2007年01月06日

1月6日物語U : 白河夜船

訪れたときは自力で開けることができない重い防音扉を、帰りには木戸を開けるように軽々と押して出て行く私。

田中さんにギターを弾いてもらったその日は、ずよろんと眠れる。
今日はサンタナ特集だったせいで、頭の中には、サンタナとスティーブンタイラーの Just Feel Better が鳴り響いて、ああ、気持ちいいと思っているうちに眠ってしまったらしい。
自分のくしゃみで目が覚めてソファで眠っていたことに気づいたけれど、彼らはまだ頭の中でコラボっていた。 スティーブンのたらこくちびるが悩ましくぱくぱくと。

ねむいねむい。

やたらと眠ってばかりの日々と、3日で5時間くらいしか眠ってない日々との繰り返し。  そうゆう睡眠障害は、欝の人によくあるらしい。 
やはり、その傾向があるのか・・・それは困る。

表題作の「白河夜船」の主人公は、眠ってばかりの女の子。
彼女は最近、大事な友人を亡くした。
その友人は、豪華なベッドで お客様のとなりで“添い寝”をするという仕事をしていた。

眠ってばかりの女の子は恋人からの電話のベルの音だけはなぜかわかって目を覚ます。
恋人のその妻は事故で植物人間状態でもう何年も目を覚まさず、死と隣り合わせの眠りの中にいつまでもいる。

                    オンライン書店ビーケーワン:白河夜船
                白河夜船 吉本 ばなな著 2002.10 新潮社

「大切な人の死」の悪夢から逃れられなくて、ぽかりとこころのどこかが開いたまんまみたいな喪失感を抱えて、その中で主人公も他の登場人物たちも、まるで夢遊病者のように現実を生きている。

そんな感じの話ばかり3作。


「大切な人を失って、まだどこか現実の世界とうまく折り合いをつけれない人々」 の哀しさ書くのが上手(得意)。 
誰も死なない物語って、ばななさん、書けるのかな。
あるかもしれないけれど、わたしはまだ読んだことがありません。

ねむいねむい。
今夜はスティーブン♪と寝よう。

               
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2006年11月04日

11月4日物語U : かび


株式会社ヤサカ。 
小規模なこの八阪市の経済は、 傘下の関連会社や取引会社に限らず、 多くがヤサカの影響下にあるといってよかった。
平和な表現をすれば企業城下町ということだが、 ヤサカの支配地帯といえなくもない。
ヤサカのOLだった友希江はヤサカ研究部の技術社員だった文則と出会い結婚し、あれから10年。 
ささやかながら一戸建ても持ち、 女の子にも恵まれ、 いまでは幸せな専業主婦である・・・。
・・いっけん。

しかし、行き場のないストレス爆発寸前。

家には寝に帰るだけのような会社人間の夫(しかし過去には浮気もあり)が、仕事中に倒れた。
脳梗塞と診断され、 会社側は本人の自己管理(妻の夫管理)のせいもあるのだし、ハードな仕事だけが原因ではないから労災は申請しないでくれと言ってくる。
そしてどうやら、彼をリストラしようとまでしているようだ。

友希江は、そんな会社のやりくちに怒り心頭し、 株式会社ヤサカを相手にたった一人で立ち向かうのだ。

とっちめてやる!

というか、 (ずっと子供の頃からいい子)でいた友希江の溜まりに溜まったストレス大発散劇です。

やり方、めちゃくちゃ。

半身不随になりかけて病院で天井を眺めている夫に愛情があるわけでもなく、そんな夫は放っておいて、ひとりで行き当たりばったりのようないやがらせを会社側の人間にばしばし浴びせて 「あー、おもしろい!」 とけらけら笑ってます。

社長の一人娘の結婚をダメにしてやろうと、カミソリの刃や切り刻んだピンクのショーツを 〔アノヒトハワタシのオトコダ チカズクナ〕 なんて脅迫文とともに送りつけたり、 その娘の婚約者と憎たらしい別の女との婚姻届を偽造して出しちゃったり。
社長の愛人宅に忍び込んで、 ビタミン剤の中身を睡眠導入剤に変えたり、 水酸化ナトリウムを靴に入れて火傷させるとか。

やることがセコクて、しかも犯罪よ、それ。

(ずっと子供の頃からいい子)だった子が、 キレたとしてもそこまで人間、落ちるか!? というほどの変わりよう。

ちょっと、だれかこのおばちゃん、 とめてぇな。

そう、関西弁なんです。
もう、ノリがよくって、文章もおかしくって、呆れながらも読むのが
止まりまへん 止まりませんでした。

ラストではっきりしますが、 読んでいる途中でも、 この作者、 作中人物の誰にも愛情を注いでないとわかります。
登場人物に誰一人として、 共感を覚える気にもなれなかったという小説もめずらしいです。

たくさん笑わせておいて、 読後には 「いくらなんでもワタシはこんなお下品な人間ではないわよね」 と安心感を与えてくれる。
それが狙いなのかもしれません。  

オンライン書店ビーケーワン:かび

かび  山本 甲士著  2003.6  小学館


この表紙、触るのちょっと勇気がいります。
同じ作者で 「とげ」 というのもあります。

手元にあるので一ページ目をちらっと見ましたらいきなり関西弁で 
「そやさかい、 さっきも言うたやろがっ。 市の運動公園の金網が破れとって、 うちの子供がそのせいで手ぇ怪我したんやっ」。

また寝不足になりそうなのであわてて閉じました。
 「どろ」 というのもあるそうです。
次は 「さび」なんかどうでしょうか。
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2006年07月31日

7月31日物語U : みずうみ


主人公のちひろはアパートにひとりで住んでいて、 中島くんは道路をはさんだななめ向かいのアパートに住んでいて、 ある日、 窓辺の彼とあいさつするようになって知り合う。
ぐんと近づくまでは時間がかかったけれど、 いまでは好きで好きでたまらない。

