『今日、逢えますか?』
『大丈夫ですけど、怪我のほうは? 心配です。」
『かなり痛みますが支障ないですから。』
私はその時
奥田英朗 のエッセイ、
延長戦に入りました を 読んでいた。
表紙の写真に意味深げな写真が使われているが、内容と全く関係ない。
なんたって奥田英朗が書いているのだ、 笑いを期待して読み始めた。
ちょっと気になってはいたがわざわざ深く考えることもないだろうと通り過ぎていたようなスポーツに対する素朴な疑問や感想が奥田英朗のえぐるような視線で書かれている。
えぐるようなというか・・普通つっこまないところをつっこんで書いてるので、笑えます。
スポーツするのもスポーツ観戦にも興味がない私なのに、おもしろかったです。
例えば
* 格闘家の信念と小心者の世渡り
* レスリングのタイツはなぜ乳首をだすのか
* スポーツのがに股と女子選手の葛藤
* ボブスレーの前から2番目の選手は何をする人なのか?
* ジャイアント馬場が本当に強かった1960年代
* 運動部の不潔と青春の勲章
* 日本の正月と駅伝中継高視聴率の秘密
など34篇。
『このまえみたいにあんなに痛がっているのを見てしまうと・・・。 完治してからのほうが良いのでは?』
『痛くても、逢いたいんです。 どうか逢って下さい。』
『わかりました。 今日はお茶か、お食事だけにしてくださいね。』
『はい。 頑張って我慢します。』
待ち合わせは赤坂見附になった。 家から一時間近くかかりそうだから電車の中で続きが読めそう。
私と知り合ってから昔やっていたあるスポーツを再開してしまったマサユキさんは、度々怪我をする。 普段は会社を経営しているのだから、ジムに通う時間もあまり取れないのではないだろうか。
私より一回り近く若いといっても、あれはかなりハードなものではないかしら、と想像する。
この間は左側の肋軟骨で今度は右側の肋軟骨だそうだ。
若い頃から何度も折っているので、折れ易くなっているのかもしれない。
「私、何も知らないので失礼を承知で聞いてますが、あれはスポーツなんですか?」
「スポーツというよりショーですよ。 筋書きがあるんですから。」
「折れてしまうのも筋書きなんですか?」
「相手が熱くなってしまうとね。 そもそも熱くなる性格の人はあれをやっちゃいけないんですよ。」
確かにマサユキさんは とてもアレをやっているように思えない静かな性格の人だ。 ジョークさえ滅多に言わない。
スカパーで観れますよと言われても観戦チケットをあげますよと言われても 私は観ない。
誰がやっていても、例えそれがショーだと言われても、観るのは怖い。
まして、マサユキさんの試合なんて。 想像をはるかに超えている。
「本当に大丈夫ですか? 我慢してくだされば良かったのに。」
「逢ってしまうと、やっぱり無理です。」
「だから、完治してから逢いましょうと言ったんですよ。」
「そんなこと言っていたらいつまでも逢えません。 しょっちゅう折ってますからね。 肋骨は、折れてももう放っておくしかないんです。 安静にしてるしかないんですよ。」
「これは、安静にしている状態に思えないんですが。」
私はマサユキさんを見上げながら言う。
「上半身はわりと安静ですよ。」
でも、この腕・・・
私は顔を左に右に動かしてひとつは肩のあたり、もうひとつは私の頬の横にあるマサユキさんの両方の二の腕の筋肉を、見る。 そして汗の粒が光る胸に目を落とす。
痛そう。
帰りのタクシーでマサユキさんは胸を押さえた。 額に汗が滲んでいる。
「大丈夫ですか?」
「はい、ちょっと・・。」
「やっぱり痛むんでしょ?」
「骨がずれたかな・・」
「えー! どうしましょう! 病院に行きましょうよ、このまま。」
「つきこさんの帰宅時間が遅くなりますから、先に送ってから病院に寄ってみます。」
「私、別の車で帰りますから。 もう、マサユキさんたら。 どうして早く痛いって言ってくださらなかったの? 途中でも止めれたのに。」
「途中では止めれませんよ。 延長戦に持っていけても。 それに夢中になっている時は、どうってことのない程度の痛みだったんですよ。 不思議ですね。」
本当にもう。 いつも静かに話すしほとんど敬語だし冗談も滅多に言わないのに、時々私を赤面させるようなことをさらっと言う。
赤くなると嬉しそうな顔をするので、 多分からかわれているのだと思う。 くやしい。
「折れた骨の先が内臓に刺さったらどうするんですか!」
「なかなか刺さるもんじゃないですよ。」
「今度から肋骨が折れたら3週間は逢うのは禁止です。」
「そんな・・・」
「お食事だけと言うのもダメです。 マサユキさん、絶対それじゃあ済まないんだから。」
大きな体のマサユキさんが子どもみたいにしょげてしまった。 きつく言い過ぎたかしら。
ちょっと可哀想になってしまった。
「そんなこと言わないでください、つきこさん。」
情けなさそうな声で言ったマサユキさんはチラッと運転手の方を見ると、 「それならば・・」 と私の耳に口を寄せて、その続きを言った。
「こういうのはどうでしょう。 つきこさんがね、 ××に××って××を××××で×××・・・」
私はおもわずマサユキさんの胸のあたりを持っていた本でバシッと叩いてしまった。
「うっ。」
「あ、ごめんなさい!」