2007年11月13日

11月12日物語V : 目が疲れました

昨日 ジョニーデップ主演の 「シークレット・ウィンドウ」
というDVDを観ました。
先日読んだ 「治療島」 と似ていて驚きました。
シークレット・ウインドウの原作はスティーヴン・キングです。

SECRET WINDOW.jpg


APPLE SEED.jpg

映画熱に火がついた息子が 続けて
「アップル・シード」 を借りてきました。
母はアップルパイを焼く合い間にちらちら観ました。
マトリックスみたいだなあと言ったら、
マトリックスがこっちを真似したんだよと息子が
言いました。

ダイハード4.jpg

映画熱に火がついた娘が 続けて
「ダイハード 4」 を借りてきました。
母はそれ、映画館で観たもーんと自慢しながらも、
さいしょだけさいしょだけと言いながらも、
全部観てしまいました。

本も読みました。
一年くらい前に男子にもらった 
「毒蟲 VS 溝鼠」 新堂冬樹著 を読みました。
毒蟲vs溝鼠.jpg

こんな恐ろしい本が無造作に一年間くらい
家の中に放置してあったのかと驚きました。
帯をみれば
「2006年 “有害図書No.1”」と書いてあるではありませんか。
息子や娘が読んでしまったかどうか
怖くて聞けませんでした。

この2日間、宿題や勉強はどうなったの?とも
恐ろしくて聞けませんでした。

最初にDVDを借りてきて
火をつけたのはこの母だったからです。

3本目の映画のときには
アップルパイと紅茶つきです。

いま冬休みとかだっけ? と聞くと
ふたりとも 元気よく 「うん!!」と答えました。
明るくてよいこたちです。
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2007年11月07日

11月7日物語V : 青い猫

新聞の書評を読んでネットで注文、購入。
洋画や洋楽は好きだけれど、
翻訳ものは翻訳者の恣意が
どんなにがんばってもありそうで
敬遠しがちです。
31908910.jpg


“翻訳者の恣意” のことなどすっかり
忘れさせてくれるほどのめり込める確証が
あるならば良いのですが。

で、これは後半3分の1あたりで入り込めました。
精神科医ラーレンツの12歳になる一人娘が
原因不明の病にかかってしまった。
どこのどんな科の医者にみせても、原因がわからない。
原因がわからないから治療方法も見つからない。
それでもあきらめず もうこれで22番目になる
病院に連れて行った先で、娘が行方不明になってしまう。

それが事件の発端で、とおもいきや
事件の発端は娘がもっと幼い頃、
ひょっとしたら、娘が生まれたときから、
いや、娘が生まれる前から、始まっていたのかもしれない。

おもしろくなってきたのは、
この父親、不思議なことに巻き込まれすぎて
頭がおかしくなってはいやしないかい?
というあたりからで。
で、いつからおかしくなってるのかなといえば、
娘が幼い頃、ひょっとしたら娘が生まれたときから
いや娘が生まれる前から?

どんでんどんでんで
いちばん頭がおかしいのは誰だーい、
ということになるのです。

読んでるわたしもおかしくなりかけました。

サイコもののミステリーはおもしろいです。
日本にはサイコもののミステリーが少ないんじゃないか?
と思いましたが、
考えてみれば、そもそもミステリーを
あまり読まないので
現状を知らないのでした。
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2007年04月22日

4月22日物語U : 遺憾ながら美しいわたし


玄関先に七竈(ななかまど)が植えられている家で育った中肉中背で
とても平凡な容姿のわたしは、ある男性を好きになりました。 
でも、彼は結婚したばかりで、臆病なわたしは、告白することも手に入れることもできません。 
彼は、職場の同僚で隣の席に座っています。 朴訥とした教諭です。
彼は職員室である日七竈の話をしてくれました。
「七竈は、とても燃えづらく、七回も竈に入れても、燃え残ることがある。 
しかし、そうやって七日もかけてつくった七竈の炭はたいへん上質なものらしい。」

25歳のわたしは自分を変えたいと思いました。 
変わらなくちゃ。 どうしたら変われるだろう。 
おんなというものは、どうしたら、変わるのかしら?  
こころのかたちを変えるのに必要なのは、男遊びなんじゃないかとわたしは生真面目に考え、
そして、辻斬りのように男遊びをしたいな、とある朝とつぜんに思いました。
旭川という小さな町で、たった一ヶ月ほどのあいだに7人もの男と寝ました。

そして十月十日後、娘を産みました。 美しい一人娘。
名前は、川村七竈(かわむらななかまど)です。
 

17歳になった娘が語ります。
わたし、 川村七竈17歳はたいへん遺憾ながら、美しく生まれてしまった。 
なぜこんなに美しくなってしまったかというと、 それは、母がいんらんだったからです。
七竈の実というのは、種類にもよりますが、かたくて食べると苦いものもあるそうです。 
だから鳥も食べずに残してしまうことがあるそうで、
そうすると冬になって白い雪が降り積もっても赤い実をつけたまま、
赤と白でとても美しいそう。 
そのまま朽ちる運命ですが、とにかくずっと美しいのだそうです。
バスでたまたま会った小学校の時の先生が、 
なんとかわたしの美貌にひるむことなく朴訥とそんな話をしてくれました。

わたしはこの狭い旭川の町でとても生きづらい。
なぜなら、母はいんらんだし、わたしはあまりにも美しいから。

美しいわたしには女ともだちなんてできない。
でもいい。 だってわたしにはたいせつな幼なじみがひとりいるもの。
彼とはいつもいっしょ。
彼の名は、桂雪風。 雪風は、わたしのように美しい。
とても美しい。 そう、わたしと彼の美しさはとてもよく似ている。
まるで血のつながったきょうだいのように。

オンライン書店ビーケーワン:少女七竈と七人の可愛そうな大人

少女七竈と七人の可愛そうな大人  桜庭 一樹著  2006.6  角川書店

          遺憾ながらおもしろかった。
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2006年08月22日

8月22日物語U : 疾走


オンライン書店ビーケーワン:疾走

疾走  重松 清著  2003.8  角川書店

主人公は15歳のシュウジ。
主人公を 「おまえは・・・」と呼びかける語り口に惹きつけられた。

・・・おまえは半信半疑の顔で、 ふるさとを眺める。
・・・だが、おまえは動かない。
・・・おまえのふるさとは、そういう町だったのだ。
・・・おまえは忘れてしまったかもしれない。