生きている感じが薄すぎる中島くんは、 なにか大変な過去を背負っているらしい。
何があったか知らないが、とにかく大変そうだった。
「人の大変な話を聞くということは、 もう、 お金をもらったのといっしょで、 絶対にそのままではすまされないよ。 聞いたという責任が生じてしまうの。」
死んだママがよく言っていた言葉で、 ちひろは、せちがらいなあ、と思いながらも、それは多分真実だろうと思うので、
中島くんに 「言わなくていいよ、 そんなつらいことなら、 ますます言わないで。」 と言う。


ちひろは、何度でも中島くんを好きになる。

窓辺で手を振っていた中島くんを好きになる。

横で寝ている変な顔の中島くんを好きになる。

ほんとうに人を好きになるということが、 今、 はじまろうとしていた。 
重く、 面倒くさいことだったが、 見返りも大きい。

そして、 中島くんの “大変な過去” を知ってしまったとき。

大変な過去・・・これは書きたいけど、書かないでおきます。
ちょうどここ数日TVや新聞を賑わせているカルト集団被害のような、 誘拐、 共同生活、 マインドコントロール、 救出されたその後 ・・っと、ここまで。


それは想像以上に大変な過去で、 そういう人を好きになることも、 そういう人から必要とされたときに受けて立つのも、 とても覚悟のいることだ。

「ちひろさんはね、 思うにやはり、 ほんとうに数少ない、 気持ちの暴力が少ない人なんだ。」 と中島くんは言う。

押し付けない、 要求しない、 期待しない、 あるがままを受け入れる。

男女間においても、 親子間においても、 友人関係においても、
簡単なようでいて、 なかなか出来ることではないですね。
愛情と思っていたものが時に気持ちの暴力になっていて相手を苦しめていることって・・・あるんだろうな。
投げるほうも 「愛情」 だと思っているから悪いことをしてる気持ちがなくて、 受けるほうも 「愛情」 だと思わされて、 うまく応えなくてはと苦しんだりして。

オンライン書店ビーケーワン:みずうみ

みずうみ よしもと ばなな著 2005.12 フォイル



手に取ったときも美しいと思った表紙ですが、 読み終えたあと、 とても長い時間眺めてしまった表紙です。
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2006年07月24日

7月23日物語U : Life is very short

オンライン書店ビーケーワン:4U

4U  山田 詠美著  1997.8  幻冬舎

男が長いことつかっていたバスタブの残り湯は、 はたして、 スープか。

で始まる表題作の「4U」(よんゆー)。 タイトルでは(よんゆー)と読ませているが (ふぉーゆー)の意味だ。

よっぽど好きでなくては、 その残り湯をスープか・・などという発想は湧いてこないだろうなと思いながら、 最初の一文が気に入ったので、 けっこう期待しながら収められている9つの短篇を読み始めた。

山田詠美が書く女性の恋に落ちるのに値する(値しない)男を見る目には感心してしまう。 
表現も説得力がある。
たとえば、

・・・たとえば、男の肩越しに、ベッドから床を見下ろす。 すると、そこには、彼の心の乱れそのままのように脱ぎ捨てられた靴がある。 その靴の種類によって快楽の度数は変わるように思うのだ。 それが、餃子のようにギャザーの寄った黒い革靴だった時、はたして、甘美なエクスタシーは訪れるだろうか。  (4Uより)

恋に落ちる時、 英語では、 ケミストリー(化学反応) というそうだ。
この短篇集では、 人間関係におけるケミストリーの例をいくつか描いてみたかった、 
とあとがきにあるように、 ラブストーリーだけの短篇集ではない。

黒人の夫を持つ日本人女性の、 彼の両親の家で彼の兄弟たちと過ごす休暇を描いた 「ファミリー・アフェア」 はまるで翻訳物を読んでいるようだったし、 
20才年上の女性のアパートに通い関係を持つ刑事の話 「紅差し指」 は、とても日本的な色気と恐さがあったし、 全体を通して期待以上に読後感の気持ち良い短篇集でした。
そしてなぜか、 元気が出るの。

ライフ イズ ヴェリイ ショート 

人生(ライフ)に対して、 いかに尻軽でいられるか。 

あとがきにあったこの言葉を読んで、さらに、 よっしゃー! やるかー 
(何を? 何か。 とりあえず気持ちは強化された) という前向きな気持ちになりました。
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2006年06月28日

6月28日物語 : 妻には言えないこと


さわやか〜な後味の20代のお洒落な恋愛小話が10篇詰まった
スローグッドバイ(石田衣良) を紹介した翌日に、 
恋愛して結婚して10年以上経過して、その果ての人生の先がもう見えちゃったような夢も希望もありゃしない疲労感あふれる本、それもルポ。

我ながらポリシーがないというか、統一感のないというか行き当たりばったり手当たり次第な読書の仕方です。

タイトルも恐ろしげな 「妻には、 言えない・・・。」

「・・・。」 という余韻が恐ろしげですね。  

表紙にこんな言葉も出ています。
   なぜ夫たちは、 だまってしまうのか。
   沈黙の裏で、 どんな言葉をのみこんでいるのか。

オンライン書店ビーケーワン:妻には、言えない…。

妻には、言えない…。  吉村 和久著  2002.5  主婦の友社

女性向け月刊誌 『my40’s (マイ・フォーティーズ)』 (今もあるのかどうか知りませんが) に連載した 「家族スケッチ」 を加筆・修正して一冊にまとめたものだそうです。

30代から50代の43人の夫たちの、 妻の前では言えない(言わない)思いや、 
出せない(出さない) 一面がインタビューを通して書かれています。
インタビューといっても、 きちんとアポを取ったものだけではなく、 居酒屋や、 
東京近郊の私鉄駅に降り立つ会社帰りのサラリーマンを捕まえて聞いた話も含まれます。 
そしておもしろい話に発展しそうな物語や意見を持った人にあらためてじっくり話してもらっているのでしょう。

