2007年02月09日

2月9日物語U : いるのに、いない

あ、びっくりした。 Seesaaの入り口が変化してた。
慣れるまで、やりにくそう。

オンライン書店ビーケーワン:真鶴

真鶴  川上 弘美著  2006.10  文芸春秋


「まなづる」ね。 地名。神奈川県にある小半島。
「まいづる」 と思い込んでしまった。 だって川上さんだから。

大和言葉を織りまぜたやわらかな文章は相変わらずここちよい。
いままでで一番ストーリーと言葉遣いがしっくりきてるように思います。
過去のものでは、たまにしっくりこない部分を含んだものがあったけれど。

せつないお話でした。
この世のものではないものに「ついて」こられつつ、
「いないのに、いる」失踪した夫の礼を求める京。
「いるのに、いない」恋人の青磁をを求める京。

結局は、「いないのに、いる」ひともいなくなり、 「いるのに、いない」ひともいなくなる。 母は強し、などど思いました。

「いないのに、いる」ひとを好きになることと、 「いるのに、いない」ひとを好きになることと、どちらのほうが、よりせつないかと考えてみました。 

ん〜。 ん〜・・・。

ん〜、せつない。 
「いるのに、いない」ほうが、せつないかな・・。

この小説、今年のわたしの一押しです。 あ、まだ2月でしたね。
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2006年09月12日

9月12日物語U : ざらざら


夜の公園 では、あれ?川上さんちょっといつもと違うよね、どうしたのかな、 今後こんなふうになっていってしまうのかな、 それちょっとつまんないよ。 
と思って足元の土をつま先でつんつん蹴っていた私でしたが、 
「つーきこちゃん。 あーそぼっ」 って背中をとんとんされて、 嬉しくってくるっと振り向きました。

夜の公園を書く一方で、2002〜2006年の間にこんなに小さなお話をたくさん雑誌に書いていて、まとめてざらざらしたわらばんしに包んで持ってきてくれるなんて。
弘美ちゃん、やっぱり大好き。 うん。 あそぼっ。

甘い小さな四角いキャラメルみたいなお話をひとつひとつ無造作に紙に包んで23個。 ひとつひとつ開いてひとつひとつくちに入れて、 キャラメルの表面のでこぼこの網目模様を舌で確かめながら丁寧に舐めて少しずつでこぼこを消していきしだいにまあるく溶けていく。 最後までずっと甘くて。
ひとつを舐め終わるまでにその包み紙はどうしよう、 小さな小さな折鶴を作ってみましょうか。

一冊を読み終わると、 小さな折鶴が23羽。
破けてへんてこなのや、 くちばしがひん曲がっているのやら、 ぶかっこうなのや、 わりと上手に折れたものやら。 
どれもこれもちっぽけだけどいとしい23羽。


オンライン書店ビーケーワン:ざらざら

ざらざら  川上 弘美著  2006.7  マガジンハウス

23話のうち同じ主人公は2話。 あとはみんな違う話なのに、 10ページもないような短篇ばかりなのに、 それぞれちゃんと主人公の性格や雰囲気が伝わってきて、確かに世界ができていて、ほろっとさせてくれたりくすっとさせてくれたり。
やっぱりすごいな川上さん。 


弘美ちゃん、楽しかったよ、ごちそうさま。
もうお魚の焼ける匂いやお味噌汁の匂いがあちこちの台所から漂ってきたから帰るけど、また遊ぼうね。 
うん、またね。
げんまんだよ。
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2006年06月13日

6月13日物語 : 気づくのは怖い

オンライン書店ビーケーワン:夜の公園

夜の公園  川上 弘美  2006.4  中央公論新社


結婚してから2年過ぎた35歳のリリは、 夜の公園を歩く。
夫の寝息を確かめてから夜の公園を歩く。
「帰りたくないなあ」
リリは今、夫が好きではない。  自分で気づいてしまったことをいまいましく思っている。  好きでないことに気がつかなければ、よかったのに。 気がつかなければどんなに平安だったろうに。

川上さん独特の文章。
やまとことばがちらほら出てきてやわらかな表現。

でも、今までの川上さんと違うと思った。

今までに書かれた恋愛は、 不倫や年齢差のある恋愛も含めて、 時空や生物の枠組みさえも越えたり、 大きくなったり縮んだり溶けたり流れたり浮かんだりネジレたりでやわらかくオブラートがかかっているようで却ってその哀しさや喜びが強調されていたのに、 今回のはとても生身の人間の心情があからさまに表現されている感じだ。

センセイの鞄 よりずっと強く、 古道具中野商店 よりも、さらに強くあからさまな物語。

川上さんの新作 夜の公園 が出ることを知って、 その前に 川上さんの 『私が初めて恋愛と真正面から向き合った小説かもしれません。 書いていて怖くて、 つらかった』 という言葉もどこかで読んでいたので、 ふーん、 どんな小説だろうと、 ちょっとびくびくしながら読んだのだけれども。

誰かを好きになったことを、気づいてしまったこと。
誰かを嫌いになったことを、気づいてしまったこと。

誰かを好きになって、気がついてしまったこと。
誰かを嫌いになって、気がついてしまったこと。

それをはっきりと書いてしまって、 怖くて、 つらかったのかな、 川上さん。

今までの川上さんはきっととても怖がりで臆病な人で、 だから人間関係や恋愛関係を、 ほわんほわんとした泡の中に入れて水に浮かばせて遠目で眺める様子で書いていたのかもしれない。 
今回は登場人物たちを地面の上にしっかり立たせてしまったという感じです。

うん、 確かに怖い。  川上さんらしくない怖さです。   
次の小説からもこうなってしまうのだろうか。   
ファンとしては川上さんの真骨頂である曖昧模糊とした世界に戻ってほしいとも思う一方、 川上さんの非即物的な表現で即物的な世界を書くというのも、 どう育っていくのか見てみたいような・・、いや、その方向には頑張って進んでもらいたくないような。
複雑。

ロクシタン tsukikosan no hair&body care 
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2006年06月05日

6月4日物語 : 古い遠い懐かしいもの


6月になっちゃたね。

このあいだね、 「僕の彼女を紹介します」 という韓国映画をDVDで見たの。
映画の始まりに、 KNOCKIN’ ON HEAVEN’S DOOR って曲がかかるの。  これ、 ボブ・ディランの曲で、 エリック・クラプトンもカヴァーしてるけれど、 GUNS’N’ROSES が演るのが私は一番好きなんだけれど、この映画の中では女性が歌ってました。  
泣きのクライマックスがいっぱいある映画でね、 え、もう泣きどころ? 終わり? と思わせる場面だらけでね、 連続テレビドラマみたいだった。
あるクライマックス風泣かせ場所ではね、 日本語の曲が流れていた。  
X Japan の TEARSなの。 ふうん、韓国映画で X Japan。
なかなか。 なんて思って、 そのあと通しで聞いてしまいました、 X JapanのCDを。 若いね。 ふふ。

で、今はどういう脈略でそうなったかわからないけれど、ブルース・スプリングスティンを聞いています。 家中のCDを聞きまくり。 懐メロばかり。 
パソコンを開くこともせず音楽に浸って、侵されての一週間。 

どうつなげてよいのだかわからないけれど、 
川上弘美 古道具 中野商店  新潮社 2005.4 

オンライン書店ビーケーワン:古道具中野商店


中野さんがやっている中野商店という古道具屋さん (「骨董じゃないよ。 古道具なの。 うちの店は」 と中野さんは言う) を舞台にして、 そこで働くわたしとタケオ、 それから中野さんと中野さんの愛人、 そして、中野さんのお姉さんとその恋人が主な登場人物で、 いわゆる市井の人々の話で、 特に大きな出来事があるわけではないのだけれど、 そこかしこに 恋を患ってる描写が出てきて、 それがとても・・、とても 「はい、その通り」 と思うほど。 「はい、その通り」 と思っても、 川上さんでなくてはこんなふうにさらりと表現できないでしょう。  劇的なお話ではないのだけれど、 そろっと涙腺を刺激します。


日が沈みかけ、 まだ確かではないけれどむこうのほうに夜の闇の切れ端が見えそうな時間帯に感じるような悲しみを抱えている時は、  豆腐を賽の目に切っているだけで涙が出るもので、 それは木綿豆腐よりもなぜか、 絹豆腐にことんと包丁を落とすだけでも涙が出るわけで。 
絹豆腐はなんの抵抗もしないでどうしてすとんと切られてしまうのだろう、なんて思っただけでほろほろと泣けてしまう。
それでも、包丁ですくってお味噌汁に入れて、 葱も刻んで、 くすんと鼻をすすりながらいただいてしまいます。
あーおいしい、豆腐のお味噌汁。

そんな感想。

思考があちこちに飛び散らかっているけれど、 たいがいいつもこんなもんだったかな。
久々に書けてよかったわ。 
 
 
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2006年04月03日

4月3日物語 : 此処彼処


ドアをあけるとうすもも色の花びらが舞い散っていて、霞んだ景色の向こうに見える桜の大木に目をやった。
まだあんなにふっくらとたたえているのに終わりの時を迎えているのだろう、 風が花びらを引き剥がすのを手伝い、 散った花びらを舞い上げてゆく。 
くるくるとさらさらと流れてゆく。
あの木だけではない、近くの公園の桜の花びらも混ざって舞っているのだろう。
花霞み・・そんな言葉が浮かんだが、 桜の森のそばにいるわけではなく、 霞んで見えたのは風が舞い上げる土けむりのせいだった。

風の強い日は苦手だ。 乾いた土が舞い上がり洗濯物にも小さな土の粒がついてしまう。  ここらで少し雨でも降って土をおさえてくれればいいのに。

桜の季節は、雨と風にはらはらさせられる。

たっぷりと咲き誇った翌日に雨が降ろうものなら、道路や走る車の体に桜の花びらの死骸がはりついて、 最初はそれもしっとりと濡れて美しかったのだが、 あっという間に茶色くくすんで目をそむけたくなる。 
踏みたくないのに其処彼処の道にはりついて避けて歩くことも出来ず、自分が非情な人間になったみたいで気分が重い。

雨が降ればいいのにと思ったり、 雨に花びらが叩かれるのに心痛めたり。

こんなふうに人々に待たれ、楽しまれ、惜しまれ、 歌にうたわれする桜は、 はかなげはかなげと言われながらも、 力強い緑をしっかり準備してなんのなかなか実はたくましいということをあと半月もすれば思うのだが。


昨日つまらないものを読んでしまって気持ちがくしゃくしゃとして何か小説らしい小説を読みたいと、どれを手に取ろうかと考えた。

今日は裏切られたくないし、 お説教を垂られるのも、 びっくりさせられるのも、 大いに泣かされるのも、 げらげら笑わされるのも、 人生について深く深く考えさせられるのも億劫な気分なので、 慣れ親しんだ作家のものが良い。  再読が一番安心なのだけれども。

風が強くて埃っぽくて妙に生暖かくて、桜が舞い散っているのを見たいけれど外には一歩も出たくないそんな日に、ほうじ茶を飲みながらゆるゆると。

オンライン書店ビーケーワン:此処彼処    此処彼処  川上弘美

ゆるゆると。 そう思ったとたん、 川上弘美を読みたいと思った。

体力も気力もないようなだらしない気分の私を責めないでいてくれるのは、 川上弘美 か 村上春樹 くらいしか今思いつかなくて。 
それもエッセイ。  彼らのエッセイのなかに流れる時間の ”ゆるさ” が私を甘やかしてくれます。  エッセイはどの作家のものでもなるべく避けたいと思っていたのに、 川上弘美、 村上春樹の引力には負けてしまう私。

此処彼処 は、 イメージが固定されてしまうような気がしてこれまで場所についての言及を避けていた川上さんが、 はじめて場所のことを書いてみようと思い書いたものだと、あとがきにありました。

「この世界の此処彼処(ここかしこ)に、 自分に属すると決めたこういう場所がある。 固定資産税もかからないかわりに、 知らぬ間に消えていたり変貌を遂げていたりもする。 昨日見つけたばかりのところもあれば、 長く見知っているところもある。  そんな場所について、 書いてゆこうと思う。」

川上さんが大切に思う場所、 忘れられない場所、 一度だけ通りかかった場所、 ちょっと立ち寄った場所。 
そんな此処彼処の場所を、 「繁華街」 だの、 「日本海のみえる土地」 だの、 「町はずれ」 などのように曖昧な表現ではなく 「浅草」 「京橋」 「駒場」 「オレゴン」 「吉祥寺」 「南長崎」 「北海道」 「高井戸」 など具体的な場所をあげて、 そこを訪れたり住んだり思い出される季節に分けて書いてある。  1月から12月までの項に分けてあり、 私は3月と4月を先に読み、 それから親しんだことのある地名のところを読み、 もう一度最初から最後まで読んだ。

川上さんも怒ったりイライラしたり車を飛ばしたりしているのだが、 どうしてどれもゆるゆるとやわらかなお話になるのだろう。 ひらがなが多いから、だけではなく、 人柄なのかなあ。

此処彼処の場所の名が書いてあるのに、 川上さんが書くと何処か架空の場所のような気がしてしまうのが不思議だった。 

 
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2006年03月23日

3月22日物語 : 蛸の夢

昨夜の夢は、あきらかにゆうべ食べた蛸の卵のせいだった。

薄い膜に覆われた丸いものが、熱を加えるとくるりとめくれる。
と同時に合弁花のように根元がまとまったまま米粒みたいな卵が鍋いっぱいに広がる。
見た目は一回り大きな米粒のようで、食べると炊いたご飯に似た味がする。
魚屋は 「ぽくぽくしておいしい」 と言った。 
ぽくぽく? 
私が付けた味付けは卵の中まで染み渡らずに、噛むと蛸の卵本来の味がした。
それは、「ぽくぽく」 というより、「もきゅもきゅ」 だった。
蛸の卵

食感や見た夢の雰囲気を人に話してわかってもらうのはむづかしい。

夢の中で、蛸の卵はゆらゆらと海の中を漂っていた。
蛸のおかあさんと私もゆらゆらと漂いながら もうすぐ生まれますね、などと話している。 赤ちゃんはいいですよね、 赤ちゃんは可愛いですよね。 何千匹も生まれるんですね、すごいですね。 海中、蛸だらけですね。 
私は蛸の卵をゆうべ煮て食べていたから内心はらはらだ。 
蛸のお母さんにばれやしないか。
わくわくと赤ちゃんの誕生を楽しみにしているような顔で蛸のお母さんと話をしている。 何千、何万もの小さな蛸が生まれる様を見てみたいと本当に思っているのだが。

たくさん生まれてもねー、すぐに他の魚に食われたりしてしまうんですよ、 だからたくさん生まないとねー、何千匹生んでも立派に育つのは5匹くらいなんですよ。 一生懸命、生んでもね、それだけなんですよ。 千生んでも2千生んでも我が子が死んでしまうのは悲しいですよ、あなたも母親ならわかりますよね。
 
私は海の中で冷や汗をかいている。 この蛸かあさんは私がゆうべ蛸の卵を煮て食べたことを知っているのではないだろうか。 私の体から蛸の匂いが流れているかもしれない。

実は知っている。 知っていることに私も気付いていて、 知らぬふりしていつどうやって逃げようかと考えている。

蛸につかまったら蛸のだんなの嫁になって子をいっぱい生ませられる。
私はあんなもの生みたくない。 
まあるい大きなものを生んで千も2千も蛸が膜を破って出てくるのだ。
それにどうやって蛸と交尾するのだ。 出来やしない。 だから大丈夫、私は蛸の嫁にはなれないのだ。

蛸かあさんは、隣でぷわぷわ漂いながら言った。
「安心して、ちゃんと交われますよ。」
蛸かあさんの顔は怖かった。 蛸の怖い顔はどんなのか、見ていないのに怖い顔をしているのがわかった。


川上弘美の 龍宮という本の中に 北斎という話がある。

人間の姿をしているが、自分は蛸なのだという男が出てくる。
仕事を無くして海岸で波を眺めているといつの間にかそばに居た。
自称蛸は、酒をご馳走してくれと男にタカリ、 男もつい承知して一緒に飲みに行く。 人間の女にはオレはモテるんだなんて話をする。 人間の女なんて簡単だ。だけれどもどうも人間界には馴染めない。 オレは蛸に戻りたい。 そんな話を聞きながら、この蛸と自称する男から逃げたいと思う反面、離れがたくもなくなっていく。 どうせ金が尽きるまでの付き合いだ。 何軒かはしごして金が尽きれば、自称蛸もまとわりつかなくなるだろう。

オンライン書店ビーケーワン:竜宮 竜宮 川上 弘美著

川上弘美の話には、異形のものがよく出てくる。
目の前の世界にしがみつきたいとかや人間らしく生きることに頓着していないような言わば無気力な人間のそばにゆらゆらとやってくる。
この世もあの世も日常も非日常も始まりも終わりも人間も人間でないものも同次元に置いてしまう川上さんの世界。

読んでいてストーリーそのものが読み取れないこともある頼りない読者だが、文章の心地よさとなまめかしさに惹かれてまた川上弘美を手に取ってしまう。

川上弘美の書く世界の中に自分が持っている領域と似たところがある気がして、だからこそ、ずっぽり入ってしまうとアブナイなと思う精神状態のときは避けている。  
自分が本当にこの世に生きているのか、 窓の外では世界は動いているのか、 明日と昨日はどこにあるのか、 あのひとやそのひとはどこかにちゃんといるのだろうか。  疑わしくなってしまうのだ。
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2006年03月13日

3月13日物語 : 満開の桜の木の下で


こどものころ、お花見が怖かった。

おとなたちが遠足のお弁当の時間のようにシートをひろげ、お重を並べ、それはとても美味しそうなのだけれども、一升瓶が立ち並び、七輪で鍋物や鶏を焼いたりして、きちんと座っていないであちらこちら移動しながら、それもふらふらとした足取りで移動しながら歌までうたって、踊る人まで居たりして、 「お花見」 だと聞いていたのに、 「桜をめでに行くのよ」 と聞いていたのに、桜が満開でそんなに嬉しくて騒いでいるのか、それなのに、 めったに木を見上げず、 あげくのはてに酔って寝転んでこんなことを言う。

「満開の桜の木の下には死んだ人が埋まっている」

必ず誰かが言い出す。 それを聞いたほかのおとなも 「そうそう、満開の桜の木の下には人が埋まっているんだよ」 と楽しそうに繰り返す。

ひっとなって立ち上がるわたしを見て酔ったおとなが笑う。

毎年毎年くり返し聞いているうちにこれはお葬式なのかと思った。  父の故郷で年取った誰かが亡くなったというので連れて行かれたときなど、 隣の間で顔に白いものを被されて横たわっている人がいるというのに、  「いやあ、大往生だったね」  「102歳まで生きれば幸せだ」  「あれま、けんちゃんじゃないの、まあ、りっぱになって」  「としこはまだ嫁に行かんのかあ」  「どーれ、その赤んぼ、抱かせておくれ」 「めんこいなあ」  「いやあ、なんだかオレにちっとも似てなくて」  「裏の良太に似ちまってないか」  「それはまずいんでないかい」 
などと、なんだかわいわいと楽しそうなのだ。 (注: 方言あやふや)

それと似ている。 
それにしても、こんなところに死体を埋めっぱなしでいいのだろうか。
桜の木の下に人を埋めるのはよくあることなのか。
それとも埋めた場所には桜がにょきにょきとものすごい勢いで生えて妖しく咲いてしまうのか。
どちらにしろ怖い。

中学生になって、坂口安吾桜の森の満開の下 を読む機会にめぐりあえて、 やっとわかった。 
おとなたちは、このことを言っていたのだ。  桜の木の下に行くと思い出してしまう人が何人もいるほど有名な話だったらしい。  合点がいってほっとしたけれど、 その内容は忘れてしまい、 ただ 「桜の木の下には人が埋まっている」 というフレーズだけがずっと頭から消えないまま今日までいる。  桜の季節がやってきて、お花見の計画など持ち上がると必ずそのフレーズが浮かんでしまう。

やっとまたこのはなしにめぐりあえて読めて、 川上弘美さん、 ありがとう、と思った。 この中に入っていたのだ。

川上弘美

恋愛小説アンソロジー  感じて。息づかいを。  川上弘美 選  光文社文庫
こういうのは、どの作家が出ているのかを重要視していて、 誰が選んだかはあまり気にしていなかったと思うのだが、 これは 川上弘美 が8篇の作品を選んでいる。 
川上弘美ファンのわたしは飛びついた。 

もう、やっぱりさすがの川上さん!  
これらを “恋愛” というものに結び付けて数ある中から選び出すなんて。
男と女が好きだ惚れただの言い合わない、べたべたしない物語たちばかりで、 心臓がきゅっ、ちくんとなりました。  これは “コドモ”ようじゃなくて “オトナ”ようよ、ふっふ、と思ったりして。


カテゴリー分けをしてしまった私のブログ内の 川上弘美 のところに入れようか アンソロジーの中に入れようか、迷いに迷ってしまいました。
うーん、 これらの作品から “恋愛の息づかい” を感じていただけたらと川上さんは書いているが、 これらを選んだ川上さんの息づかいを感じてしまってもいるので、 川上さんのカテゴリーに入れたい。 でもアンソロジーだものなあ。 時々、川上弘美 に入れたり アンソロジー に移動したりするかもしれません。

桜の森の満開の下     坂口安吾
武蔵丸            車谷長吉
花のお遍路          野坂昭如
とかげ            よしもとばなな
山桑             伊藤比呂美
少年と犬           H.エリスン (伊藤典夫 訳)
可哀想            川上弘美
悲しいだけ          藤枝静男



*追記* 梶井基次郎 の 桜の樹の下には という小説の冒頭も、
  桜の樹の下には死体が埋まっている!
  これは信じていいことなんだよ。
  何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないこと
  じゃないか。 俺はあの美しさが信じられないので、 
  この二三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。
  桜の樹の下には死体が埋まっている。
  これは信じていいことだ。

で始まります。 桜の木の下には・・・は、梶井さんのほうが有名でしょうが、 桜の木の下の物語としては坂口安吾さんのほうがずっと好きです。 機会がありましたら読み比べてみてくださいね。
posted by tsukikohime at 23:59| Comment(6) | TrackBack(1) | 川上弘美 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月13日

2月13日物語 : リアル

湾岸ラプソディ(改題 夜の果てまで) 盛田隆二 を読みながら息を止めていて、いや本当に止めていたら死んでしまうから息を詰めていたというのかな、 とにかく途中から引き込まれて一気に読んで、読み終わってぷはーっという感じで息を吐いた。 もう少し長かったら低酸素症になったかもしれなかった。

オンライン書店ビーケーワン:おめでとう   おめでとう 川上 弘美著 新潮社

その次に手に取ったのが、川上弘美おめでとう 

今度は縁側でひなたぼっこをする年老いた猫みたいな気分になってしまった。

湾岸ラプソディとは対極にあるリアリズムからかけ離れた物語世界だ。 12の短編が納められています。

不倫あり、女同士の恋あり、離婚あり、男に金を持ち逃げされる女あり。
くすのきに住んでいつしか水かきができてしまう男とよりを戻すといった異種生物との恋愛や、幽霊に取り憑かれて、私とあなたの共通の不倫相手だった男に復讐しましょうよと持ち掛けられたりという超現実的な世界も川上弘美さんらしい。 

確かに現実離れしているのだが、妙に生々しく色っぽく感じられて、私はやっぱり川上弘美さんのとろりんことした文章、好きだなと思う。
時々、意味不明のお話もあるが。

川上弘美の中の男女も不倫だなんだで苦しんだり迷ったりしてるのだけれども、

「いっちゃいましょうか」 「いっちゃいましょうね」
「やっちゃいましょうか」「やっちゃいましょう」
「ふたりで遠くに逃げましょうか」 「そうしましょうか」
「いっしょに死んじゃいましょうか」 「それもいいですね」

と、里芋の煮っころがしかなんかを箸でつつきながら話している男女を想像してしまいます。

だけれどもその中に生臭いほどリアルな会話もあるから、ひなたぼっこしていた身体がぴくっとしてしまう。

おめでとうの中からふたつ。


「あのさ、俺さ、百五十年生きることにした」 突然トキタさんが言った。
「百五十年?」
「そのくらい生きてればさ、あなたといつも一緒にいられる機会もくるだろうし」
「トキタさんたら」 私は言い、うつむいた。
                       ・・・(冬一日)


「一回、若いひととしてみようかな」
章子の顔を、僕はまじまじと見た。 あいかわらずきまじめな表情である。 真っ白い下着をてきぱきとつけながら、してみようかな、などと言うわけだ。 僕の凝視に気がついて、章子はスカートをひっぱりあげながら、まばたきした。
「しないわよ、まさか」
「僕には止める権利はありません」 両手を降参のかたちに上げながら、僕はおどけた口調で言った。
「権利もないー義務もないー」 上着をはおりながら、章子は小さくうたった。
ひやりと、僕はした。  たぶん章子もひやりとしただろう。
                       ・・・(冷たいのがすき)   


こういうのもね、・・・とってもリアル。

・ 
posted by tsukikohime at 11:37| Comment(3) | TrackBack(1) | 川上弘美 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月18日

1月18日物語 : 蛇の話

「やるやる、蛇やる! 私にやらせて! 蛇は私が担当するから!」

皆が振り向いたけれど、 すぐに合点のいった顔を戻した。

役員長が言った。

「2人1組だからね、どうしてももう1人必要なのよ。」

「私、なんでもします。 園庭中の糞の片付けも全部します。 だから蛇だけは勘弁してください!」

「私は全員が使った軍手もエプロンも全部洗います。 だから蛇の担当にしないでください!」

「お願い、本当にお願い、蛇はダメです。 怖いんです。 絶対ダメです。」

皆が口々に懇願する。 幼稚園にやってくる「移動動物園」のお手伝いをしなくてはならない役員たちが集まった会議室が、がやがやきゃあきゃあ収拾がつかない騒ぎになってしまった。

「蛇、蛇言わないでよ! さっきから鳥肌たって仕方ないじゃないの!」

役員長が大きな声で怒鳴ったので、全員が静まり返った。

これで、役員長も蛇が苦手なことがわかった。

「蛇、可愛いじゃない。 どこが嫌なのかしら?」 先ほどの彼女が言って、皆がため息をつく。

私は、隣に座っている彼女に小さな声で訊ねた。 「蛇って噛む?」

「幼稚園に連れてきて園児に触らせるのよ、牙は抜いてあるでしょ。」

そうよね。 



役員長が大きくため息をついて提案した。 「アミダにする? 皆が苦手なんだもの、それが一番公平よ。」 

「でも、くじに当たっても私、絶対触れないです」

「私も」

「私だって無理です」

はあー、どうしよう、これじゃ会議が終わらない。

「私、やります」 言ってしまう。

「はい! 決まり! つきこさん決定」  即決だった。

こういうときにありがちな、「え、いいの?」という儀礼の言葉もなく。

他の、ポニー担当やひよこ担当やヤギ担当などを決める為に役員会はスムーズに動き出した。

隣の彼女が嬉しそうに聞いた。 「つきこさんも蛇が好きだったのね?」

「いえ、好きとか嫌いとか考える機会が今までなくて。 それに触ったこともないから」

「嫌いな人はね、 触らなくても嫌いなのよ。」

「どんな感じ?」

「そりゃあもう最高。」 彼女はうっとりと言った。


蛇は、思っていたより大蛇だった。 まだら模様のニシキヘビ。 太いところで直径4cm位、長さは150cmくらいで、ずっしりと重たかった。

少し、ほっとした。 白くて細くて短いやつだったらダメだったかもしれない。

園児たちには盛況だった。 沢山の子達が並ぶ列を乱れないように指導しながら、「移動動物園」からやってきた人たちと一緒に働いた。

蛇好きの彼女は首にニシキヘビをかけたまま 「はいはい、次、君ね。 触るだけ? 首に巻き付けたい?」 「はーい、押さないでー、 押すと、蛇踏んじゃうよー」 と嬉しそうに働いている。

我が子をカメラに納めようと見学に来ている母たちの中には、蛇の列に並んでいる我が子を列の外に引っ張り出す人も居た。 「だめ、蛇なんか触らないで」

DVC00010.JPG

蛇はひんやり冷たいのかと思ったらそんなことはなく、温かくて。  ざらっとしているのか、はたまたぬめっとするのかと思ったら、すべすべさらさらしていた。

「ね、気持ち良いでしょ?」

「想像していたのとは全然ちがいました」

でも、一度で充分。



数珠屋「カナカナ堂」に勤めるサナダヒワ子さんは、蛇を踏んでしまった。

   蛇は柔らかく、踏んでも踏んでもきりがない感じだった。
   「踏まれたらおしまいですね」と、そのうちに蛇が言い、 それから
   どろりと溶けて形を失った。 (本文より)

蛇を踏むのは嫌だなあ。  蛇じゃなくても生き物を踏むのは恐いなあ。

   「踏まれたのでは仕方ありません」
   今度は人間の声で言い、私の住む部屋のある方角へさっさと
   歩いていってしまった。 (本文より)

夜、部屋に戻ると、50歳くらいの見知らぬ女が座っていた。
「おかえり」と言っていそいそと箸や茶碗を並べて食事の世話を始める。
さては蛇だなと思うが、いっしょにビールなど飲んでしまう。

「今日は仕事遅かったのね」
「甲府に行ったから」などとつい返事をしてしまうが、 「あなた何ですか」と聞く。

「ああ。わたし、ヒワ子ちゃんのお母さんよ」

川上弘美の登場人物は不可思議な現象をすぐ受け入れてしまいます。 少しは抵抗も試みるのだが、 「ああ、そういうもんなのかな」と慣れてしまう。

これは 蛇を踏むという話だが、一緒に納められている 消える という話の出だしは、

   このごろずいぶんよく消える。
   いちばん最近に消えたのが上の兄で、
   消えてから二週間になる。
   消えている間どうしているかというと、しかとは判らぬが
   ついそこらで動き回っているらしいことは、 気配から感じられる。 (本文より)

この話でも「家族の誰かが消える」ことをすんなり受け入れてしまっている家族が出てくる。 
昔、曾祖母も消えたことがあるそうだ。  そしてこの家にお嫁にやってきたヒロ子さんは小さくなってしまう。 ひゅんと音をたてるようにして収縮してしまう。 

日に日に縮むばかりのヒロ子さんは小さすぎて台所仕事が出来なくなって、畳の部屋の掃除を朝から晩までする。 小さな箒で朝から晩まで掃いても、掃き終えると夕方になってしまう。

   ヒロ子さんの後始末はかんたんに行われた。 (本文より)

すっかり縮んで芥子の実ほどになったヒロ子さんを潰さないように、ガーゼを敷いたガラスの入れ物にしまってヒロ子さんの両親のもとに返されることになったのだ。
私はヒロ子さんに同情しました。


最後の 惜夜気(あたらよき) の出だし。

   背中が痒いと思ったら、夜が少しばかり食い込んでいるのだった。
   まだ黄昏時なのだが、背中のあたりに暗がりが集まってしまったらしく、
   密度が濃くなったその暗がりの塊が、背中に接着し、接着面の一部が
   食い込んでいるのだった。 (本文より)

川上弘美の作中の登場人物のように、 「ああ。そんなものかな」 と読んでいるうちに受け入れてしまう。


物語が蛇のようにぐるぐると身体に巻きついて囚われてしまう、そんな本でした。   

オンライン書店ビーケーワン:蛇を踏む  蛇を踏む 川上 弘美著 1999.8 文芸春秋
   
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2006年01月07日

1月6日物語 : よしときゃいいのに 


「そういえば、つきこさんは僕にほとんど質問しませんね。」

食事の皿が片付けられコーヒーが運ばれてきたあとに彼が言った。

「どんなことをですか?」

「例えば、仕事の内容とか友人関係とか趣味とか好きな食べ物とか・・。」

そんなこと尋ねようとも思いつかなかった。

「尋ねてほしかったですか。」

「いえ、つきこさんはつきこさんのままで。」


いっしょに居る時間の中で自然と得られる情報、例えば服装やレストランでのメニューの選び方や流れる有線放送のどんな曲にふと耳を傾けているのか。

箸の扱い方、タクシーの止め方、一緒に入った建物の中のどんなインテリアに目を留めているのか。

それがコノヒトなのだ。

小学生の時に遊んでいて怪我した傷跡。  大学受験の時に父親とけんかした話。

高校生の頃、母がね・・。


彼が私と居て思い出す昔話。  それがコノヒトなのだ。

彼が私に聞かせたくなった話。  それがコノヒトなのだ。

どんな人生を送ってきたか知らなくても、いま目の前にいるコノヒトが今日までのその集大成のコノヒトで、 ソノヒトが私を求めている。

他の場所でどんな笑顔を見せているのか、 私のいないところでどんな涙を見せているのか、 どんな怒りを抱えているのか。   それは私の前で現れないものならば、無いものなのだ。

いまここにいるコノヒトがコノヒトの全部。  コノヒトの全部がいまここにいる私を求めている。




よしときゃいいのに、 好きな小説家を見つけるとその人の書いたエッセイもつい手に取ってしまう。

私はこの作家の紡ぎだす物語に惹かれたのであって、 この人の日常を知りたかったわけではないのだ。

と、エッセイを読んだあとに毎度思う。


エッセイを読むと、 「あ〜、余計な詮索しなきゃ良かった。」 と思ってしまう。

彼(彼女)が今日まで経験して感じて思って考えてあふれ出た想いの結果が、私を惹きつけたその小説ではないか。

エッセイを読むと、 その作家に親しみを感じたり身近に感じたりしてしまう。


毎朝、2時に起きて蛙を食し、 近所の家のチャイムを”ピンポンダッシュ”することを日課とし、電車の座席では必ず正座し、 数年に一度マグロ漁船に乗り込んだりなんかはしていない。


わかっているのに。

想像を絶するような日常を送っていないのはわかっているのに。

自分の周りの世界をどんなふうに眺めて、どんなふうに折り合いをつけている人が私を惹きつけたあの物語を書いたのだろう。

ヒントを見つけてやろう、だなんて思ってしまう。

エッセイを読んで知るのは、 
あー同じような日常でもそもそも視点がちがうんだ、 感性が研ぎ澄まされているんだ。  言葉の扱い方が美しいんだ。 ぐらいなもんで、そんなことはその作家の作品からわかっていたことばかりなのだ。 

好きな小説家のエッセイを読んでいて一番読んだ甲斐があったなと思うのは、その作家が影響を受けた作家や小説について書いてあるときだ。

すると、私が読みたいものがまた見つかりそうな予感。   

本が本を呼ぶチェーンリーディングの期待。

私の好きな作家のその好きな作家なら、 きっと私も好きになるだろう。 わくわく。


・・・となるはずなのに、 数冊はあっても全部が全部ではなかったりする。

なぜだろう?

当たり前だ。

彼は彼で、私ではなく。 彼女は彼女で、私ではなく。  私は私だから。


エッセイを読んでいる暇があったら小説を読もう。
それなのに、また懲りずに買って読むんだろうな・・・好きな作家のエッセイ。


よしときゃいいのに。


オンライン書店ビーケーワン:ゆっくりさよならをとなえるゆっくりさよならをとなえる 川上 弘美著 新潮社 2001.11


☆ 川上弘美さんも、レイ・ブラッドベリの 「火星年代記」を好きだということを知って嬉しかった。

好きな作家との小さな共感を見つけられたときの喜びのために読んでいたのかな。


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2005年12月17日

12月16日物語 : おとぎばなし


うそつきのアタシとうそつきのアノヒトは、 うそつきごっこして遊ぶ。 可愛く言い換えれば、お伽噺ごっこだ。

「うそつきごっこ」 も 「お伽噺ごっこ」 も アタシがそう自分の中で呼んでいるだけでアノヒトは知らない。


「いつか雪の降る中、 猿も来るような露天風呂にいっしょに入ろうね。」

くすくす。


「いつかいっしょにクリスマスイブをニューヨークのホテルで過ごそうね。」

「街にはイルミネーションが輝いて。」

「それを見降ろしながら、 ろうそくの灯りだけでケーキを食べよう。」

その後どんなことするか、 おんなじ想像をしてくすくすと笑いながらキスをする。


「いつかいっしょに海に潜って、蛸を取ろう。」

「浜辺で焼いて食べましょう。」

「ナマで食べるんだよ。 バンバン岩に叩きつけるとぐったりのびて身がとてもやわらかくなる。」

「まあ、痛そう。 お醤油を持っていかなくては。」

「ワサビもね。」

くすくす。




「むかしむかしあるところに」 は、 過ぎた時間のお伽噺のはじまりに。

「いつかいっしょに」 は、 来るはずのない未来の時間のお伽噺のはじまりに。



アノヒトはぐっすり眠ってしまった。  アタシは服を着て窓辺のスタンドライトの下の椅子に腰掛け本を読み出した。  

川上弘美いとしいを膝の上に広げて屈みこむようにして読む。

お伽噺のような物語だ。

あるはずのないお伽噺の中の登場人物は、生々しい感情を持った人々で、アタシは怖がっていいんだかくすりと笑っていいんだかほのぼのしていいんだか自分でもわからなくなる。


セックスするとからだの一部分がねじれる女の子。

   「ねじれる?」

   「そう、 ねじれたの」

   「何が」

   「からだが」

   「比喩、それ」

   「ちがう」

   最初にねじれたのが左手のくすり指だった。 
   朝目覚めておかしな感じがしたと思ったら、 爪が手のひら側にまわっていた。

そうなの、ふうん、と読んでしまう。  次のセックスでは、

   「耳がね、上下はんたいになっちゃたの」

   「上下はんたいっていうのは、 ねじれとは違うんじゃない」

   「ううん」
  
   ミドリ子の左耳は、上下が反対になっていておまけに裏を見せていたのだ。 
   それならば立派なねじれである。
  
そうなの、なるほど、と読んでしまう。

   「その場合、ねじれは二回起こったことになるわね」

   「そのとおりですね」 チダさんが答えた。

   「二回、しましたので」

チダさんはミドリ子にある日2万円をあげる。  するとねじれが直ってしまった。  だからいつもセックスするたびに2万円あげることにする。  ミドリ子はそれを日本赤十字に寄付する。



「・・・」

「え?」

顔をあげるとアノヒトがベッドから上半身を起こしてこっちを見ていた。

「いつから起きてたの?」

「だいぶ前。」

「ずっと見てたの?」

「呼んだんだけど気付かなかったから、 ながめてた。」

お伽噺の世界に浸って、ほうけた顔してたかしらと少し恥ずかしくなっていたらアノヒトはとんでもないことを言った。

まだ本の世界から抜け切っていない半分ほうけてる無防備なアタシに向かって、 ひどいことを言った。


「世界中で君が一番たいせつだ。」


アタシはびっくりして今聞いた言葉をもう一度頭の中で確かめてやっぱりびっくりしてそれから顔が熱くなって鼻の奥がつんときて情けなくなって頭にきて、もうぷんぷん頭にきて、 アノヒトのところにつかつか進んで背中にあった枕を取って部屋のどこかにぶん投げた。


もうひとつ取ってそれもぶん投げた。 それからもうひとつ取ってぶん投げた。  もうひとつ取るとぶん投げようかと思ったけどやめて、その枕に噛み付いた。  うーうー噛み付いてカバーを破った。 カバーの下にまたカバーがあったのでそれにも噛み付いたけどなかなか破けなくて小さな裂け目に指を入れて穴を広げてびりびりと破いて、中に手を突っ込んで中身をつかんで放った。

放り投げた最初のみっつも拾ってぶちぶち噛み破ってみんな中身を放った。


ベッドの上に白い羽が舞った。 また手を突っ込んで羽を掴んで、 それはなんだか赤ちゃんのシッカロールみたいなすべすべした手触りで気持ちよくて、 投げ散らかすときに手から離れるのが惜しかったけれど枕がぺったんこになるまでベッドの上や部屋のそこらに投げ散らかした。
 

羽は、 匂いまで赤ちゃんのシッカロールみたいで、 うっとりしそうだったけどサイドテーブルの上の灰皿も払い落とし、 カーペットのせいで派手な音を立ててくれなかったから少々がっかりしながらあたりを見回してなにも良い道具が見つからないので、 窓の傍に行ってスタンドライトを掴み、よーく磨かれて曇りひとつない大きなガラス窓に振り当てた。


悲劇と喜劇が混ざったような音がしてガラスは割れ、 想像以上にすごい風が吹き込み、 あーここは高層だったなと思いながら振り向くと、 白い羽が部屋中でくるくると舞い上っていてそれはあまりにも美しくて思わずぼうぼうと見とれて泣きたくなんかないのに涙がこぼれて。


お伽噺のせかいを壊して、ついちゃいけない嘘をついたアノヒトをもう窓から突き落としちゃおうかどうか、 でもアノヒトの命が消えたら哀しい。



「どうしたの?」

アノヒトは4つ重ねた枕に当てていたた背中を起こして、 少し大きな声で言った。


アタシは、まだ坐ったまんまうつむいてスカートの刺繍の模様を指でたどっていた。  アノヒトを見ないようにすぐに背を向けて大きな窓のところに行った。  ガラスの窓は氷より冷たくて近くに寄るだけで震えてしまったけど、 アタシは窓にぎゅうっといじめるみたいにほっぺたを押し付けて外の空、上のほうを見上げた。


「あ、ほら、満月よ。 今夜は満月の日なのね。」


アノヒトが起き上がって、 こちらにふわりと暖かい空気がやってきた。


くるりと振り向くとアタシは言った。

「満月の夜にぴったりのお伽噺をしてあげましょうね。  ちゃんとした正しいお伽噺よ。」

「おとぎばなし?」 アノヒトはちょっとつじつまの合わない顔をしてそれからにこりと笑ってそばにあった椅子に腰掛けた。

立ったままのアタシの手をひくと自分の膝の上に座らせて、 「お伽噺なんて聞くの幼稚園の時以来だな。 本当にしてくれるの。」 と言った。


窓のそばは寒くて、アノヒトのからだはあったかくて空には満月が輝いていて、アタシはアノヒトの首に抱きついてまあるい月を見上げながら物語を始めた。


むかしむかしずっとむかし、お月様の上に、アタシという名前のかあさんうさぎとアノヒトという名前のちいさな男の子うさぎが暮らしていました。 

かあさんうさぎはそれはもうちいさな男の子うさぎがいとしくていとしくて・・・・・


オンライン書店ビーケーワン:いとしい いとしい 川上 弘美〔著〕 幻冬舎
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2005年11月17日

11月16日物語 : つきこさんのツキコさん


建物を出ると、 同時に空を見上げた。 

生まれ始めた夜の中、 東の空の雲が一ヶ所だけぼんやりと明るい。

つきこさん。

はい。

ぼんやりと明るい雲に目をやったまま呼びかけるので、 私も同じ空を見上げたまま答える。

つきこさん。

はい。

雲の間からようやく満ちた金色の月が姿を現した。

つきこさん。

言いながら私の頭を撫でたのでそれを合図のように歩き出した。

名前を呼ばれるだけで うれしい。

つきこさん、 と呼ばれるだけで うれしい。

メールに つきこさん と 書いてあるだけで うれしい。 

コノヒトがコノヒトの指で つきこさん と文字を打ったことが うれしい。

コノヒトの大脳変緑系の中の海馬が、 ちっちと働いて つきこさん と 書いたのね などと思って うれしい。


ツキコさん。

はい。

ツキコさん。

はい。
 
と、 やりとりしている男女がここにもいる。

でも相手は センセイだ。

センセイ。

はい。 

センセイ。

はい。


他の女性はどうなんでしょう。  わたしは、 好きな人に さんづけで呼ばれるのが好きです。

つきこって呼んでもいいかい、 なんて言われた日には アッパーカットなるものを一度試してみたい衝動にかられます。


川上弘美 の センセイの鞄 は、 私のお気に入りの小説のひとつです。

それもかなりお気に入り。

お気に入りのものを説明しようとすると、 うまくいかないんですよ。  

どこがどうって、 どんなにがんばっても どんなに良いのか わたしの言葉ではいくら尽くしても足りないことがわかっているから。


37歳のツキコさんと30歳年上の高校の恩師との恋のはなしです。

人生に焦りを感じてもいいお年のふたりなのに、 とてもゆっくりとした流れの中で気持ちを育てていきます。  そういう年齢だから、かえってそうなのでしょうか。

時間が勝負の炒めものと違って、 材料をひとつづつ丁寧にことことゆっくりと味を含ませながら作る煮物のような恋です。

そういえば、 川上弘美 の小説には、 食べるシーンがよく出てきますね。

食べ物を大事にきれいに美味しそうに食べる人たちが、 よく出てきます。

食べ物を丁寧に扱うところも 川上弘美 の小説が好きな所以です。


ツキコさんとセンセイはとてもかわいい。  

とてもかわいいふたりで、 微笑みながら読んでいたはずなのに最後の2ページに入るあたりで涙がつーっと落ちてます。 

つー・・です。


つくづく思います。  いまいちだった本にケチをつけるのは簡単だけれども、 

丸ごと抱きしめたくなるような小説って、 言葉を失います。 

オンライン書店ビーケーワン:センセイの鞄センセイの鞄  川上 弘美著
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2005年11月13日

11月13日物語 : くっ・・


途中で 「くっそー。」 と るいこが言った。

そんな言葉がるいこの口から出るのを聞いたのは初めてだったので少し驚いた。


鮭のハラスをつつきながら恋人の話をしている途中で、 ふと言葉が止まったかなと思ったら 「くっそー。」 と言った。  お酒のせいか目がちょっと潤んでいるように見えた。

少し驚いたけれどやっぱり 「くっそー。」 しかないんだな、 そんなことばをおんなにつぶやかせちゃあいけませんよなどと思った。


彼氏はからだが利かなくなると、それが2回続くと あらためてるいこを呼び出して  「おとことおんなのかんけいをやめよう。」  と切り出すのだそうだ。
 

「でもゆうじんとしてはつきあいたい。」 と必ず付け加えることは忘れない。

「キスもしないの?」  とるいこは聞く。

「キスもしない。」  と彼は答える。

「手もつながないの?」

「手もつながない。」

「でも会うの?」

「でも会う。 並んで歩くんだ。 そしてくだらないはなしをする。」 と彼はしゃきっと言う。


デきなくてもいいのに、とるいこは言う。  手ぐらいつないだっていいじゃない。

「手をつなぐとソノ気になってしまう。」

「なったらなったでいいじゃない。」

利かないのはいやだ、と彼氏は言うそうだ。


「了承するの?」 と私は聞いた。  そしてマサユキさんを思った。  彼も利かなくなったら私と逢わない、と言うのだろうか。
  

コンカラコロコン・・・  ふたつの指輪が小さなガラスの皿に置かれる時の音が聞こえた気がした。
形も種類も買った日付もまったくちがう指輪。   内包している意味は同じ種だったのかもしれない。  重なるわけがなかったはずのふたつの指輪はガラスの皿の中でからりんと回ってから静かに寄り添っている。  


「納得はできないけど、 それでも会うってことは了承してしまったようなもんかも。」

「この先はずっとおともだちなわけ?」

「くりかえしなのよ。」 
 

どこでどんな風に自信つけてくるのかわからないけどね、 と言ってるいこは店員を呼び止めて、 なすの揚げだしと とりわさと 日本酒を注文した。  つきこももっと飲む?  それあけちゃいなさいよ、 お兄さん、 もうひとつね。


「おともだちだったくせに、 さっと手を掴みいかがわしいホテルに連れ込むのよ。」

そして、いたすのよ。 いたして 「おとことおんながいちばんだな。」 って言うの。


「くっそー。」 とまたるいこは言ってししゃもの磯辺揚げをがりっと食いちぎった。


つきこ、 笑ってくれる? と るいこは ヘレン・フィッシャー の 人はなぜ恋に落ちるか? という本をバッグから取り出して私に見せた。


やめなさいよ。  笑わないけど。  取り上げるわよ、と言って私は笑った。  

じゃ、何か貸してよ、 唯川恵 なんてやめてよね。 私は彼女とは違うんだから。


先日、うちに泊まった友人のことを言っているのだ。

あの子はね、 と年上の友人なのに、彼女はいつまでもあの子はね、なのだ。  あの子はね、 たぶん山手線の電車の中で平気でキスするようなタイプなのよ。

「しないでしょ?」

「しないわよ。 でもそういう恋愛がすきなのよ。」

「山手線でねえ。」 中央線では?

「それはないわよ。 あくまでも山手線のはなし。」

「西武線では?」

わるくちよ、 これはかなり。 やめよう。  西武線でするタイプの友人なんてそもそも友人になってないわよ、 問題外。


なんか貸して。 この本捨てるから。  とるいこは口とは裏腹に本の表紙をやさしくなでた。


あのね、先読みしてるみたいで悪いかなと思ったんだけど、 この短篇、読む?


私はバッグから 川上弘美 の 溺レる を取り出した。


いいのよ。 先読みしてくれることを期待してたんだから。 るいこは私から文庫本を受け取った。

どんなの?  わたし読んでもだいじょうぶ?  今のわたしが読んでも。


アイヨクとかジョウヨク よ。


るいこは顔をしかめた。  愛欲とか情欲はやだな、 悪いけど。

今、 漢字で言ったでしょ?   愛欲とか情欲とかって。  カタカナよ。   カタカナでアイヨクとジョウヨクよ。


「どろどろしてなーい?」 とまだ心配そうにるいこは言う。

「どろどろしてなーいわよ。 とろーりとろーりしてるわよ。」


アイヨクとジョウヨクにオボレてミチユキよ。  ふふっと少し笑いたくなってふふっと笑った。

それから冷めたししゃもを少しかじった。  冷めるとかたくなるね。  あたたかいほうがおいしいよね。

あたたかいほうがおいしいに決まってるじゃないっとるいこは言って、 また 「くっそー。」 とつぶやいた。

オンライン書店ビーケーワン:溺レる
posted by tsukikohime at 22:34| Comment(5) | TrackBack(1) | 川上弘美 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする