過去問4教科2年分やったらブックオフに連れて行ってと海が言うので、約束をした。
小6の中学受験生が10月の休日に6時間ばかりの勉強時間では少ないほうだろう。
あと3ヶ月しかないのだ。 でも時間ばかりかけても、と私は思う。 要は集中してなくては意味がない。
過去問はテストなので、時間を計って解く。 その後、自分で採点し、間違ったところを直す。 解けなかったものを理解する。 2年分やって、だいたい6時間。
塾の先生の中には、受験までには志望校受験校全てのものを何度でも何度でも、合わせて100年分くらいやりましょう、などと言う人もいる。 9月から1月の4ヶ月の間にだ。
冗談かと思ったら、 本当にやる子もいるそうだ。 小学校に通う暇なんてあるのだろうか。
「だー!! 疲れたー!!」
「そうでしょう、そうでしょう、 じゃ、お約束通りにブックオフに行こうか?」
「帰りにバーミヤンでピータンも食べる。」
「お母さんも食べたいわ!」
「ボクも食べたいわ〜。」
「あれ? 空、宿題終わったの?」
「終わんねーよ!!」
空はムカムカしている。 また、感想文の宿題が出たそうだ。 可哀想に。
夕方、空は突然、思い出した。
「やっべー、感想文書かなきゃ〜。 明日までだよ。」
「また〜? 好きねえ、空も。」
「俺じゃないって。 現国の教師が、だよ。」
「課題の本は何なの?」
「芥川龍之介の短篇の中からのひとつか、それとも・・・あと、忘れた。」
「授業中、書き留めておかなかったの?」
「現国の教師が担任なの。 で、ホームルームの時とかにいきなり、 『現代作家もいいな。 ○○○の×××の感想文でもいいし、 △△△の×××のでもいいな。』 と つぶやくんだよ。 そんなの忘れちゃうよ。」
「で、思い出せないと。」
「そうそう。」
「書けないじゃない。」
「そうそう。」
「ふーん。 お風呂洗っておいてくれる?」
「おかあさま〜、助けて〜。」
「友人に助けてもらいなさい。」
「誰もが、聞き逃してる。 だから仕方なくみんな芥川龍之介の短篇にするって言ってた。」
「空もそうすれば?」
「芥川は読んだけど、現代作家のが書きたい。」
「で、 誰の何ていう作品だったか思い出せないと。」
「聞けば思い出すんだけどなあ。」
「ふーん。 お風呂、洗っておいて。 お母さんは海と出掛けてくる。」
「おかあさま〜。」
「私がどうしてわかるのよ。 わかるわけないじゃない。」
「だよな・・・。」
「先生、40代前半くらいだっけ?」
「だいたい。」
男性だよね。
うーん。
私立男子中学の40代前半の男性教師。
ふと思いつきで現代作家の名を出す。
ホームルーム中に、にきび面の中学2年の男子生徒たちを眺めながら ふと思い出した作品。
深く考えずに、○○でもいいなーと、つぶやく。
「
村上春樹 の
海辺のカフカ。 違う?」
「それだー!! あともうひとつ! 女だったよ!」
「女流作家・・・。 えーと、
吉本ばなな の
キッチン。 どう?」
「・・・お母さん、化け物。」
「当たり?」
「うん。 なんでわかったの?」
ヒントが多かったもの。
「両方とも家にあるし、 村上春樹のは一度読んでるでしょ? 吉本ばななのは、読みやすいし短かいからすぐ読めるよ。」
「その、ばななにするかな。」
「お風呂、よろしく〜。」
出た当時、ものすごい反響だった。 しばらく凄かった。 賞としては、
泉鏡花文学賞を受賞している。 芥川賞や直木賞の派手さはないにも関わらず、 近頃の芥川賞や直木賞どころではない騒がれ方だったように記憶する。
なのに、読まなかった。 だから読まなかった。 ずーっと後になって読んだ。
もったいないことしたな。 もっともっと若い頃、10代後半〜20代で読めたら良かったなと思った。
主人公 みかげの ”感情” を表現する文章がすーっと染みてくる絶妙な言葉使い。
情景描写のうまさ。
言葉が、文章が、絵を見るようにすんなり入ってくる。
当時、 「少女まんがのようだ」 と言われたのも納得。 それは悪い意味にも使われたし良い意味にも使われた。
まんがちっくだとしても、それを漫画ではなく文章化できるのだから、その才能は素晴らしい。
テーマは普遍的なもの。 身近な人の死、孤独、喪失感、そして再生へ向かう主人公。
それを、有り得なさそうな話で描く。 なのに無理矢理感がない。
ストーリーを楽しむだけでなく、文章そのものを楽しめるものがやはり私は好きです。
美しい文章が好きです。
どんなに奇抜なストーリーでも、文章が説明的だったり辻褄合わせ感があったりすると、 つまらなくなってくる。
女の子ならともかく、ちょっと晩熟の14歳の男の子である 空に この本、楽しめるかな〜。
とくに 感想文を書くことを目的に読むわけだから、 ストーリーばかり追ってしまって、文章の美味しさまでゆっくり味わえないんじゃないかしら。
あんまり 感想文、書かせないでほしいなあ。
世界25カ国で翻訳されました。 今も表現力はサビていませんが、 私が読んだ吉本ばななの中では、やはりキッチンが一番輝いてると思います。
1989年に初めて出されたものですが、古さはまったく感じられません。
まだ読んだことのないお若い方は、おじさんおばさんになる前にどうぞ。