セックスレスの言い分。  経済的な不安。  嫁姑の問題。
健康への不安。  男性の更年期。  親の老いと介護。
老後の生活設計。

まったくもって妻に対して冷めてしまっている男性。
妻を忌み嫌っている男性。
妻にゴミを見るように見られる男性。
妻に振り向いてもらいたい男性。
妻への感謝を気持ちをいまさら気づいたけれどもう手遅れな男性。

小説家がこれを読めば、 たくさんの物語が生まれそう。

しかし、浮気がからんでいない場合でも、 「離婚」 て
男性からはなかなか言い出さないですよね。
たいがい女性側から。

私の周りの離婚経験を持つ友人達もみな女性側から。

ひとりだけ、男性からというのもありました。
他に好きな人が出来たとか、そういった恋愛がからんだ問題ではなく、
「あいつと居ると俺という人間がどんどん醜くなっていく、のが嫌だった」
から 「生きなおしたい」 というのが理由でした。

40代半ば、 子供も3人居て、 奥様にはなんと言って了承してもらったのでしょうか。
とんとんと進んだ話ではないだろうし、 かなりエネルギーも使ったことでしょうが、 彼の決断になんだかある種、 潔さを感じてしまいました。

離婚後一年くらいして彼と飲む機会がありましたが、 お風呂上りみたいな顔つきになってました  (本当に単にお風呂上りだったのかもしれないけれど)。



 
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2006年05月24日

5月23日物語 : 未来への記憶


MOWさんのM's BOOKcaSe の記事を見て読みたくなりました。
気持ち良い本でふわふわしてるばかりではなくて、こうゆうものにも目を向ける気持ちもあるのです。
しかし、いかんせん勉強不足。 ・・・だなあと痛感。

オンライン書店ビーケーワン:未来への記憶

未来への記憶 梁 石日 アートン

今の韓流ブームが起こるずっと前から韓国語や韓国の歴史を勉強をしている友人に質問したり論議したりしながら読み進めていきました。 

梁 石日(ヤン ソギル)さんは在日2世の作家です。
ビートたけし主演の映画 血と骨の原作者と言ったらわかるかたも多いでしょうか。

この本は大きく5つに分けられていて、 1番目の 「生きる」では、梁さんの自伝的なことや自分の作品に触れています。  あちこちに載せたエッセイを集めてあるようで、 重複する話もあります。

2番目の 言葉の世界では、梁さんが読んだ本や観た映画についてのエッセイ。 やはり 在日コリアン周辺の作品が多いですね。 この中では、読んでみたくなった本や観てみたくなった映画がずいぶんありました。 例えば。。。

五木寛之 「人生の目的」
姜尚中 「在日」
金姥老 「われ生きたり」
中村敦夫 「ドブねずみを撃て!」
高村薫 「レディ・ジョーカー」 

3番目の章は 歴史の記憶  韓国・朝鮮・在日

4番目の章は 戦争は最大の犯罪  戦争・テロ・アメリカ・日本

5番目の章は 人生のリズム


7,8年前だったでしょうか、 韓国人の友人から在日コリアンの友人を紹介してほしいと言われて仲介をしようとしましたが、 在日コリアンの方から断わられたことがありました。
韓国人の女性は、 韓国で女医さんをしてた人で、韓国の病院で日本人医師と知り合って結婚し、日本に移り住んだばかりでした。  友人や知人の少ない日本で寂しいので、 在日の人と友達になって色々と教えて欲しいと思ったそうです。
それで私に在日コリアンの人を紹介してほしいと言ってきたのですが、 みんな断わられてしまいました。  「私は(在日コリアン)であって (韓国人)ではないから、話が合わないだろう」 というのが彼女達に共通する理由でした。
その理由にスジが通ってる気がしなくて、とても、なにか、彼女達の中のワダカマリを感じてしまいましたが、それ以上、突っ込めない空気が漂ってました。 

この未来への記憶を読んで、彼女達のコダワリというかワダカマリが少しわかったような気がします。

私のように近代の歴史に疎い人間には大変勉強になりましたし、読んでよかったとは思いますし、多くの人に読んでもらえたらなあと思いましたが、 ひとつもったいないことに、韓国名にルビがなくて読み辛かったです。 
漢字でも日本名なら一度ルビが振ってあればその後ルビなしでも覚えられるのに、 韓国名だと日本人からすれば特殊な読み方をするので、わからないのです。 人名が出てくるたびにひっかかってしまいました。 
黙読でも頭の中ではきちんと音に出して読んでるものなんですね。

未来への記憶 ・・・このタイトル、素晴らしいですね。
posted by tsukikohime at 01:30| Comment(2) | TrackBack(0) | やゆよ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月25日

2月25日物語 : 笑わないってば


人のセックスを笑うな

小説です。

「笑わないってばー、人のセックスなんて」 と突っ込みを入れてしまったタイトルです。
笑うなと言われても当事者間で行われている行為を見る機会はないので笑うも怒るも感心するもなにもありません。

女性は、「これで・・いいのだろうか・・、このやりかたでなにか間違っていないだろうか」 などとは思わないものです。
不安になるとすれば、「このカラダは他の人とは違わないだろうか。 特殊ではなかろうか」 です。
でも初歩の時代だけです。

違うってば! そういう方向じゃなくて、この小説の話に行こう。

 オンライン書店ビーケーワン:人のセックスを笑うな 人のセックスを笑うな 山崎 ナオコーラ著 河出書房新社

これはタイトルでずいぶん気を引いて著者は得したのではなかろうか。 その上、著者の名前が 山崎ナオコーラ 。 小説家らしからぬ名前のような気がしますが、名前のイメージもまた ハウツーものかエッセイか、はたまたなんとかクリニックの医学博士が書いたと勘違いさせやすかったかもしれません。  
図書館ではリクエストがいっぱい来たそうです。

改行が多くて行間もすかすかしていて、30分もあれば読めてしまいます。 立ち読みで完読も可かもしれません。

山崎ナオコーラさん(どうしてナオコーラなんて名前を・・)は女性です。
でも読んでいると、男性が書いたのではという錯覚に陥ります。
オトコってこんなふうに考えているんではなかろうかと想像するようなところが多かったので。
あ、でも19歳の男の人がこうすんなりと39歳の女性を好きになったりするだろうかとも思いましたが。 

  ユリは睫毛のかわいい女だ。 それから目じりのシワもかわいい。
  なにせオレより20歳年上なので、シワなんてものもあったのだ。
  あの笑ったときにできるシワはかわいかったな。
  手を伸ばして触ると、指先に楽しさが移るようだった。

  そのとき彼女は39歳で、まあ、見た目も39歳だった。
  髪は長く真っ黒で、パーマをかけていたけれど、
  ほったらかしのぼさぼさで、化粧も口紅ぐらいしか
  していないようだった。

39歳の人妻を相手に 「恋だとも、 愛だとも、 名前の付かない、 ユリへの愛しさがオレを駆り立てた」 主人公オレは 「セックスが下手、 人づき合いも下手」 と自分のことをそんな風に思っているのだが、

  もし神様がベッドを覗くことがあって、誰かがありきたりな動作で自分たちに
  酔っているのを見たとしても、 きっと真剣にやっていることだろうから、
  笑わないでやって欲しい。

という文章が出てきて、
これは神様に向かって、人間のセックスだけではないあらゆる行為に対して 「笑わないでね」 と言っているのだなと思った。

神様から見れば、人間のやっていることなんてちっぽけなことだろうけれど、
自分なりに一生懸命、悩んだり苦しんだり笑ったり怒ったり泣いたり幸福感を味わったりして人生に取り組んでいるんだ。 笑わないでよ。  神様だけでなく他人様も笑わないでね。
そんなニュアンスからきたタイトルなんだろうなと思いました。


大丈夫。 笑わないよ。 笑えないよ。

                   うちのねこちゃん
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2005年12月19日

12月19日物語 : 撤退


2002年に直木賞を受賞したし、 AMAZON や ビーケーワンとかのレヴューを見ても、 「良かった〜」の声も多いし、 私の感覚がおかしいのか。

でも、 媚びずに言うぞ。 素直に言うぞ。  (ちょっと何かに脅えているわたし)

肩ごしの恋人 唯川恵著 は、おもしろくなかった。

前に読んだのもおもしろくなかったけど、これもなんだかストーリーの流れが似たような感じだった。


「女は綺麗でセックスがよくて一緒にいて楽しいこと以外、何が必要なの?」 と言い切り、 女であることを最大の武器にして世の中を渡って行くるり子。

我を忘れるような状態になりたくなくて恋にのめり込むことを恐れ、 遊びようなセックスしかできない萌。

27歳の微妙な年齢の幼馴染みの二人が、お互いの生き方にいちゃもん付け合いながら繰り広げる恋とセックスと結婚と・・・。

う。 だめだやっぱし。

両極端なタイプの女性を主人公にすることにより、 読者は 私はるり子かしら、萌かしら、 どっちの部分も自分には少しずつあるわ・・・などと読むのでしょうか。

「両極端なタイプ」 のように描かれているけれど、 似たようなもんに思えたんだけど。

で、細かい設定は別として、展開も想像通りで。

設定といえば、 ゲイや、バイの男性が出てきて、 るり子や萌に 「はっ」と自己を見つめ直させてしまうような気の利いたセリフを言わせるのも、愛には少し足りない(だったかな)と同じじゃないかあ。

15歳の男の子とやっちゃって未婚の母として生きていく決意。

それってるり子だと思う? 萌だと思う?

男の子は初めてだったんだし、避妊に気を使ってあげればいいのに、お姉さん。



ねえ、なんかどっか少女漫画かレディスコミックとかそんなイメージするのよ、唯川恵って。 

支持する読者(女性ですよね)もいっぱいいる世界なんだけど・・・。  売れてるんでしょ?
 

なんで、だめなんだろう、私。

年齢かな、やっぱり。  いや、若くてもそういうの読まなかったなあ。

唯川恵のファンの方、ごめんなさいね。

唯川恵大好きレヴューは、 他にいっぱいありますから、そっちを読んで気を取り直してください。

人気ある作家だし、そのうち気に入るのあるかなーなんて何冊か読んでみてもだめだったので、 私は撤退しますね。


つきこさん、 今日は気が小さいぞ〜!!  ははは・・・。

オンライン書店ビーケーワン:肩ごしの恋人肩ごしの恋人 唯川 恵著 マガジンハウス
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2005年11月20日

11月20日物語 : タイトル


表紙もいい。 途中に差し込まれている 原マスミ の挿絵もいい。 南米の風景や人々の生活を写したカラー写真も美しい。

文章もいい。 ストーリーもいい。 南米もいい。

ただ、 タイトルだけが気に掛かる。

不倫と南米


吉本ばなな の 世界の旅シリーズ3だ。

七つの短篇は主人公もそれぞれ違う独立した七つの話だ。 舞台はどれも南米。


不倫 と タイトルにはあるが、 それは、 相手が既婚者で主人公が独身の形だったり、 既婚者同士の形だったり、 夫が不倫していることを知っている妻の話だったり、 過去に不倫経験があった女性だったり、 様々である。

吉本ばなな だから、 淡々とした語り口だし、 ストーリーそのものにも、 不倫ばなしにありがちな修羅場など出てこない。


同じ籍に入っていない男女の恋愛をひとこと 「不倫」 という言葉でくくってしまうのは 吉本ばなならしくないなって思った。

世間で浸透している 「不倫」 という言葉のイメージは あまりいいもんじゃない。


心に静かに届く一文が散りばめられ、  ビデオを巻き戻すように 10行読んでは3行前に戻り、 5行読んでは、 その5行を3回読み直し、 一話読んでは、 もう一度読み返ししてしまいした。

私がいつか言葉にできなかったあの気持ちを、 例えるものがなくてもどかしかった感覚を、 吉本ばなな は、 いとも簡単に表現してくれる。

泣く、 笑う、 怒る、 喜ぶ、 悲しむ・・・ そんなひとことで表わせない感覚を上手に言葉にしてくれる吉本ばなな なのに、 どうして 「不倫」だなんて、 ステレオタイプの言葉をタイトルに使ったのか、 そこのところがピンとこない。


読んでみて、 わたしだったら こんなタイトルつけちゃうかなーなんてあれこれ考えて遊んでみるのもおもしろいかもしれません。


オンライン書店ビーケーワン:不倫と南米不倫と南米 吉本 ばなな〔著〕
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2005年10月11日

10月10日物語 : ばなな

過去問4教科2年分やったらブックオフに連れて行ってと海が言うので、約束をした。

小6の中学受験生が10月の休日に6時間ばかりの勉強時間では少ないほうだろう。

あと3ヶ月しかないのだ。  でも時間ばかりかけても、と私は思う。  要は集中してなくては意味がない。 

過去問はテストなので、時間を計って解く。  その後、自分で採点し、間違ったところを直す。 解けなかったものを理解する。  2年分やって、だいたい6時間。

塾の先生の中には、受験までには志望校受験校全てのものを何度でも何度でも、合わせて100年分くらいやりましょう、などと言う人もいる。  9月から1月の4ヶ月の間にだ。

冗談かと思ったら、 本当にやる子もいるそうだ。  小学校に通う暇なんてあるのだろうか。


「だー!! 疲れたー!!」

「そうでしょう、そうでしょう、 じゃ、お約束通りにブックオフに行こうか?」

「帰りにバーミヤンでピータンも食べる。」

「お母さんも食べたいわ!」

「ボクも食べたいわ〜。」

「あれ? 空、宿題終わったの?」

「終わんねーよ!!」

空はムカムカしている。  また、感想文の宿題が出たそうだ。  可哀想に。


夕方、空は突然、思い出した。

「やっべー、感想文書かなきゃ〜。 明日までだよ。」

「また〜? 好きねえ、空も。」

「俺じゃないって。 現国の教師が、だよ。」

「課題の本は何なの?」

「芥川龍之介の短篇の中からのひとつか、それとも・・・あと、忘れた。」

「授業中、書き留めておかなかったの?」

「現国の教師が担任なの。 で、ホームルームの時とかにいきなり、 『現代作家もいいな。 ○○○の×××の感想文でもいいし、 △△△の×××のでもいいな。』 と つぶやくんだよ。 そんなの忘れちゃうよ。」

「で、思い出せないと。」

「そうそう。」

「書けないじゃない。」

「そうそう。」

「ふーん。  お風呂洗っておいてくれる?」

「おかあさま〜、助けて〜。」

「友人に助けてもらいなさい。」

「誰もが、聞き逃してる。  だから仕方なくみんな芥川龍之介の短篇にするって言ってた。」

「空もそうすれば?」

「芥川は読んだけど、現代作家のが書きたい。」

「で、 誰の何ていう作品だったか思い出せないと。」

「聞けば思い出すんだけどなあ。」

「ふーん。 お風呂、洗っておいて。 お母さんは海と出掛けてくる。」

「おかあさま〜。」

「私がどうしてわかるのよ。 わかるわけないじゃない。」

「だよな・・・。」

「先生、40代前半くらいだっけ?」

「だいたい。」


男性だよね。 
うーん。 
私立男子中学の40代前半の男性教師。  
ふと思いつきで現代作家の名を出す。 
ホームルーム中に、にきび面の中学2年の男子生徒たちを眺めながら ふと思い出した作品。 
深く考えずに、○○でもいいなーと、つぶやく。


村上春樹 の 海辺のカフカ。 違う?」

「それだー!! あともうひとつ!  女だったよ!」

「女流作家・・・。 えーと、吉本ばなな の キッチン。 どう?」

「・・・お母さん、化け物。」

「当たり?」

「うん。 なんでわかったの?」


ヒントが多かったもの。


「両方とも家にあるし、 村上春樹のは一度読んでるでしょ? 吉本ばななのは、読みやすいし短かいからすぐ読めるよ。」

「その、ばななにするかな。」

「お風呂、よろしく〜。」


出た当時、ものすごい反響だった。  しばらく凄かった。  賞としては、泉鏡花文学賞を受賞している。  芥川賞や直木賞の派手さはないにも関わらず、 近頃の芥川賞や直木賞どころではない騒がれ方だったように記憶する。

なのに、読まなかった。 だから読まなかった。  ずーっと後になって読んだ。  
もったいないことしたな。 もっともっと若い頃、10代後半〜20代で読めたら良かったなと思った。


主人公 みかげの ”感情” を表現する文章がすーっと染みてくる絶妙な言葉使い。

情景描写のうまさ。

言葉が、文章が、絵を見るようにすんなり入ってくる。

当時、 「少女まんがのようだ」 と言われたのも納得。  それは悪い意味にも使われたし良い意味にも使われた。

まんがちっくだとしても、それを漫画ではなく文章化できるのだから、その才能は素晴らしい。

テーマは普遍的なもの。  身近な人の死、孤独、喪失感、そして再生へ向かう主人公。

それを、有り得なさそうな話で描く。 なのに無理矢理感がない。

ストーリーを楽しむだけでなく、文章そのものを楽しめるものがやはり私は好きです。

美しい文章が好きです。

どんなに奇抜なストーリーでも、文章が説明的だったり辻褄合わせ感があったりすると、 つまらなくなってくる。


女の子ならともかく、ちょっと晩熟の14歳の男の子である 空に この本、楽しめるかな〜。

とくに 感想文を書くことを目的に読むわけだから、 ストーリーばかり追ってしまって、文章の美味しさまでゆっくり味わえないんじゃないかしら。

あんまり 感想文、書かせないでほしいなあ。


世界25カ国で翻訳されました。 今も表現力はサビていませんが、 私が読んだ吉本ばななの中では、やはりキッチンが一番輝いてると思います。  
1989年に初めて出されたものですが、古さはまったく感じられません。

まだ読んだことのないお若い方は、おじさんおばさんになる前にどうぞ。

オンライン書店ビーケーワン:キッチン















 
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2005年09月08日

9月7日物語 : タクシードライバー

「あ、あれ?」

お財布の中身を確かめた。  そうだ、今日お財布にお金があまり入ってなかったんだ。

「どうしました。」

「あの、 最寄りの駅で止めていただけませんか?」

「お金がないの?」

「少しはありますが、とても目的地までは足りないから。」

それに新宿から家まではいくら疲れているからと言っても、タクシーは贅沢だ。
途中まで同乗していた友人は酔っていたせいか少しも払わずに先ほど降りてしまった。

「いくら、持っているの?」

「5千円と小銭が少々。」   メーターを見る。  

「ここから一番近い中央線の駅までなら、これで間に合うでしょ?」

「5千円ね。 じゃ、5千円ぎりぎりまで走っていい?」

「え?」

運転手の真意が掴めずに 返事に間があくと、

「お財布が寂しくなっちゃうから、4千円にしておこうか。  4千円あたりまでメーターがあがったら、 あとはメーターを倒しちゃうからね。」

私はまだ意味がわからなかった。

「4千円のところで、知らない場所で降ろされても困りますので、どこか中央線の駅にお願いします。」

早くしないと終電にも間に合わなくなってしまう。

「あのね、 メーターを出してると料金がどんどん上がっちゃうでしょ。 私は、お客さんを目的地まで運びますが、4千円いただければいいからね。 でもメーターに記録が残っちゃうと差額を私が自腹で会社に払わなくなっちゃうの、 それは痛いからね。」

やっと運転手の言う意味が理解できた。
意味は理解できたけど、 納得が出来なかった。

「そんなこと だめですよ。 駅で降ろしてくれればまた新しいお客さんを乗せられるじゃないですか。」

「いいの、いいの。  その代わりね、 道がよくわかんないんだ。 お客さん、わかります?」

少し不安がよぎる。

私は窓に顔をつけるようにして 見覚えのある景色を探そうとした。 全くわからない。 

「ここ、どこらへんですか?」

「えーとね、あそこに見えるのが西武線じゃないかな。」

「西に進んでいるのは良いんですが、うちはここより南西方面です。」

「南西ねえ。」

と 話している間にも車はどんどん西に走っていく。

「あ、4000円過ぎちゃった、 メーター倒すね。」

「家は中央線の南側だから、 一旦南に向かうのはどうですか?」

「そうだね。 じゃ、どこか広いところで曲がるか。」

私は、運転手の顔写真と名前が出ているプレートを見た。 個人タクシーではないのよね。 
カーナビもついてないし、道もよくわからないし、メーター倒しちゃうし・・どういうことだろう。 
親切すぎやしないか。

「あ、あったあった。」

運転手は急にブレーキを踏み、大きな音を立てバックした。

20メートルばかりバックすると、まぶしい光が目に飛び込む。 

タクシー会社の営業所のようだ。

「ちょっと待っててね。」

彼は助手席から地図帳を持ち出すと、プレートに書かれてあるこの車の会社とは別の名のタクシー会社のほうに向かって歩いていった。

タクシーを洗っていた人がホースの水を止めて彼と地図帳を覗き込んでいる。

私は、やっと安心した。  

目撃証人を残すようなことするわけないもの・・。  はっ! 私は親切な運転手さんになんてひどい想像を・・。

「お待たせしてすみませんでした〜。」

「いえいえ。」

「けっこう、見当違いな道を走っちゃったみたいだよ〜 でももうわかったから安心安心。 あっはっはー。」

それから、家に着くまで話が盛り上がった。 途中ふたりで缶コーヒーを買って飲んだりしながら。

数ヶ月前に田舎から東京に出てきたことや、 2人の娘と40過ぎて一人身の息子の話や、 孫の話、 自分が結婚した時の話など。

「でね、かーちゃんの実家に挨拶に行って、すごく緊張しちゃってさー。  酒とかツマミとかね出されてね、俺、酒好きだけどあんまり飲み過ぎないように酔っ払わないように、粗相しないようにってずっと緊張してたのにね、最後に失敗しちゃったんだよ。」

「え、どんな失敗だったんですか?」

「ご飯が出てきたんだけどね。 飯と漬物と熱いお茶とね。 かーちゃんの親父さんもお酒好きで盛り上がってたし 『娘をよろしく頼みます。』 なんて言葉も聞けたし、なんだか飯が出てきた途端、ふーっと緊張取れちゃったのかな・・。」

「うんうん、それで?」

「ご飯にお茶かけてさらさらって、食べちゃったんだよ。」

「うん、お酒の後は、美味しそうですね。」

「そしたら、今まで笑顔だった親父さんの顔がひきつってね。」

「はい。」

「『ひとんちに初めて上がって 出された飯に茶をかける奴がいるかー!』 って、すごい剣幕で怒鳴られちまった。」

「あはは、 いまだに忘れられないんですね、その時のこと。」

「いやー、 忘れられないんだなー。 そういうのって。」



「あ、運転手さん、 あそこ、二つ先の信号のところです。」

「はい、わかりました。」

「すみません、 私さっき (お金が足りない!)って 気が動転しちゃったんですけど、家に帰ればあるんですよ。 そのこと気が付かなくてごめんなさい。 ここで待っていてくださいね。」

本当にそんな簡単な解決方法が思いつかなかったのだ。

私が動転してて思いつかなくても運転手が気がついても良さそうではないか。

「いいからいいから。」

「いえ、ありますから。 さっきメーター倒してから4倍の距離は確実に走ってますよ。」

「メーター倒しちゃったからいいんだよ。 道もいっぱい間違えちゃったし。」

「だから、会社じゃなくてご自分用に。」

「楽しかったから いいんだから。」

「だめです。 ご商売なんだから。 絶対待っていてくださいね。」

「はいはい。 わかりました。」

「2分で戻ってきます。」

とりあえずこれを先に、と5千札を渡して急いで家に向かって走ろうとした時、 後ろでギューンと車がUターンする音が聞こえた。 

私はあわててタクシーのほうに走った。

車はスピードこそ速くはなかったが、人間が走って追いつけるわけがない。

他の車が後ろに来ないことを確かめて車道に出るとタクシーの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。

バックミラーで 見てくれただろうか。


ここまですごいのは初めてだが ・・ つまりその後はたとえお金が足りなさそうでもけっして焦らず家に着いてから、「家に取りに行ってきますから。」 と 言うことを覚えたのだが ・・ よく親切な運転手さんに出会う。

行き先がほんの一駅ぶんくらいでも自動販売機の前に止めてジュースを買ってくれたりなどはよくあります。

お釣りを 「サービスね。」 と言って 多めにくれたり。  もちろん、断りますよ。 でも 押し問答の末、 「受け取ってくださいよ、これで今日の成績が伸びそうな気がするんですから。」  とまで言われてしまうと 受け取らざるを得なくなります。

何回もそういうことがあると、 タクシー運転手さんの間では、そういうことをすると成績が伸びるという (ゲン担ぎ) みたいものがあるのかしら と思ってしまいます。


謎を解明しようと思い、タクシー運転手の経験のある小説家の話を読んでみました。  
他にもいるかもしれないですが、 私の知っているのは 梁 石日(ヤン ソギル) だけだったので、 彼の タクシードライバー 一匹狼の歌 と タクシー狂躁曲 の2冊を読みました。   ひとつめはエッセイで、ふたつめは短編形式になっており 1993年に 月はどっちに出ている というタイトルで映画化されてます。

タクシー運転手をしながら タクシー狂躁曲を書き、出版されたあともそれだけでは食べていけず乗務を続けていたそうです。

読んでみて思いましたが、 私が想像してた以上に肉体的にも精神的にも過酷な職業ですね。 労働時間のわりには、きびしい状況です。


今度からタクシーに乗って親切にしていただいた場合は、 あまり固辞せずに 素直に受けようと思いました。
posted by tsukikohime at 00:38| Comment(0) | TrackBack(0) | やゆよ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月22日

8月21日物語 : 可愛げのある感想文


「感想文なんか、きらいだあ〜!」

「読んだの?」

「読んだことは、読んだよ。 でも感想文を書くという前提で読むほどつまらないもんはないよ。」

確かに。

「俺は純粋に、(読み)たいんだ。 感想文は読書を台無しにするよ。」

かわいそうに。

「それに、あの本、難しいよ。」

「え、そんなに難しくないでしょ? ぱらぱらっと見たけど。」

「内容が、じゃないよ。 意図が、だよ。 なんで学校が、感想文の課題にこれを出したか、その意図が不明なの。」

「どういうこと?」

「ちょっと、読んでみてよ、 参っちゃうよ。」

空が 吉野源三郎 の 君たちはどう生きるか を 私に見せる。

「ごめん、パス。 ぱらぱらっと見たけど、やっぱり、パス。 お母さん、他に読みたいものがいっぱいあるの。」

「読んでよー。 俺さ、二通り、感想文書いたんだよ。」

「書いたの? じゃ、いいじゃない、もう。 どうしてふたつも書いたの? けっこう感想文、書くの好きなんじゃない?」

「違うよ!  ひとつは、(学校や先生が書いてもらいたいだろう)感想文で、 もうひとつは、俺の本音の感想文。」

「空の本音の感想文、でいいじゃない。 それが感想文というものでしょ。」 

「ん〜、 あれさあ、まあ中高生向きってことになってるらしいけど、まあ大人が読んでも良いし、読めるもんなら幼稚園生が読んでも良いと思うんだよ。  でも感想を求めるなら小学生がベストかな。」

「ふーん。」


相手が求めている(だろう)答えに合わせる、というのは、中学受験の弊害かしらん。


中学受験塾の国語では、たくさんの物語文や説明文など長文読解の勉強をする。 
だいたいどこの塾でも、6年の夏までには基本的なことは終わり、夏休み頃から志望校別のクラス分けが行われる。  
その志望校によって算・国・理・社、ともに出す問題の傾向というものがあるからだ。 

出題の傾向も違うが、好まれる (受かりやすくする) 答え方の傾向も違う。

「明るく楽天的な考え」の答え方を求めている学校、 
「ませた考え方」を好む学校、 
「大人社会の複雑さを分かった上で子供っぽい顔を作れること」を望む学校。 
などなど。 

凄い子になると、 違うタイプの学校でも受験できるように、ひとつの長文に対してタイプ別の感想文を3種類も4種類も書いてみせる。 

中学受験もテクニックなのだ。 


「空が、読んで本当に感じたことを書けばいいのよ。」

「本当に本当に感じた事はさ、 『感想文の為に読書をさせられるのは、嫌いです。 本を指定されるのも嫌いです。』 だよ。」

「それは、 感想文を書くことについての感想であって、 本の内容についての感想じゃないでしょ。」

「冗談だよ。」 空はにやっと笑って、

「ほら、これが、本音の感想文。」

と見せてくれた。

「んー、なるほど、優等生的な感想文ではないわね・・・、確かに。」

やけに、コペル君とコペル君の父親代わりの叔父に批判的で、攻撃的な文章だ。 

今、14歳の空は、そういうふうに読んだのだ。 
そういう読み方をしたのだ。 
10歳や16歳や18歳の空なら、どう読むのだろう。

「もっと 可愛げのあるふうにも書けるぜ。」

「自分で気持がすっきりするほうを、提出すれば。」

「本音でいくか。」

「お好きに。」


義務教育を受ける過程で、誰しもが通らなくてはならない試練・・・・・『感想文』
この夏もたくさんの子供たちが苦しんでいる事でしょう。 (好きな子も居るのかな?)

「どうして、感想文を書かなくてはいけないの?」
 
と聞かれても、私は、きちんと答えられないのです。
きっと、深〜い意味があるのだと思います。
今度、小学校や中学校の先生に聞いてみよう。 
そんな質問、笑われるかな。
でも、聞いてみよう。

ただ、海と空が通っている(いた)小学校では、感想文の宿題というものはありませんでした。
私が覚えている限りでは。

「小学校で、感想文の宿題、あったかしら?」

「絵を見て、作文を書けというのは、あったけどなー。」

「詩を読んで、絵を描きましょうというのは、あったよ。」

好きだなー、この小学校。 

感想文も書き終わって、昨日から空が読んでいるのは、 奥田英朗 の 邪魔 です。 上巻が終わって下巻に突入。
下巻に入ったら、私が上巻を読もうと思っていたのに、 海に取られてしまいました。

「どう? 上巻を読み終わっての感想は?」

「面白い。」

読むのが楽しみです。

オンライン書店ビーケーワン:君たちはどう生きるか吉野 源三郎著
posted by tsukikohime at 00:10| Comment(4) | TrackBack(0) | やゆよ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月11日

8月10日物語 : いけませんの本

 
 「この本、読むよー」

 「うん、いいよ。」

 茶碗を洗っていたので、振り向かずに答えて、はっとした。 
 もしや。

 「アー! ちょっと待ったー!」

 手を拭きながら、ソファで本を開き始めた空のそばに行く。

 「その本、題名、何?」

 「えーと」

 空がカバーを外す。

 「何て読むんだー。」

 「ヤン・ソギルって読むの。 悪いけど、それ、だめ。」

 どんな本でも制限かけずに読ませてあげたい、とは思う。 
 これは、あなたには早いからとか、 読んでも理解できないんじゃないか、などと決め付けずに、読ませたいと思う。 基本的には。
 
 空が、小学校六年生の時に、村上春樹海辺のカフカが話題になった。
 
 「新聞の書評で見て、その本を読んでみたいから学校の図書室で買ってほしいと生徒からリクエストが出ているんですが、どう思います?」と、空と海の学校の司書の先生に聞かれた。

 「海辺のカフカですか。 楽しく読みました。 けっこう性描写も出てきますよね。 でも私は大丈夫だと思います。」

 「手に取ってみて、読める子もいれば読めない子もいるし、読んでわかる子はわかるし、わからない子はわからないし。本棚に戻す子もいるし、そのまま読み終える子もいるだろうし。 わかるところだけ、わかって、わからないところは読み飛ばしても読む子はいるし、そんな形でも読んだ子には価値がある本だと思います。」

 なんだか、禅問答のような答え方になってしまった。 何とも説明の下手な私。

 でも司書の先生は、

 「そうですよね、私もそう思います。」と言ってくれた。

 「私とあと三人の先生と読んで検討しましたが、すぐに意見が一致したんです。」

 この学校は、図書室に入れる本は全て、数人の先生が読んでから購入を決めるそうだ。 

 「全部ですか。」
 
 休み時間や放課後には、生徒達でごった返しているそう広くはない図書室を改めて見回した。 

 「はい、もちろんです。 全てここに置く本は、必ず数人の先生で読んでから注文するんです。」

 「もう、購入するって、決まったのに、どうして私に聞いたんですか?」

 彼女はいたずらっぽい目で私を見て微笑んだ。

 「何ておっしゃるか、ちょっと興味があって。 でも、私の思った通りでした。」
 
 

 過保護かと思われるかもしれないが、私は自分で読んで、いくらなんでも、これはまずいぞ、という本は隠してしまう。 自分のことを振り返って見ると、どんな本を読もうと誰にも止められなかった。 しかし、子供は親が買って与えたものか、学校の図書館で本を借りるくらいしか方法がなかったのだから、きっと”学校図書推薦”の範囲でしか、読んでなかったのだろう。 高校生位になって自分の小遣いで本を買うようになってからは、”学校図書推薦”以外の本も読んでいただろうが、 もう高校生だ。 誰にも止められない。

 今、年齢的に完全なる大人の私は、読みたい、興味がある、と思ったものは何でも買って読む。 そしてその本はもちろん、しばらくは家にあるのだ。 禁止しても隠してもこっそり読んでしまわれたなら、もうそれは、その子がそういう傾向のものを読みたくて読みたくてたまらない傾向の子か年齢な訳で、そういった場合は、自分で買ってでもこっそり読んでしまうんだろう。

 とりあえず今のところ、空も海も、「これは、読んではいけません。」と言うと、読まない。
 保護者として読ませるわけにはいかない本がこの世にはある、なぜならば・・・と説明したら、わかってくれて、今の時点では律儀に守ってくれている。 
 

 先ほど、空にストップをかけた本は、 梁 石日闇の子供たちという本である。
 
 商品として売買される貧しい東南アジアの子供たちを題材としている。 子供を売ったお金で中古のテレビや冷蔵庫を買う親。 売春で今日の食事を手に入れるストリートチルドレン、誘拐されて売春宿で働かされたり、臓器売買の為に殺される幼児たち。 現実に起きている事なのだ。  そんなことは知らなくても良いなどとは、少しも思わない。  海や空も知るべきだと思う。  題材としては。
 
 しかし、この本は、大人の私が読んでも気分が悪くなってしまうほどの過剰な性描写がそこかしこに出てくる。 死に至ってしまうほどのセックス(大人対幼児なのだから)は、完全なる虐待と殺人であり、グロテスクで残酷である。  まだ、ノーマルな性の世界さえ想像も出来ないような子供たちの目には触れさせるわけにはいかない。

 私もいけない。 次から次へと買ってきてしまって山積みだ。 隠しているようでも厳重ではない。 今度から色別の袋に (読んで良い本)、(いけませんの本)、(未読の為、未決定)と書いて、分けようか・・・。 

 こんなふうに、素直に私を保護者として扱ってもらえるのはあと何年位だろう。


 
posted by tsukikohime at 02:30| Comment(0) | TrackBack(0) | やゆよ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする