2006年06月23日

6月23日物語 : おとぎ話の忘れ物


どの町にもある忘れ物保管室。
そこではあらゆる忘れ物を見つけることができる。
傘、 コンパクト、 水筒、 カスタネット、 血圧計、 貞操帯、 臍の緒・・・。
そして根気よく探索すれば、 必ずおとぎ話の忘れ物が見つかるのです。

この世にありながら、 亡きものと等しくなってしまうそれらの “おとぎ話たち” を集めて 「忘れ物図書室」 を店の奥に作ったキャンディー屋の店先からこの物語は始まります。

オンライン書店ビーケーワン:おとぎ話の忘れ物

おとぎ話の忘れ物  小川 洋子文 / 樋上 公実子絵  
2006.4 ホーム社
 

これは 「大人の絵本」 です。 
樋上久美子(ひがみくみこ) の絵をモチーフに小川洋子 が創作した耽美で怖いおとぎ話。

この本を手に取ると、 読み出す前にまず視覚に訴える何枚もの絵を眺めてしまう。 
好む好まないにかかわらず色彩も鮮やかでエロティックな印象が強すぎて、 薄い本なのになかなか読み出せなかった。
どうしたって白黒の文字より、絵のほうが目立ってしまうのは仕方のないこと。

やっと今日一気に最初から最後まで読めました。

絵が強すぎて小川さんの文章や紡ぎだす物語が負けてしまうのではないかと怖れていたのだが、結果杞憂に終わった。

読みながら何度も絵をめくる。 絵を確かめる。 確かめてしまう。 
不思議なことに実はあまり好きではなかった絵が魅力的に見えてきた。 
先ほどまで気づかなかった絵の中の少女たちの息づかいが、 小川さんの言葉によって聞こえてくるようになる。

知る人は知る、 好きな人は好きな絵なのかもしれないし、 わたしもどこかで何度か目にしたことのある絵だったが、 あまり興味を持てなくてじっくり見たことがなかった。

樋上久美子さんには失礼な話ですが(ファンの方にもね)、 わたしにとってはこの絵こそ 小川洋子さんの力量によって、 「忘れ物保管室」から見つけ出され 「忘れ物図書室」 に移されたものの意味を持ってしまいました。

小川洋子さんの力に驚くばかり。 
posted by tsukikohime at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 小川洋子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月09日

5月9日物語 : これこそ


連想ゲームをしているわけではないのですが、 「うつくしい子ども」がきて「誰よりも美しい」がきて「への恋文」がきて、そして小川洋子さん。

どうして小川洋子さんなのかって・・?

それは コチラ を見ていただくとして・・・

父への恋文→藤原咲子→新田次郎→藤原正彦→小川洋子、とゆうわけです。

「博士の愛した数式」は、 小川さんにしてはおとなしいお話で(小川さんらしさ)が少なめでしたが、この1冊「完璧な病室」は、これこそ小川さんの原点ともいうべき作品です。 なんといってもここに収められている 「揚羽蝶が壊れる時」は、小川さんのデビュー作で海燕新人文学賞受賞作です。 長らく絶版だった最初期作品の文庫化なのでぜひぜひ。 ・・と自信を持ってお薦めしたいところですが、 小川さんの書く官能的な文章は、もしかして「血が苦手〜」というタイプの人にはぐっとこみあげてしまうような表現もあるので、それを承知で読んでいただきたいです。
つきこさん? つきこさんはわりと平気です。 女性はたいてい平気なのかもしれません。

ストーリーを追うというより、文章が繊細で美しく、 手の平の上にそっと乗せて壊れないように大切に読みたくなります。

小さい頃、田舎に住むおばあちゃんに 「牛乳は噛みながら飲まないとお腹をこわしますよ」と言われ、 どうして液体なのに噛まなければいけないのか、カルピスとかヤクルトも、ひょっとして噛まなくてはいけない類いかな? なんて思いましたが、 変な例えですが、 小川さんの文章は噛みながら飲む液体のような感じがします。  そうしないとお腹をこわすわけではありませんが、 ゆるゆる流れているのに咀嚼したくなります。  とてもやわらかなゲル状のドリンクのように。

完璧な病室
揚羽蝶が壊れる時
冷めない紅茶
ダイヴィング・プール 
の4編。

生活感のない病室で死期が迫った弟と過ごした清潔な時間の記憶を哀しく懐かしむ主人公。 
弟はあの病室のあのベッドの上で、 いつでも完璧に穏やかで、 完璧に優しかった。 弟の首筋は完璧に滑らかで、 弟の吐く息は完璧に透明だった。 だからよけいに、哀しい。
いつか見学した卵巣の手術を思い起こさせるようなビーフシチューを美味しそうにすする夫。  精神が壊れた母が庭に置いたケーキの上を這う蟻たち。
ぶどうの汁しか喉を通らなくなった弟はあんなに清らかなのに。
―生活に関するあらゆる物をダスト室に投げ込んで、 ガラス細工のようにすずやかに生きていけたら・・・・・  (完璧な病室)

「本当の現実なんて、 いったいどこにあるんだろう。 ・・・ 正常と異常、真実と幻想の境界線なんて、 こんなふうにあやふやで、 誰にも決定できないものなんじゃないかな。」 (揚羽蝶が壊れる時)

自分の秘密が暴かれていくような怖さと恥ずかしさとため息でもって読みました。

オンライン書店ビーケーワン:完璧な病室

完璧な病室  小川 洋子  中央公論新社
posted by tsukikohime at 15:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 小川洋子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月07日

3月7日物語 : どこかにあるかもしれない場所


小川洋子さんが描く場所や人の多くは、国籍不明な感じがします。

なさそうでありそうな国。
ないだろうけどあっても不思議ではない街や村。
なくてもいいけどあったらおもしろうそな職業。


ブラフマンの埋葬

オンライン書店ビーケーワン:ブラフマンの埋葬

この本の中で名前を与えられているのは一匹の動物だけだ。 しかしなんという種の動物なのかは明記されていない。

まだ子供で、 「僕」の腕にすっぽりおさまる
黒いボタンのような鼻
泳ぎが上手
胴の1.2倍の長さの尻尾
体毛は短く濃い茶色と薄い茶色のグラデーションになっている
足には肉球があり爪があり水かきがある
ひげがある
そして鳴かない

アザラシ? プレーリードッグ? ビーバー?

夏のはじめのある日、 〈創作者の家〉の住み込みの管理人である(僕)の部屋の勝手口のところにその生き物がやってきた。 
僕は、その生き物に (ブラフマン)という名を与える。

〈創作者の家〉 というのは、元はある出版社の社長が別荘として使っていたもので、 彼の死後、 遺言により、 あらゆる種類の創作活動に励む芸術家たちに、 無償で仕事場を提供するための家、となったのだそうだ。
作家や詩人や翻訳家はもちろん、 哲学者、 画家、 デザイナー、 指揮者、 装丁家、 カメラマン、 歌手、 染色家、 映画監督、 バイオリニスト・・・。 
自分は芸術家だ、と名乗りさえすれば、 誰でも宿泊できるのだ。

この物語のメインとなる登場人物は、 (僕)、(ブラフマン)、(娘)、(碑文彫刻師)、(レース編み作家)。

なさそうでありそうな国の、 ないだろうけどあっても不思議ではない村の、 なくてもいいけどあったらおもしろい〈創作者の家)の管理人の僕と、 小さくていたずらで愛くるしい正体不明の小動物ブラフマンとの物語。 
ブラフマンの特徴や性格などを丹念に観察した記録を読んでいるうちに、 その可愛さにどんどん惹かれていってしまいます。

ブラフマンの愛くるしさの虜になっていくのが怖い。
孤独だった僕と愛らしいブラフマンの蜜月の終結の不吉な予感が、 
夏の終わりとともに、残りページの少なさとともにじわじわと押し寄せてきます。 
あー、ブラフマン。 
タイトルからわかっていたけど、どうか不幸な事件など起こらないで。

僕の孤独とブラフマンへの愛情と娘へのかなわぬ想い。
そして物語の底辺でずっと流れている死の匂い。

(僕)は何も望まず孤独であるべきだったのだろうか?

ブラフマンを失ってからの僕の心情や日々が書かれていない。
読者ひとりひとりが、自分の中で書かなくてはならないのだろう。
posted by tsukikohime at 22:46| Comment(2) | TrackBack(1) | 小川洋子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月23日

1月23日物語 : どの指がいいですか


音的に言ってやはり「くすりゆび」なのかな。 「標本」と続くとなおさら。

「親指の標本」 「人差し指の標本」 「中指の標本」 「薬指の標本」 「小指の標本」

やっぱり 薬指の標本が一番いい。

では、本当に消えてしまうのを一本選べと言われたらと考えて手をじっと見て一本一本折り曲げてみる。 第一関節は折り曲げにくいので第二関節で曲げて隠してみる。

ん〜、やっぱり薬指かなあ。 バランス崩すのに最適なのは・・・。

なんてことしながら 小川洋子薬指の標本を読んだ。

オンライン書店ビーケーワン:薬指の標本

本の中で「わたし」が失うのは、左手の薬指の先のほんのわずかだけだ。

勤めていたサイダー工場での事故でサイダーを溜めたタンクとベルトコンベヤーの接続部分に指を挟んでしまう。


   ふと気がつくと、吹き出した血がタンクの中に流れ込み、
   サイダーを桃色に染めていた。
   その澄んだ色が、泡と一緒にぷつぷつと弾けていた。

   欠けた薬指と一緒にわたしは街へ出た。

次に勤めることになったのは、昔、女子専用アパートだったところを買い取って営業している「標本室」

そこは依頼があれば何でも標本にしてくれる。  例えば髪飾りや、カスタネットや、毛糸の玉や楽譜の音(譜面ではなくそこに表わされた音)、小鳥の骨、火傷の傷跡・・・

標本室を営んでいる弟子丸氏に、 女子専用アパート時代の今は使われていない浴場に連れて行かれ、君は標本室のためによく働いてくれたから、お礼に靴をプレゼントしたいと言われる。

さっそくはいてみてくれないかと言いいながら彼女のふくらはぎをつかみ、古い靴をかかとから抜き取る。 彼があまりにもしっかりとふくらはぎを握っていたせいで、わたしは身動きできないでいる。

   それから彼は新しい靴を右足からはかせていった。 
   かかとをつかみ、つま先を靴の奥まで一息に滑り込ませた。

新しい靴は驚くほどぴったり足になじんだ。

   「いいかい、この古い靴はもう捨てるんだ」
 
彼は転がっていた靴を片手でつかみ、つぶれるほど強く握り締める。

   「少し、歩いて見せてくれないか」
   「さあ、早く」
   わたしには彼の申し出を断わる理由が思いつかなかった。 
   靴をプレゼントしてもらったお礼に歩いてみせるのは、
   何でもない当然のことのようにも思えたが、浴槽の底というのは、
   特殊すぎる気がした。
   「これからは、毎日その靴をはいてほしい」
   「電車に乗る時も、仕事中も、休憩時間も、僕が見ている時も見ていない時も、
   とにかくずっとだ。いいね」


つい先ほどまで2人はまだ単に雇い主と事務員で、深い関係も妖しい感情の交差もなかったはずですが、なんかすごいですね、これ。 一気に持っていく。
圧倒的な力でぐいぐい女性を自分側に引き込んで押さえ込む。
支配するものと支配されるものにしてしまう。 
いつか観たなんというタイトルの映画かも覚えてないのですが、 ナチスの将校と収容所のユダヤ人女性のエロス溢れる映画を思い出しました。  

こんなふうにできる人、居ますか?

こんなふうにされたい人、居ますか?

この形を実践するにはかなりの経験と技が必要かと思われるでしょうが、ここまで一気に強引じゃなくても生まれつきそういうことができてしまう能力を持った人と、そういうものに絡めとられたいという自分でも気付かない願望を持っている人が居ます。
する人とされる人はちゃんと惹き合っちゃうのです。  
周囲に止められるものではないし、誰に文句言われてもどうしようもない。

この話とよく似て、男性と女性が逆の立場になるのが、 まぶた(小川洋子著)に納められている 匂いの収集という短編です。

薬指の標本はフランスで映画化されたそうです。  

まぶた 薬指の標本
posted by tsukikohime at 11:59| Comment(8) | TrackBack(3) | 小川洋子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月22日

1月22日物語 : カタリコベヤ

ピンポンピンポーンと鳴らして田中さんが扉を開けるのを待つ。 

毛先に雪がひとつ落ち、結晶の形を崩す前に扉が開いた。

「こんにちは」

「いらっしゃい」

「あ、新しいギターですね」

「これ、ずっと欲しかったんですよ。 ロベン・フォード・モデルです」

「いつものギターとは雰囲気が違いますね」

「いい形でしょう」 と言って田中さんはギターを見つめる。  田中さんとギターが作る空間に濃厚なものを感じて私はなるべく静かに呼吸した。

DVC00018.JPG

「あ、失礼しました」

「いえ」

「また部屋が狭くなってしまいました」

白い壁の四角い部屋をぐるっと見渡す。

「新しいギターを手にしたときはね、」 田中さんはギターをまた見つめていた。

「僕たちはこうやって見つめあってお互いをなじませていくんです。 すぐにでも音を出したい気持ちを抑えて」


僕たちの関係は始まったばかりで僕もギターもまだ照れがあります。という田中さんはいつものSadwskyのギターの中から一本を選んで音を合わせた。
 
あらためて私の顔をじっと見ると、

「今日のつきこさんにはゲイリー・ムーアですね」 と決めてくれた。

それは田中さんが弾き出すとまさしく今日の私のための曲だった。

田中さんはけっして選曲を間違えない。

この四角く白い小部屋。

頭の中のいろいろなものが混乱して、思考することさえ難しくなってしまうそんな時、脳に酸素を与えてもらうためにくる部屋。


小川洋子薬指の標本の中に納められているふたつめの作品、 六角形の小部屋を思い出す。

オンライン書店ビーケーワン:薬指の標本   薬指の標本 小川 洋子著 1998.1 新潮社


プールで見かけたミドリさんという老年の女性がなぜか気になってある日後をつけるわたし。

今は使われていない古い社宅の管理事務所の中に入っていくミドリさん。

中に入っていくとその広い管理事務所の中には木で組み立てられた六角形の小部屋が置いてあった。
そこはカタリコベヤ・・・語り小部屋と呼ばれていて、何人かの人が順番を待っている。

   「あの六角柱がカタリコベヤなんですね。 で、そこで何をするんでしょうか?」
  
   「語るのさ」  

   「好きなこと嫌いなこと、心の奥に隠したもの隠しきれないもの、迷っていること
   うれしいこと、昔の話先の話、真実出鱈目、とにかく何でも構わない。
   その時自分が望むことを語るんだ」

   「ミドリさんとあなたに?」

   「違うよ。 僕たちはただの世話係さ。 さっきも言ったとおり、小部屋の中では
   一人きりだ。 声は外にはもれてこない。 もちろん盗聴器なんていう仕掛けも
   ない。 誰に向かって語るか、それもみんなの自由なんだ。 自分自身に
   向かってという人もいるだろうし、架空の誰かを作り上げる人もいるだろう」

語り小部屋の中は人一人分のスペースしかなく、天井から吊り下げられたランプとベンチ以外、何もなくひんやりとしている。

その小部屋の中で何をどんなふうに話してよいのかとまどいながらもぽつぽつと語りだすわたし。 その一人の空間で話をしたからと言って、日常生活で何か変化が起こるわけでもないのだが、 数日後にまた行ってしまう。 

真夜中に目が覚め、パジャマのコートだけをはおり雨の中を語り小部屋へと向かうわたし。

ひっそりとした部屋の中でベンチに座ってひとり。

わたしは語りだす。

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posted by tsukikohime at 02:04| Comment(4) | TrackBack(0) | 小川洋子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月12日

12月12日物語 : 現実の中の物語


あるとき、一冊の本を3人で取り合った。

読みさしをそこらに置いておくと空が読み出し、 空がトイレに入ったすきに海が取り、 海がお風呂に入ったすきに私と空が取り合う。


子どもたちは多分、 素数、 約数、 三角数、 友愛数、 虚数、 完全数といった数式がおもしろかったのだと思う。

本を読みながら時々紙になにか書き付けて計算したり確かめたりしていた。

なじみのある数式も未知の数式も含めて、 興味があったのだろう。


先月、 小川洋子の講演を聞きに行った。  うちから自転車で10分ほどのところで開かれていたのでふらっと行った。


博士の愛した数式 の中の博士のようにホワイトボードの上で 友愛数 について説明してくれた。

小川洋子さんは、 ふた昔前の国文科の女学生という感じの人だった。  静かにひっそりと淡々とそれでいて濃い中身を話す。  興奮して声の調子が変わるということもなく、 山場も平坦に話す。 そういう話し方ってけっこうこちらに届くものだ。

静かに淡々とそれでいて中身が濃い、 というのはまさに 博士の愛した数式 の語り口と物語に似ていた。 


博士の愛した数式 − 小川洋子著 は、 数学と文学がひとつになった珍しい物語である。


登場人物は、 17年前の交通事故により記憶が80分しかもたなくなってしまった64歳の数学者の博士と、 博士の食事や身の回りの世話をするために派遣された家政婦、 そして家政婦の10歳になる息子、 それから博士の義理の姉。


博士は外に出掛けるわけではないのに毎日背広とネクタイをきちんとする。  そしてその背広の袖口や襟やポケットにはたくさんのメモがクリップで留めてある。

(僕の記憶は80分しかもたない)

(新しい家政婦さん)   (とその息子10歳)

(洗面台鏡の脇 剃刀替え刃)

など。

80分の記憶を補う為、 忘れてはならない事柄をメモし、 そのメモをどこへやったか忘れないために身体中に貼り付けている。 


あらすじについては、 べつのところで知っていただくとして・・。


講演を聞いて、印象に残った話をひとつ、ふたつ。


この博士の愛した数式を書こうと思ったきっかけは、 たまたまテレビで 数学者の 藤原正彦さんの話を聞いたから。  それまで数学者というのは、 数字という無機質なものを愛している人であって、 情緒的なものには無縁な人だというイメージがあったのだが、 彼の話を聞いてその考えが変わったそうだ。  聞いているうちに 「これは物語になるかもしれない。」 と小川さんは思った。 


作家が全てを考え出したストーリーでは、視野が狭くて良いものにはならない。  登場人物を操り人形のように操っていたのでは自分の世界以上のものは書けない。

物語は現実の中にそっと隠れている。

だからいつも現実を観察し、 現実のなかにある物語を宝石を掘り起こすように、 そして現実の前に頭(こうべ)を垂れるような謙虚な気持ちで小説を書いている・・と話してました。



大学時代から作家になりたかった 小川さんは同じ国文科の友人に誘われて、太宰治 の墓参りに行った帰りに、 (近かったのでついでに) 吉祥寺にある 新田次郎 の 家を見に行ったことがあるそうだ。

門がとても大きく高い塀に囲まれたお屋敷を見て、 その近寄りがたさに、 「作家になるということ」の 遠さを感じたそうだ。 

その屋敷の奥に 新田次郎 と 藤原てい の 息子で 数学者の 藤原正彦 が暮らしていたとはそのとき知る由もなかったそう。


現実のなかに物語がある。


博士の愛した数式
小川 洋子著
新潮社 (2003.8)
通常24時間以内に発送します。


世にも美しい数学入門
藤原 正彦著 / 小川 洋子著
筑摩書房 (2005.4)
通常24時間以内に発送します。
posted by tsukikohime at 23:59| Comment(6) | TrackBack(9) | 小川洋子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする