないかなー。

オンライン書店ビーケーワン:レキシントンの幽霊 レキシントンの幽霊 村上 春樹著 文芸春秋

 
posted by tsukikohime at 16:06| Comment(2) | TrackBack(0) | 村上春樹 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする