2006年04月05日

4月5日物語 : 神様降臨?

昨夜たまたま見たテレビ番組で、 細木数子が「ニート50人に活を入れる」 みたいなことをやっていた。
ニートにも色々種類があるようで、 ひきこもり型とか一度は就職したけれど嫌になって辞めてからやる気がでなくなった型とか、 就職しようとしてみたが怖気づいて一度も働けない人とか、 とにかくめんどーだるい、働くなんてあほらしい型とか、 それぞれそうなった理由を抱えていそうだ。

不思議なのは生活費はどうしているの? というところ。 番組のゲストも司会者も、細木さんも不思議がっていて私も不思議に思った。 

人にもらったものをネットオークションにかけて生活費を稼いでいると得意そうに語っていた人は、 文句を言う家族と顔を合わせたくないから自室でひとりコンビニのお弁当を食べているそうだ。  家はそこに人が住んでいるだけで固定資産税やら水道光熱費やら修繕費やらかかるんだけどねえ。
パチンコで月20万稼ぐ人もいた。  親に生活費を出してもらっている人もいた。
驚いたのは、 ある十代後半の女の子で、 毎日知らない人にごはんをご馳走してもらっている、と言うのだ。  ネットで 「神様募集」 すると、 毎日いくらでも神様(見知らぬ男の人)からの返信があって、 会ってご飯を食べさせてもらっていると言う。
返信が来ると 「神様降臨!」 と笑って言って出かけていく。
ご飯だけで、 その先はない、そうだ。 かわいい女の子だった。

細木さんは、 「男を騙してそんな生活を送っていたらロクな将来が待ってない!」 と憤慨していたが、 ん〜、 騙してはいないと思う。

お腹を空かせたかわいい女の子が居て、 食べさせたい(一緒に食事をしたい)男の人が居て、 お互い喜んでいるのだし。 

と言ったら、 子供たちに怒られた。 それじゃあ、売春もお互いに利があれば良いということになるじゃないか。

「良い」とは言ってない、 「騙してはいない」 と言っただけだ。
おんなじような魂のレベルのひとたちがおんなじ世界の中でなぐさめあっている、 そんなふうに思ったのだ。  

その女の子は最後には言っていた。 「こんな生活、辞めなきゃと思っている」と。 「良い」とは思っていなかったようだ。 

細木さんは 「こっち(の世界)にいらっしゃい。 今なら間に合うよ。」 と言った。

細木数子 が 大道珠貴 の しょっぱいドライブ を 読んだらさぞ憤慨するだろうな、と思った。

大道珠貴 の小説の中には、 理想を高く持って、明日に向かって一生懸命生きる、戦う、 のような人は滅多に出てこない。 今まで読んだ中では皆無だった気がする。 
出来る事なら一生働かずしてどうにかして日々が過ぎていけばいい、 ああ、面倒、面倒、 何をするのも面倒、といった空気が蔓延していて、 でも性欲やら異性への興味は多少あるから、 たまに好きでもない人とふらふらっとセックスして、なんかセックスなんてどこがいいんだかわかんな〜い、と言いながらも断るのも面倒だからまたやっちゃう、みたいな雰囲気。
あくまでも雰囲気を言っています。 ストーリー解説ではなくて。

オンライン書店ビーケーワン:しょっぱいドライブ  しょっぱいドライブ  大道 珠貴  文芸春秋 

第128回芥川賞受賞作品です。

「しょっぱいドライブ」の主人公、 35,6歳の 「わたし」のボーイフレンドは、60代か70代の九十九さん(恥ずかしがって教えてくれないのだが、 60でも70でもどうでもいいじゃないか、と「わたし」は思う)。 
主人公は親子代々、人の好い九十九さんに、返す当てもなく金を借り続けているのだった。 「鴨がネギをしょってやってくらあ」 などとバカにしている。  そんな九十九さんとなんとなく付き合っている「わたし」は、九十九さんの肉体の老いをつぶさに観察する。  髪も薄いし、 老人臭もする。 でもまったく「わたし」 は気にしてない様子だ。 九十九さんの臭いはバニラエッセンスの香りに感じるそうだ。   皮膚もかさかさだし老人斑もある。  胸も脇腹も下腹も、 どこもかしこも筋肉がなく、七面鳥みたいにたるんでいる。  特別好きでもないけど嫌いじゃないし、まあいいじゃないか。

そんな九十九さんとちょっと試しにいっしょに暮らしてみようかと言う話になった。 ごはんも作らなくてもいいし、なんにもしなくていいというし、 どうしようか。 と思っているうちに九十九さんが家を借りてきた。  性交ができるのかできないのかわからないけれど、きっともう子種はないだろう。 それは「わたし」にも楽だ。
九十九さんは朝、ぐずぐず眠っていられなくて起きだして家事をしだすが、 「わたし」は、 起きたくない。 九十九さんも起こしに来ない。

やっていけるかもしれない、 いけないかもしれない、 やってみなければわからない、 そんなふうに寝床のなかでうすら笑いをしながら思っている。

「男を騙してる!」 と、細木数子なら言いそうだ。

騙してるのではないですよ。
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2006年02月26日

2月26日物語 : 素敵?


そんなに親しくもない近所のおばさんや、そんなに親しくもない子供の同級生の母親や、長いこと会ってない親戚のおばさんにつかまってしまった感じ。

「あらあ〜、つきこさん、ちょっと聞いてくれる?」

大道珠貴素敵

  ・純白
  ・素敵
  ・一泊
  ・走る
  ・カバくん

と5つの短編が入っている。

どこが素敵なんだか。

傷口にはウォッカがとても良かったから、がっくり。


夫や親戚や兄弟姉妹や息子や娘や息子の嫁や友人やボーイフレンドの、気に食わないところをぶつぶつ愚痴をたれる登場人物たち。
その愚痴をだらだら聞かされて辟易としている登場人物たちがまたぐちぐち。

愚痴ってものは、聞かされるほうにとってはとめどなく長いんだあ。

いいよ、もう。

最後のカバくんの話の終わりの部分。

  この先、くり返しくりかえし、日々が来るんだなあ、と思った。
  きょうはきのうになり、あしたはきょうになる。
  きょうは、すぐにきょうでなくなる。
  いまはすぐにいまでなくなる。
  友達も、友達でなくなり、 恋人も、恋人でなくなる。
  友達も、恋人も、また新しくできる。
  どちらともつかないひとも、できるだろう。 
  女友達も、できたり、いなくなったりするだろう。


だから〜。 現実だけでじゅうぶん。  自分から動こうよ。

「急用を思い出してしまったので失礼しま〜す」

「急用って?」

本を読みたいの。

オンライン書店ビーケーワン:素敵  素敵 大道 珠貴著 光文社
posted by tsukikohime at 22:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 大道珠貴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月23日

2月23日物語 : 傷口にはウォッカ


読んだら書く。  

今日は吉祥寺の葡萄屋で友人とランチをしてひるまっからアルコールを摂取。 といっても食前にサングリアを少し。
グラスに2センチも入ってないの。 すごく大きなグラスで顔全部で香りを嗅ぐという感じです。 これはまだ飲む前。 グッピーが飼えそう。

DVC00055.JPG


さてさて図書館でしこたま借りて2週間で返却しなければならない。 読めると思うから借りるのだけれども、読んだら読む。 読んだら次。 終わったら次。 読んだら次。 読んだら読む。
これじゃあ、内容は覚えていても感受したものが薄れちゃうなあ。 
読んだら書く。 これは備忘録みたいなものでもあるんだから。
読んでばっかり。


やっぱりふつうではないものを書く 大道珠貴(だいどうたまき)

オンライン書店ビーケーワン:傷口にはウオッカ 傷口にはウオッカ 大道 珠貴著 2005.1 講談社

案外、高級なマンションに住んでいる40歳の主人公、永遠子は夏になると実家に戻りたくなってくる。 広い敷地を持つ実家の庭にプレハブ小屋を建ててもらって夏の間だけ寝泊りする。
弟と妹1と妹2の子供たちが、物置小屋でもあるプレハブ小屋に置いてあるジュースを取りに来る。

振り向くのが面倒だ。 どうせ子供らは澄んだきれいな瞳をして好奇心旺盛にわたしを見つめているのだろう。
しらんぷりして豆乳を飲んでいた。
うしろでひそひそ話が聞こえる。
誰誰?
知ってる?
知らん。
ほら。
え。
動かないよ。
押さないで。

ゆっくり首だけまわして、子供らを見る。
口からちょろりと豆乳を流してみせる。
豆乳の筋が喉元まで伝う。 
オエーッとわめいて子供らは走り去っていった。
「鼻とか目から出せたらなあ。 もっとよろこばせられたかもしれんのになあ」

・・・家で読んでいてよかった。

出だしがこれで、ドタバタ話になるのかと思ったが、ずるんずるんとした流れの永遠子の回想とだらんだらんな日常の話である。

裕福な実家から生活費が出るので定職にもついていない。 これを逃したらもう40歳だし最後かなあと思う恋人もいる永遠子。

駆け落ちしても 「まだまだケツが青かったわ」などと相手の男の感想述べ平然と戻ってくる永遠子の母。 
恋多き母なのだが 「まあ、妖怪だからな、あのひとは」と一度も怒ったことはない永遠子の父。

永遠子がずっと恋心を抱き続けている4つ下の弟。 「きょうだいだからセックスも結婚もできん」ことに今も納得がいかない。

妹1と妹2にはあまり感心がない。 (名前は出ずに常に “妹1”と “妹2”と書かれる)

家族自体、ちょっとふつうではないし、姪や甥の前でわざと豆乳をちょろりと口から垂らしてみせるような40歳の永遠子だから、永遠子にしてみれば淡々としているような日常でも、私には興味深い。 世の中にはこんな家庭もあるのかもしれない。
働かなくても家事をしなくても世話をする子供や老親がいなくても通う学校がなくても時間に縛られなくても、人間ってあれこれ思考しているんだなあ。


知人に、40も半ばを過ぎている独身男性でいまだかつて一度も勤めに出た事がない人が居る。
働かなくても親が遺したマンションやアパートの家賃収入だけで暮らしていけるし、 たまに大きな買い物(高級車とか船とか)や、海外旅行(10日や20日とかそんなもんじゃないんだろう)をしたいときはそこらの土地を少し売ってるような、そんな人だ。
恋人がいるわけでもないし。
時間、いっぱいあるんだろうな。
どんなことを考えてるんだろう。
毎日どんな食生活しているんだろう。
あまり突っ込んで聞いたことがない。 
知りたいような知りたくないような。
近所の子供の前で、豆乳をちょろりと垂らしたりなんかしてはいないと思うけど。

いくつか共感する文章があった。

  わたしはどうも、 誤解は誤解のままに流すのがつねで、
  それほど、自分を正当化するのが嫌いなのだった。
  誤解するひとはそれでかまわない。
  わたしの努力が足りなかったのだろう。
  でも努力したって、なんになるのだろう。
  誤解は、すべてが間違っているわけじゃあない。
  そのひとが考えたわたしは、そのひとのなかでは、
  そいうやつだったのだと思う。

年を取るにつれ、そうなってきました。
その人はそういうふうにわたしを見たいからそう見えて、その人のなかではわたしはそうなんだな。
対する相手の数だけわたしがいるんだな、と。   
                       図書館本
                        
posted by tsukikohime at 23:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 大道珠貴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする