ニートにも色々種類があるようで、 ひきこもり型とか一度は就職したけれど嫌になって辞めてからやる気がでなくなった型とか、 就職しようとしてみたが怖気づいて一度も働けない人とか、 とにかくめんどーだるい、働くなんてあほらしい型とか、 それぞれそうなった理由を抱えていそうだ。
不思議なのは生活費はどうしているの? というところ。 番組のゲストも司会者も、細木さんも不思議がっていて私も不思議に思った。
人にもらったものをネットオークションにかけて生活費を稼いでいると得意そうに語っていた人は、 文句を言う家族と顔を合わせたくないから自室でひとりコンビニのお弁当を食べているそうだ。 家はそこに人が住んでいるだけで固定資産税やら水道光熱費やら修繕費やらかかるんだけどねえ。
パチンコで月20万稼ぐ人もいた。 親に生活費を出してもらっている人もいた。
驚いたのは、 ある十代後半の女の子で、 毎日知らない人にごはんをご馳走してもらっている、と言うのだ。 ネットで 「神様募集」 すると、 毎日いくらでも神様(見知らぬ男の人)からの返信があって、 会ってご飯を食べさせてもらっていると言う。
返信が来ると 「神様降臨!」 と笑って言って出かけていく。
ご飯だけで、 その先はない、そうだ。 かわいい女の子だった。
細木さんは、 「男を騙してそんな生活を送っていたらロクな将来が待ってない!」 と憤慨していたが、 ん〜、 騙してはいないと思う。
お腹を空かせたかわいい女の子が居て、 食べさせたい(一緒に食事をしたい)男の人が居て、 お互い喜んでいるのだし。
と言ったら、 子供たちに怒られた。 それじゃあ、売春もお互いに利があれば良いということになるじゃないか。
「良い」とは言ってない、 「騙してはいない」 と言っただけだ。
おんなじような魂のレベルのひとたちがおんなじ世界の中でなぐさめあっている、 そんなふうに思ったのだ。
その女の子は最後には言っていた。 「こんな生活、辞めなきゃと思っている」と。 「良い」とは思っていなかったようだ。
細木さんは 「こっち(の世界)にいらっしゃい。 今なら間に合うよ。」 と言った。
細木数子 が 大道珠貴 の しょっぱいドライブ を 読んだらさぞ憤慨するだろうな、と思った。
大道珠貴 の小説の中には、 理想を高く持って、明日に向かって一生懸命生きる、戦う、 のような人は滅多に出てこない。 今まで読んだ中では皆無だった気がする。
出来る事なら一生働かずしてどうにかして日々が過ぎていけばいい、 ああ、面倒、面倒、 何をするのも面倒、といった空気が蔓延していて、 でも性欲やら異性への興味は多少あるから、 たまに好きでもない人とふらふらっとセックスして、なんかセックスなんてどこがいいんだかわかんな〜い、と言いながらも断るのも面倒だからまたやっちゃう、みたいな雰囲気。
あくまでも雰囲気を言っています。 ストーリー解説ではなくて。
しょっぱいドライブ 大道 珠貴 文芸春秋 第128回芥川賞受賞作品です。
「しょっぱいドライブ」の主人公、 35,6歳の 「わたし」のボーイフレンドは、60代か70代の九十九さん(恥ずかしがって教えてくれないのだが、 60でも70でもどうでもいいじゃないか、と「わたし」は思う)。
主人公は親子代々、人の好い九十九さんに、返す当てもなく金を借り続けているのだった。 「鴨がネギをしょってやってくらあ」 などとバカにしている。 そんな九十九さんとなんとなく付き合っている「わたし」は、九十九さんの肉体の老いをつぶさに観察する。 髪も薄いし、 老人臭もする。 でもまったく「わたし」 は気にしてない様子だ。 九十九さんの臭いはバニラエッセンスの香りに感じるそうだ。 皮膚もかさかさだし老人斑もある。 胸も脇腹も下腹も、 どこもかしこも筋肉がなく、七面鳥みたいにたるんでいる。 特別好きでもないけど嫌いじゃないし、まあいいじゃないか。
そんな九十九さんとちょっと試しにいっしょに暮らしてみようかと言う話になった。 ごはんも作らなくてもいいし、なんにもしなくていいというし、 どうしようか。 と思っているうちに九十九さんが家を借りてきた。 性交ができるのかできないのかわからないけれど、きっともう子種はないだろう。 それは「わたし」にも楽だ。
九十九さんは朝、ぐずぐず眠っていられなくて起きだして家事をしだすが、 「わたし」は、 起きたくない。 九十九さんも起こしに来ない。
やっていけるかもしれない、 いけないかもしれない、 やってみなければわからない、 そんなふうに寝床のなかでうすら笑いをしながら思っている。
「男を騙してる!」 と、細木数子なら言いそうだ。
騙してるのではないですよ。