単行本で492ページ。 けっこう読み応えのある1冊です。

干拓地。 リゾート開発  4つ上の優秀な兄。 壊れていく兄。 兄が起こす放火事件。 いじめ。 父の失踪。 母のギャンブル。 一家離散。 やくざ。 神父。 聖書。 性的虐待。 殺人。 逃亡。

まだ中学生のシュウジに次々と襲い掛かる過酷な試練。
立ち向かっても立ち向かっても振り払うことが出来ず、 やさしい少年、 走ることが大好きだったシュウジは、 兄だけを溺愛し自分を捨てた母を慕い、そして重松清にしてはめずらしくあんまりな結末。 
最後のページ492にたどり着くと現れる12行の中に少し光が見えて・・・、 そんなことでシュウジは救われたというのか。 ついにここで私は泣く羽目に。
「どうして・・?」 と読後しばらく動けなくなってしまいます。

シュウジをずっと「おまえ」と呼びかけてこの物語を語っていた「わたし」が誰だかわかるのは、ページ490。

映画化もされています。  豊川悦司が神父役です。
豊川悦司ですからね。 これがまた壮絶な過去を持つ神父さんなわけです。 
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2006年08月10日

8月9日物語U : 団塊さんの蕎麦打ち


「2007年問題」
それはなにが問題なのでしょうか。

2007年〜2010年ぐらいまでの間に、総勢一千万人程の団塊の世代の人々のうちサラリーマンで定年を迎える人がざっと300万人はいるからだそうです。
大量定年退職に伴って長年企業内で培われてきた技術やノウハウが継承されず、 大型コンピュータなどの基幹系システムの維持が困難になることが懸念されるようになった。
でも、技術継承などの問題は定年延長で何とか乗り切ることができる見通しで、 それよりも問題はむしろお金も暇もある(と著者は言っている)彼ら団塊世代の今後の動向次第で日本国の将来像が変わるであろうことなのだそうだ。

単に人数が多いということだけでなく、 その特徴的な言動で、 上下幅広い世代に多大なる影響を与えてきた団塊の世代の人々よ、 このまま静かに朽ちていくだけでよいのか! かつての熱さはどこにいったのか。 自分を変え、世の中を変えたいと思ったあの創造的な気概はどこに吸収されてしまったのか。

団塊男たちよ、 今もなお創造の世界と繋がっている証しであるかのように、
(陶芸教室)に通ったり、 (蕎麦打ち教室)に行ったり、 習い事をしているだけでいいのか。 
 
団塊男たちよ、 今なお現役の社会人だと言いたいがために、 “好い人” の象徴のような(NPO)の名を名刺に刷るだけでいいのか。

団塊女たちよ、 夫は死なないまでも関心の外、 子どもは期待通りには育たずパラサイトかフリーター、 萎える気持ちは解るが、 ここで(ヨンさま)に走って何が解決できるのか。 
ヨンさまで新しい未来が描けるのか。 
早くも孫に関心の矛先を向け(孫転がし)をしている場合ではない!

・・・・・と同世代の著者、 残間里江子氏が(同胞)を叱咤激励している本であります。


オンライン書店ビーケーワン:それでいいのか蕎麦打ち男

それでいいのか蕎麦打ち男  残間 里江子著  2005.9  新潮社


んん、出ましたね(同胞) という言葉。  (同胞)とか(同志) という言い方、よくしますよね、 団塊の世代の方々って。

この本を読んでわかったこと。
団塊の世代の人たちは単に人口が多いという要素を考慮しても、 他の世代に比して自殺者、 失踪者、 殺人者が多いのだそうだ。
そして現在85万人にものぼるといわれるニートの多くが団塊ジュニアだという指摘もあるそうで。

ん〜、 ツケがこっちに回ってきているような気がします。 
やっぱり蕎麦を打っている場合ではないのかもしれません。

それにしても、 団塊の世代の方々は、 (団塊の世代) とひとくくりに呼ばれることは好きなのでしょうか、 嫌なのでしょうか。 
わりと嬉しそうに 「団塊なんですよー」 と言う人が多いような気がするのですが。
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2006年04月29日

4月28日物語 : 仮面うつ病って?


作家さんもするのよね、 志茂田景樹さんて。 品川プリンスホテルで見かけたことがありますが、きれいな女性2人連れて、そしてあのファッションでした。 足が長かった。 超短パンにタイツはいた足が。

オンライン書店ビーケーワン:心療内科  
心療内科  志茂田 景樹  Kiba Book

志茂田さんの外見のイメージとは別物の小説です。  ちょっと奇抜といえば奇抜かなあ、 特に性的シーンが。
でもきっとそんなふうになるだろうなとラストが予測できてしまい、 裏切って欲しかったけれど。

思春期、 青年期を仮面うつ病と闘った著者が新境地を開いて世に問うわが国初の本格心療小説!

と 扉に書いてありますが、 はて、そうなのだろうか、 それなのにどうしてラストが予測できたのだろうか、 心療内科の医者が患者と関わっていくうちに、 みずから、 こころの迷路に入りこんでいくというのは、 ありきたりのような気もするが。  
ストーリーではなく、 患者の病名と症状が一致するよう「本格的」にきちんと調べてあるということなのかな?

心療内科や精神科の先生って、 患者の話を真剣に聞いているうちに恋愛関係に陥ってしまう場合があるとはよく聞く話ですが、 ここに登場する八木橋先生(♂)は、 女性患者とすぐお付き合いしちゃうんですよ。 それも同時に数人と。  これって特権? 職権乱用?
それに待合室に特殊な鏡を置いて、患者にばれないようにこっそり診療室側から患者たちの様子を見てるなんて、ずるいというかいやらしいというか。

それぞれの患者たちも恋愛関係に陥ったり、 ある殺人事件を担当する刑事も、 その事件の犯人である中学生も患者で来てたり、 ひとつのクリニックにぎゅうっと人間関係縮小版が詰まってます。

八木橋先生は患者たちの話を毎日聞かされたり、 女性患者と倒錯の世界に入り込んだりしているうちに、 自分の正常じゃない部分に気付かされて、 そのうちに何が正常で、 どこまでが正常で、 どちらが正常なのか、 その境界線があやふやになり、 最後は自分も同業の医者のところに診てもらいにいくのだ。

なんか私、 この本がつまらなかったように書いてますね。  ううん、 わりとおもしろかったです。  あ、この症状、ちょっと私に似てる。 でもここまでひどくはないわよね、 あーよかった、 なんて思いながら。

ところで、志茂田さんがかかったという「仮面うつ病」 ってどんなのでしょう?
 
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2006年03月26日

3月26日物語 : ホラーじゃないほうの

佐藤浩市主演のホラー映画 「感染」 の原作本と勘違いして息子が借りてきた 仙川環 の 
感染
結局、 空くんも海ちゃんも私も読んでしまいました。

オンライン書店ビーケーワン:感染  感染  仙川 環著
 
医学部出身で医療問題を中心に活躍しているジャーナリストの仙川環さんは、 この「感染」で、 第1回小学館文庫小説賞で大賞を満票で受賞し、 2002年に作家デビューしました。
タイトルからもわかるように医療の現場を題材に書いたものです。


ウィルス研究員の葉月は、 アメリカで臓器移植を手掛けていたこともある高名な外科医・仲沢啓介から感染症に関する最新の知識を学びたいと請われる。
臓器移植後の患者は免疫抑制剤を服用するから、 さまざまな感染症の危険にさらされるのだ。 
週に一度ほど勉強をしにきていた仲沢だが、 ある晩酔って強引に葉月を抱いた。 それから一ヵ月後、妻と幼い子供がいるはずの彼から 「妻とは離婚したから」と求婚される。

事件は前妻の電話から始まる。 5歳の息子が行方不明になった。 息子の父親である仲沢に連絡がつかないから葉月に来てほしいと言う。
翌日、 幼子は焼死体で発見されるのだが、 夫の行方もわからない。
 
前妻の子が難病でかつて臓器移植を受けていたことも知らされていなかった葉月は、同時期に移植を受けていた他の幼児も最近火事で焼死していたことを知り、この事件に疑念を抱く。
夫が関わっているのではないか。 しかし渡米して臓器移植をさせた自分の息子に手を掛けるはずが無いではないか。 

子供の臓器移植が認められない日本の医療の現状、 闇の臓器売買、 そして魔の技術と呼ばれる異種移植 (動物の臓器を人間に移植する) の問題などがからんだサスペンスものです。  ホラーではありません。

医療ジャーナリストでもある作者には得意とするところでしょう、 展開も早く(ちょっと早すぎかな)、 一気に読ませてくれましたが、 主人公葉月の悲しみに対するフォローが物足りなかった。  葉月さん、女として可哀想。  あまりにも早くに立ち直ってしまったのは、 字数制限があった賞の応募作品だったせいでしょうか。 

医療ものは好きです。 医療ジャーナリストの仕事の傍ら、今後も医療ものの作品を書いてほしいです。 お待ちしております。 
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2006年03月22日

3月21日物語 : ぷにゅぷにゅ


ハモニカ横丁という、吉祥寺にまだビルがひとつも建っていない昔からあるバラック小屋の集まりみたいな横丁があるのですが、そこのお魚屋さんで買いました。
なんだと思いますか?


DVC00098.JPG



朱川湊人都市伝説セピアを読み終わったあとに、奥田英朗マドンナ重松清送り火を同時に読み進めていたらどれが誰の書いたものだかわからなくなってきました。

この3冊、どこか雰囲気が似ていたんですよ。 

だってね、 重松清が幽霊や亡霊や超常現象みたいなもの書くとは思ってなかったんです。
これで浅田次郎も読んでいたら完璧に混乱状態に陥りますね。

「家族」 を書かせたらぴかいちの重松清 と言われてますがそれにホラーが加わったのはこの本が始めての試みだそうです。

オンライン書店ビーケーワン:送り火  送り火  重松 清著  文芸春秋

架空の私鉄沿線 「富士見線」沿線に住む市井の人々の身に起こる独立した9つの物語です。
全作がホラーではありませんでしたし、 ホラーといってもそんなにホラーホラーはしていませんでした。 ホラーホラーって言い方、変ね。 強調してみたんだけど。
重松清の話って、テーマや舞台が似ていて、いつか読んだような気が毎度してしまうのですが、 そのイメージを壊そうとして少しホラーっぽくしてみたのでしょうか?  おかげで他の作家と似てしまったようにも思うのですが。  

でもね、ちゃんと泣かせていただきました。
今回はひっかからないぞと思うのですが、 やっぱり重松清の書く「家族」の話は、いつか読んだような気がしていても、ぐっと胸に迫るものがあるんですよ。
うまいんですね、つまり。


先日書いた移動図書館の来る日で、息子の空 (重たいから持たせるために誘った) といっしょに33冊借りてきて、帰って広げてもうあれもこれも読みたくて気が急いてしまいました。  いっぺんに多量に本がやってきた日はつい並行読書をしてしまいます。
試験休みで家に居る空は一日で単行本を4冊、 春休みの海は2冊読み終えて、 あれもこれもおもしろい、 早く読んでみてよお母さん、 とせっつかれて、 まあうらやましいやら憎たらしいやら、 お母さんはご飯も作らなくてはならないし、 洗濯も掃除も買い物もあるのよ。
今日の夕食の一品はこれよ! と先ほどのものを見せて少し驚かせてやりました。

なになにこれなに? と指でぷにゅぷにゅ突ついてました。

生姜を2,3片入れて醤油と砂糖と酒で甘辛く煮て、七味をちょっと振りかけて食べました。 

一年のうちこの時期3週間くらいしか出回らない、蛸の卵です。
あの丸い中から一匹の蛸がずるりと出てくるのではなく、なかに百匹ぶんくらい入ってます。 こんなにたくさんの蛸を食べちゃうなんてちょっと罪悪感ですが、それを言ったら、タラコも筋子も数の子も食べられなくなってしまいます。
蛸さん、おいしかったよ、ありがとう。
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2006年01月09日

1月9日物語 : 酸欠


年が明けて1月も1週間以上過ぎているのに、ついタイトルに12月○日物語と書いてしまう。 
後から気付いてあわてて書き直す。

思考能力の低下かなあ。

平地でもこんなふうにボケたことしてしまう私はちょっとでも酸素が薄いところに行ったら右も左も上も下もわからなくなってしまうだろうな。


山登りにはちっとも興味が湧かない。  酸素が薄くなるほど高いところなんて絶対行きたくない。

運動らしい運動もまったくしないし、自転車漕ぐのも面倒な私は、何のために苦労して山登りなんてするのかちっともわからない。

平服で行ける高尾山くらいなら、まあいいかな。  そのくらいなら 「気持ちいい」かも。


だから「山岳もの」の本には少しも興味が湧かなかった。

読んだって私にはどうせおもしろさがわからないだろうなあ。


それなのに、読んでしまった。

他の方の書評を読んで、ちょっと読んでみたくなった。

図書館にリクエストして受け取って、表紙を見て、 「あー」と思う。

小さめの活字がびっしりつまっていて厚みもまあまああって 「うー」と思う。

登場人物の一覧を見てカタカナ名ばかりぞろぞろ並んでいて 「げー」と思う。


それなのに・・・
読み出したら止まらず徹夜で読んでしまった。

空へ ジョン・クラカワー著

副題に エヴェレストの悲劇はなぜ起きたか

1996年5月、エヴェレストで死者12人を出す遭難事故が起きた。

今から10年前のことで、遭難死した中には日本人も居たため記憶に残っている人も多いと思う。

当時女性としては最高齢(47歳)のエヴェレスト登頂者である日本人、難波康子さんを含む12人の死者を出した遭難事故を、 同じ隊に記者として登頂し生還した著者によって書かれた本である。

脳が麻痺してしまうような酸素不足で著者だって生きて帰れるかどうかわからない極限の状態にいて、 どこまで真実に忠実に書いてあるかわかりゃしないと言われたりもしたようだが、自分の記憶とメモや録音、そして生き残った人々に辛抱強くインタビューを重ね、記憶を確かめあった上で執筆した。

読んでいて、人が死ぬ。 血栓静脈炎を起こす。 大きな氷の塊が落ちてきて頭に当たって死ぬ。  肋骨が折れても登る。  高所性脳浮腫で倒れる。  凍りついた死体をまたいで登る。  高所性肺水腫で倒れる。  10年以上前の死体をまたいで登る。 滑落して死ぬ。

寒さと疲労と酸素不足で動けず、助けるにも助けられず見捨てられるように死んでいく人。


亡くなった方々の写真が掲載されているもんだから、 まだ元気で会話したり動いたりしているところを読んでいても、 つい何度も写真を確かめてしまい、「あーこの人が死んじゃうのね」 なんて思って居たたまれなくなってしまう。

ノンフィクションの死の描写は怖い。

怖い怖い本でした。


オンライン書店ビーケーワン:空へ空へ ジョン・クラカワー著 / 海津 正彦訳 文芸春秋 2000.12
 
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2006年01月05日

1月5日物語 : 明けました

明けましておめでとうございます。

昨年は7月にブログを始め、 たくさんの方々とブログ上で接することができて幸せな年でした。

コメントで交流できることも、 他の方のブログを訪れ読む楽しさも、 しばらく会っていなくてもつきこに会っている気がすると言ってくれる友人も、 あの本を読んでみたくなって読んだよと報告してくれる友人、 わたしもブログを始めたくなったと言っていた友人(ぜひぜひ始めましょう!)。

指折り嬉しさを数えてみると指が足りなくなってしまいました。   ありがとうございます。

年末もきちんと締めくくらず年始のご挨拶も遅れてしまいましたが、今年もどうぞ気が向いた時に遊びにいらしてくださいね。



年末年始、エントリーできなかったのは、例年のごとくクレタ島に向かうエーゲ海の海上で初日の出を迎えていたためでした。

地中海北東部で受ける太陽の光も神々しく、 クルーザーに揺られながら日本人乗船客のためにコックが用意してくれたブイヤベースのお雑煮をいただくのもまた乙なもんで。

おもちにムール貝やアサリの貝殻のかけらが刺さっていたり、三つ葉の代わりにオリーブの葉が浮いていたりもご愛嬌。

おせち料理にいたっては、 黒豆の代わりにオリーブの実が甘く煮てあったり、 キャビアが数の子の形に整えられて出てきたり、 栗をフォアグラで煮ましたなんていう動物性栗きんとんなどという妙なものまでありまして・・

・・・・・なんて正月からほらを吹いてはいけませんやね。

いけませんやね・・・なんて言い方をなぜしてしまったか。

あー、あれだ。 正月から脳みそを鍛えてしまいました。  鍛えたつもりが落語の語り口調が頭に残っただけだった。。。


小6の海は中学受験目前。

クリスマスも大晦日も元旦も当たり前に塾でした。

受験生にはクリスマスや大晦日や元旦などというイベントはあってはいけないということにどうもなっているらしいのですが、私は反抗します。


31日・・・年越しそばはお蕎麦屋さんに食べに行き、帰りにブックオフで遊びました。

おせちも出来る限り手作りし(御煮しめと伊達巻と黒豆と田作りを製作しあとは買った)、除夜の鐘を聞きながら初詣に出掛けおみくじも引きました。

元旦・・・お雑煮を食べおせちも食べお年玉をあげ、お弁当を作ると海を車に乗せ塾へと送っていきました。


塾の前でいってらしゃ〜いと手を振り私は 「はあ〜〜!」と深々とため息を付きしばらく路上で放心したあと吉祥寺のブックオフに寄りました。

大晦日も元旦も営業しているのね。  すごいです。

大晦日も元旦もブックオフに行ってしまったのね。  

吉祥寺のブックオフの今年一番めのお客さんになってしまいました。

店員さんがうさぎやひつじやくまのカブリモノをしていましたがあれはいったいなんだったのだろう。 吉祥寺のブックオフには吉祥寺のブックオフの事情というものがあるのでしょう。


本棚の整理をしていたうさぎやひつじやくまが一斉に振り向いて 「おめでとうございまーす!」 と言ってくれて、 とても照れてしまいましたが、 これが今年一年の私と本との関わりかたを暗示しているかのようにも思えました (どんなんだろう、わくわく!)。


相変わらず、核心になかなか到達しないブログです。


31日もしこたま本を買ったのに1日もしこたま購入してしまい、吉祥寺でどこか元旦から開いている落ち着いてお茶を飲める店はないかと探すと、あったあった、こりゃあ幸先が良い、私が密かに「深海の海草カフェ」と呼んでいるお気に入りのカフェが開いていた。


ここでも今年一番めのお客さんになってしまいましたが店員さんがカブリモノはしていなかったので、落ち着いて本を読めました。

清水義範 の 単位物語


日ごろほんの少しだけ気になって、でも突っ込んで考えることのなかった単位

そうだったのかメートル法とは昭和34年1月1日に施行されたのか。

肉を買いにおつかいに行く時は、いつも小間切れ50匁(め)だった。 
50匁は187.5グラムだそうだ。
肉の小間切れは50匁買うのが世間的な相場というものであったそうだ。
当時の平均的家族人数は、5,6人がざらで、10人なんてのも少しも珍しくなく、
その10人分の夜のおかずの肉が50匁。  

・・ひとり19グラムもないじゃない。

なんて現代の日本人一人当たりの肉の消費量の増えたこと。


単位の知識を織り交ぜた短編小説が13篇。

* 小間切れ五十匁 ・・・メートル法と尺貫法を題材にした小説。 ほのぼのとしたお話で身近なメートル法についてだからわかりやすかった。

* マイナス二七三度の恋 ・・・温度を表わす単位、摂氏・華氏を題材にした小説。 摂氏と華氏の関係がわかったような気がする。 話は浪人生の恋にからめている。

* 耐え難い圧力 ・・・大気圧を題材にした小説。
 なぜ人間は10トンの気圧を受けているのになんとも感じないのかということと、見えない仕事の圧力を受けているサラリーマンの話がからんだ小説。

* エネルギー下さい ・・・ エネルギー、エネルギーというがそもそもエネルギーとは何かということと、運動会の徒競走が苦手な女の子の話。

* 円は異なもの ・・・色々な国のお金の単位と、43歳独身の女性が海外旅行先でのチップの額に頭を悩ます話。

* 遥か彼方に ・・・メートル法、ヤード・ポンド法、マイル、フィートなどと、遠距離恋愛の行く末に悩むOLの物語。

* 数えられますか ・・・日本ってものによって数え方がちがうんだよね。 演芸は一席、 斧は一挺(いっちょう)、 はがきは一葉、 タンスは一棹(ひとさお)、 ウサギは一羽 なんてことを長屋の大家と八五郎に語らせる落語調の話。

他に

* 放射能がいっぱい

* ほんの小手調べ

* ワン・リトル・インディアン

* 何を基準に

* ビリッとくる

* 1の惑星


と、短編が続きます。  実はだんだん解説が面倒になってきてしまいました。 
興味が湧いたかた、賢くなってみたいかた、読んでみてください。


よくまあこんな小難しい話を調べて考えてまとめておまけに小説に織り交ぜて書いたもんだと感心してしまう。

清水義範のお勉強エッセイやお勉強物語は、 読んでいる時は、ほーなるほど!と 少し賢くなった気がするのだけれど、 結局、清水義範の頭の良さと知識の豊富さに感心しただけで、 本当のところ、わたしの実にはなっていないようです。

脳みそを酷使したわりには、頭に残ったのは、7つめの落語調の文体だけというお粗末なオチでした。


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2005年11月20日

11月18日物語 : 冬眠したい


寒くなると 「冬眠」する奇病を持つ女性が出てくる。

いいな、その病気・・・と思ってしまった。

現実にそんなことになったら困るけど。


小説の中で創り出された架空の病気ではない。

”Seasonarl Affective Disorder”  略称 SAD


日本語に訳せば 「季節性感情障害」 で、 一般的には 「季節性鬱病」 と呼ばれているそうだ。
 
ある特定の季節になると鬱症状が出てしまう病気で、 この本に出てくる 耀子という女性は かなり重度の SADである。  鬱が高じて、 心だけでなく体そのものが、 最低限の機能だけ残してすべて閉じてしまう。

天気図の北の地方に雪のマークが現れる頃から、 桜前線が描かれる頃までの間、 一日に22時間くらい眠ってしまう。


重松清 の 四十回のまばたき という小説です。

重松清 です。  だから、 そんな風変わりな病気が メインのテーマではなく、 ”家族” が、 テーマです。

重松清 といったら 「やはり」 ”家族” ってことになってしまう。

だからって、 また ”家族” かー ってことにはならないです。

だって、 家族の数だけ、 家族の物語はあるのですものね。


耀子は僕の妻の妹で、 春から夏までを故郷で一人暮らしをして、 秋と冬を 新婚間もない僕と妻の家で半冬眠状態で過ごす。

ある日、 妻の玲子が交通事故で死んでしまう。  妻には恋人がいたことを、 死ぬ直前までホテルに居たことを、 葬儀のあとで知ってしまう僕。

やりきれない思いを抱えた僕は、 「誰とでも寝てしまう」 という妻の妹と一晩だけ過ごしてしまう。

秋になると、 当然のように ”冬眠” にやってきた 耀子。  しかも耀子は 誰の子かもわからい子供を妊娠していた。


重松清 が、 29歳の時に書いた小説です。

「んー」 ってうなっちゃいます。

重松清 の作品て、いつだって 40歳過ぎの人が書いたように思えるので。


誰もが持っているだろう 心の ”穴ぼこ”

あなたの ”穴ぼこ” は どのくらいの大きさですか?

そして どのくらいの深さですか?


・・そんなふうに読みながら、

この本のテーマではないのだけれど、 ”冬眠” できる耀子が羨ましいな、なんて思ってしまいました。

オンライン書店ビーケーワン:四十回のまばたき四十回のまばたき 重松 清〔著〕
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2005年11月15日

11月15日物語 : 映像と小説のあいだ


企業でコンピュータープログラマーとして多忙な日々を送っていた賢司は仕事をする理由や意味がわからなくなり退職を決める。

そんな時、高校時代の友人に会う。

友人はデザイナーになる為の専門学校に通い、 仲間3人で自分たちのインディーズ・ブランドを立ちあげようとしているところだった。

最初はそんな彼らをばかにしていた賢司だったが・・・


「つきこ、 その本あまりつきこのタイプじゃなかったんでしょ?」

「どうして?」

「あらすじを淡々と言う時って、 そうだから。」

「そうだったかしら。」

「で、 賢司 って人も加わって夢に突き進むの?」

「挫折するのよ。」

「賢司 は、 どうなるの。」

「また同じようなコンピューター関連の仕事に戻るの。」

「仲間3人は?」

「デザイン関係でまた夢をつかもうとするのよ。」

「振り出しじゃない。」


だから、 そうゆう話。 
 

こんなんでいいのかな。  これが本当に自分のやりたいことなのかな。

”若い” 時は、 自分のカラダの大きさが掴めずに 色々悩んで探してさまようのよね。

それを繰り返して いい年の大人になった私は、もう自分の身の丈がわかってきました (だいたい)。


「どうしてこの本を買ったの?」

「題名買いよ。 ロックンロールミシン (鈴木清剛 スズキセイゴウ) ってタイトルを見て、 ロックミュージックに関係あるのかと勘違いしてしまったの。」


この本を単行本で読んで、 映画になる! 映画にしたい! と思ったのが、 行定勲 (ユキサダイサオ) です。

世界の中心で愛をさけぶ の監督です。  他に GO の監督でもあり、 岩井俊二監督の Love Letter では助監督をしました。

わたしの好きなタイプのお話ではありませんでしたが、 

この文庫のうしろに 行定勲 が 寄せた 「映像と小説のあいだ」 という文がありまして、 わたしが気に掛かっていた ”原作と映画の関係” についての監督の考えを知ることができたので、 まあ買ってみて良かったかな。


要約すると、

  原作の小説には、 映画にするには 題材やテーマはいいのだけれど、 当然映画的な空気が足りない。
  だからそこを批判して変えていく。

  脚本を起こす作業からして原作を批判するところから始まる。

  出来上がった脚本を、 今度は監督の立場から批判して変え、 補う。

  撮りあがり、 今度はフィルムをカットしたり、 入れ替えて編集。

  何段階かの批判作業の結果、 映画が出来上がる。

                     (下線は管理者が引いたのよ。) 


そして 「この作品に作家がどんな思いを託し、 何を描こうとしたのか − そこをはずしてしまったら、 原作物をやる意味はない。」 と語っております。 


原作と異なる映画で一番有名なのは、 キューブリックの シャイニング だそうだ。 

映画は興行的にも大成功を収めたが、 そこには原作が追求したテーマなど跡形もなくなっていて、 原作である小説を書いた スティーヴン・キング は 激怒したんだって。


ロックンロールミシンの原作者、 鈴木清剛 は、 試写会後、 行定監督 に こう伝えたんだそうです。

「これほど原作に忠実に作ってもらえるとは思いませんでした。」


夢を抱きもがき、何かを作り出すことの苦しさがわかり始めている、 そんな若い人たちに見て(読んで) もらいたいそうです。


わたしは対象では、 なかったのね。  読んでいる途中で気がついたけれど、 つい最後まで読んじゃうのよね・・・。

オンライン書店ビーケーワン:ロックンロールミシン
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2005年10月06日

10月6日物語 : 光、射せ


鈴木光司 の 光射す海 を、読み始める。  7ページ程読む。 

あれ?  表紙を見る。  鈴木光司よね?

もう5ページ読む。

あれ?  表紙を見る。  鈴木光司よね?

耐えてもう5ページ読む。

あれ?  リングらせんを書いた人よね?

閉じたくなったけどもう20ページ読む。

あれ?  日本ファンタジーノベル大賞優秀賞の 楽園 で、私を感動させてくれた 鈴木光司よね・・・?

放り投げだしたくなったけどあと20ページ読む。

お得意の 遺伝子 の話が出てくる。

鈴木光司だわ。

ほんの少し期待を持って読む。  

我慢して読む。

頑張って読む。

苦しいけど読む。

意地になって読む。

早くラストに近づけと願って読む。

情けないけど読む。

がまんくらべみたいになって読む。

なんに対しての意地なんだかもうわからないけど読む。

結末。

ちから 抜ける。


本を閉じテーブルの上に置く。


お米を研ぐ。  鍋に水を入れて5cmほどに切った昆布を6片入れる。  洗濯物を取り込む。
洗濯物を畳む。  それぞれの引き出しに畳んだ衣類をしまう。  アイロン台を出す。  コンセントを差込み、アイロンをかける。

冷蔵庫を開ける。  大根を取り出す。  まな板の上で千六本に切る。 

トントントントントントントン・・・。  勢いで大根丸ごと一本分、切ってしまった。
 
鍋を火にかける。
冷蔵庫を開ける。  しいたけと長ネギと鶏肉を出す。

チャイムが鳴る。  クリーニングが届く。  ポストの郵便物を取り出す。  鍋の火を沸騰直前で消す。  昆布を取り出す。  

電話が鳴る。  どこかの家庭教師センターの大学生のアルバイトの声。   

「うちは、学習塾を経営しているんですよ。」 と言って切る。

郵便物をペーパーナイフで開ける。

電話が鳴る。  どこかの化粧品会社からのモニターになりませんかの声。

「うちは、化粧品会社を経営しているんですよ。」 と言って切る。

テーブルの上にあるさっきの本に目が行く。

脱力感・・・。

手に取って、ブックオフ行きのダンボール箱にストンと落とす。

脱力している場合じゃない。  仕方ない、 光は射すときもあれば射さないときもある。

エプロンのひもをきゅっと締めなおす。


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2005年09月21日

9月20日物語 : お勉強エッセイ

雨が降った。

蛙男 を 読んだ。

ある朝目覚めたら蛙になっていた。  ・・・わけではない。

徐々に蛙になっていくのだ。  他の人には見えない。  自分だけが蛙の手足を確認するのだ。

自分には蛙の手足に見えてもどうも他人からはちゃんと人間の手足に見えているようだ。

では、精神がおかしくなってしまったのか・・・。  

プールですいすいと泳ぐ、ということにおさえきれない魅力を感じて、ある日スイミングクラブに入会する。 そこで初めて会った女性から 「泳ぎ、じょうずですね。」 と 声をかけられる・・。


清水義範 の 小説は あまり読んだことがなかった。
小説も こんなに読ませる人だったんだ、とあらためてその多才ぶりに驚きます。

西原理恵子 の イラスト付きの おもしろくても理科 どうころんでも社会科 はじめてわかる国語 いやでも楽しめる算数 の エッセイで 過去にとても楽しんだのですが (いや、嘘。 算数のは、 本文よりも 西原さんのマンガにばかり気をとられていました。 西原さんは九九もできないそうで、このエッセイに怒りまくりながらのマンガを描いてます。)、 お勉強エッセイは笑えます。  笑って読み終わる頃には少しだけ賢くなっているかもしれません。 私が好きなのは 日本語必笑講座 です。 電車の中で読まないほうが良いですよ。

ちなみに 清水さんは 国語の教員になりたくて 愛知教育大学を出て教員免許を取った方ですが、 なぜか教員にならず 作家を目指して上京し、 はじめ タレントのゴーストライターをしてたそうです。   

教員にならずに作家になって下さって良かったです。

           オンライン書店ビーケーワン:蛙男
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2005年08月26日

8月25日物語 : ∞ ∞ ∞ ∞

風はまだほとんど吹いていないが、雨は強弱つけて降っている。  台風が近づいている。

こんな日にわざわざ出掛ける人は少ないので、 わざわざ出掛けた。

こんな日にわざわざ用もないのに車を走らせる人も少ないので、 わざわざ車で出掛ける。

すぐ近くの 吉祥寺まで 車で行く。

強弱強弱。 ワイパーのスピードを始終変える。

弱 強 弱 強 弱 弱 強 弱 強

台風の雨には、リズムがない。 不規則で情緒不安定だ。

うっかりバーゲンの時期に車で行ったりすると、 吉祥寺内を駐車場を求めてぐるぐる回らなくてはならなくなる。  吉祥寺は 車で行くべきところではないです。

今日は、すんなり停められた。


ダイヤ街のドトールに入って、コーヒーを飲む。
吉祥寺には、ドトールが何軒あるのだろう。 私が知っている限りでは、3軒。
スタバも 知っている限りでは、3軒。

ぼーっと、コーヒーを飲む。
ぼーっとしたまま宙を見ていたら、 向かい側に座って手元の書類を一生懸命見ていた若い男性が顔をあげた。 ちょうど 私の見ていた宙のあたりに彼の目の位置がはまってしまった。

私は、ぼーっとしたまんま、しばらく視線を動かすことも放棄。
数秒して、男性はまた手元の書類に目を落とす。 

ぼーっ

男性がまた顔をあげる。 

また目が合ってしまった。 ぼーっの先と、彼の目の高さが同じなのだ。

いけないいけない、これでは、ナンパだ。 

無理やり、視線を7mmほど動かす。  
(よいしょっと) 
ぽーとしている時って、視線を動かすのにも体力使います。
 
透明なガラスの花瓶があり、たくさんの曇りガラス色のビー玉に支えられた造花が差してある。 
手を伸ばして、花瓶の中のビー玉をふたつ取り出した。

テーブルの上に置いて、コーヒーカップを取る。 

ころころころ。

ビー玉がテーブルの上を左に転がって行く。

口に運びかけたカップを置いて、ビー玉を止める。   
つかんだピー玉を私の前に戻し、そーっと置きなおす。

ころころころ。

2度繰り返す。   よし、止まった。

カップに手を伸ばす。

ころころころ。

ゆっくりと、すこしづつスピードをあげて。 

テーブルが傾いているのか、 床が傾いてるのか、 吉祥寺が傾いているのか。 

ふたつのビー玉がテーブルの端から落ちるところを受け止めて、ポケットに入れる。 
向かいの男性と目が合う。
彼はあわてて、書類に視線を戻す。

コーヒーを飲む。

ジョルジュ・バタイユ の 青空 を バッグから取り出す。
題名に騙されないでね。 バタイユの小説は、 (死とエロス)に彩られています。



ピンポーン ピンポンピンポン

吉祥寺のスタジオに住んでいる田中さんのドアのチャイムを鳴らす。

重い防音扉の取っ手が動いて内側から開く。

中に入る。  もうひとつの防音扉を開けて、中に入る。

2台のパソコンとギターが5本、アンプやエフェクターが所狭しと置いてある。
何本ものシールドを踏まないよう注意して スツールに座る。

「こんにちは。」

「こんにちは。」

「台風ですね。」

「台風ですね。」

「すみませんが、2曲ほど。」

田中さんは私の顔を10秒ほど見て

「わかりました。 今日はこれを弾きましょう。」

ギターを選んで、音を調節する。 

1曲目は、 Little Wing  田中ロング・バージョン。  3倍くらいの長さにしてくれた。
2曲目は、 Just Like A Prisoner
3曲目に、 まだ題が決まっていない 田中さんの新曲。 今度のアルバムに入れるそうだ。

「ありがとうございました。」 

私は立ち上がってふかぶかと頭を下げる。

田中さんは5秒ほど私の目をじっと見る。

「もう一曲、必要だね。」

私はもう一度 スツールに腰を降ろす。

Wonderful Tonight アップテンポに変えてハッピーな感じにして弾いてくれる。

「Wonderful Tonight、 田中ハートフルバージョン だよ。」

本当の話だが、田中さんは クラプトンより上手い。

「ありがとうございました!」


外に出る。 来た時より小降りになっている。

井の頭通り沿いにある東急の駐車場から出る時は、右折禁止だ。 
道路の状況を見て  係員の目を盗んで さっと右折してしまう時もあるのだが、 今日は視界も悪いし、 緊張感も欲しくないので、 ちゃんと左折する。 
吉祥寺内を一周走って、また井の頭通りに戻る。

家に帰るまでのほとんどの間、 私の前を同じ車が走っていた。
ナンバーが (88 88)だ。 

珍しいな。  ああゆうナンバーって。 特殊な電話番号のように、売買できるのだろうか。

88 88

首をぐっと傾けて 見た。

   ・・・・・ 無限大 ・・


夜、風も出てきて昼間の雨より強弱の度合いが全体的に強くなった。

相変わらず台風らしい、リズムなどない情緒不安定ぎみな強弱だけど、

安定していないのって、  それは、それで、  良いもんです。

青空
青空
posted with 簡単リンクくん at 2005.11.20
ジョルジュ・バタイユ著 / 天沢 退二郎訳
晶文社 (1998.10)
通常1-3週間以内に発送します。
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2005年08月17日

8月17日物語 : 愚録

 
 夏休みってなんだかねー。 秩序乱れてしまう。  部活や塾があったりなかったり、お盆休みがあったり、 じっとり暑かったり、 蝉が夜中にまで鳴いたり、 明け方、すずめではなくカラスの声がうるさかったり。  早くに布団に入るのがもったいなかったり。 家庭を預かる主婦の責任と言われてしまえば、まあそうなんですけど。 そもそも夏休みって暑いから毎日学校に通うのが大変だから、休みなんでしょう。  やっぱりきちんと規則正しく過ごせないのも当然です。 明日、塾があろうが、朝から部活があろうが、 なんだか常に
夏休みです って頭から離れないですものね。 母も子も。

 周りにうろうろ子達がいるわけで、出たり入ったりしてるわけで、それでもご飯だけはきちんと食べさせなくては!栄養取らせなければ!と思うので、家族の活動時間が不規則な程、私が台所に居る時間も長くなります。  食べるほうは、 冷やし中華とかざるそばとか、夏はこれが涼しくていいよねー、なんて食べてくれますが、 その麺、茹でるんだぞー。 エアコンつけていたってガス台の上でぐらぐらと。 天ざるー! なんて、 もう・・・。 作るのに体力使っていわゆる夏バテしてしまい、作るほうは食べれなくなって夏痩せしてしまいます。  だけどやっぱりご飯作るの楽しいです。 空の様子見ながら、布団干したり洗濯したり 楽しいです。 

 そんなこんなで、株のほうも身も入らず、 今日やっと、1ヶ月も寝かしておいた<4346>ネクシーズで、まあ多少の利益を得る事が出来ました。 
 夏休みが終わったらまたはりきって株を再開する!かなと思っていましたが、 なんだか怪しいです。  この夏、楽しいこと始めてしまったから。 株より断然楽しいです。 大好きな読書と並行して出来るから。


 「お母さんがやってる、ほら、あのパソコンでなんか書いてるグロクって、ずーっと続けるの? 楽しいの? 海にも出来る?」

 「グロクじゃなくて、ブログよ、海ちゃん。」

 「俺さ、今、海が言った(グロク)って 漢字で聞こえたんだけど。 (愚録)と書きます。」

 「空くん、ほんとに紙に書いてくれなくれていいから。」


 今日、友達が貸してくれた 酒井順子負け犬の遠吠えを開きました。  ちらっと読んでぱたっと閉じました。  怖くて・・と言ったら怒られるかな。 酒井順子の定義によれば、 「どんなに美人で仕事が出来ようが、30代以上・未婚・子ナシは、女の負け犬」なんだそうです。 「勝ち犬である子持ち主婦達は、(我こそが善な人)というデリカシーのなさ」を持って、彼女達を苦しめてるそうです。

 同じ女をどこで線引きするか。 酒井順子は、自らが負け犬のカテゴリーに入る身としてこれを書いてます。 その他同じ著者による ホメるが勝ち!では、「世の中は、(ホメ)と (ケナシ)の二つで出来ている」というカテゴリー分けをしています。  他に結婚疲労宴 (注:変換間違いではありません)や たのしい・わるくち などがあります。 酒井順子のコロンブスの卵的視点と観察眼に 「そうそう、そうなのよ」とうなずいてしまう部分も多々ありますが、 気持の良い読後感がないのは、 なぜかしら。 

 清水ちなみのOL委員会シリーズもそうですが、女性には受けるとは思うのですが、男性が読んだらどうなんでしょう。  「女性を深く理解したい」 「とことん女性を探求したい」 と思う男性も居るでしょうが、 上記のものを読むと 女性に対する男性の夢もロマンも粉々に砕け散ってしまうことを請合います。

 女性に読まれたくない男性の本音がぼろぼろ書いてある本って、あるんですか? 
 読みたくない、ですが。 
 女性側からも 男性に対して 夢やロマンを持っていたいですからね。
 
負け犬の遠吠え
酒井 順子著
講談社 (2003.10)
通常24時間以内に発送します。

 
  
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2005年08月03日

8月2日物語 : 遺伝子の愛

 
「今日は図書館に行く!!」

 こう自ら宣言しないとなかなか動けない腰の重い息子の空です。

 「お弁当作ってあげようか? 海にも作るから、手間ではないわよ。」

 「いいよ、腹減ったら帰ってくるから。」

 いえいえ、それはないです。 一度図書館に足を踏み入れたら、お腹がすいていることなど思い出さずに閉館まで居るに決まってます。 そして、ふらふらの空腹状態で帰ってくるのです。
 もしかしたら、水さえ飲まないのではないだろうか。
 過去の経験を母は学びました。
 図書館に無料宿泊設備が付いていたら、きっと泊り込んでしまうでしょう。  海辺のカフカの主人公を羨ましがっていたのだから。

 「おにぎりとペットボトルを持っていってね、 あと携帯もね。」

 お昼時になったら、『休憩時間ですよ〜。』とメールしてあげよう。

 海を塾に送って行った帰りに、スーパーに寄ろう。 子供たちが毎日居る夏休みは、 買い物に出るタイミングでさえ、うまく掴めない。

 スーパーの駐車場に車を止め、銀行や郵便局に行く。 スーパーに戻り、頼まれた文具や日用品を買い、一度車に積みに行く。 地下に降り食品を買う。 
 今日は買い物が済んだらすぐ帰るつもりだったので、本は持って来なかった。 本を持っていたら、ついどこかのカフェに寄ってしまう。 

 籠が三つ分にもなってしまった。 ふー。 

 頭の中で声がする。 (少し、休んで行こうか。) 
 別の声がする。 (本を持ってきてないじゃない、まっすぐ帰る予定でしょ。)
 (近くに本屋さんがあるわよ。) 
 (まだまだ読む本、家にあるじゃない。) 
 (スーパーの裏手にできた、古本屋さん、まだ入ったことないよね。 どんな感じかな。)    (本を見たら、買うに決まってるわよ。 そして、近くのカフェに入って、ちょっとアイスコーヒーでも飲みながら、買った本をパラパラっと見てみよう、なんて思うに決まっているでしょ。) 
 
 (あら、それは良い考え!)

   
 というわけで、私は買い物した食品をスーパーの冷蔵ロッカーにしまい(便利です)、古本屋さんに向かいました。 

 買ったものは、鈴木光司楽園です。 あの、リングらせんループ、そしておまけにバースデイの著者です。   バースデイは、ちょっと・・・余計なおまけだったなー、なくても良いのではないかな、なんて。

 この楽園、誰が書いたか知らされなければ、リング三部作(+おまけ)を書いた鈴木光司の手によるものだと、気付かないのではないでしょうか。 
 DNAに刻まれた記憶が、というような理系的なところは近くても、 これは、全くホラーではなく、愛の物語です。 それも太古に結ばれた遺伝子の記憶に導かれて現代の世界でまた出逢うという壮大なスケールの。

 わけもわからず強く惹かれ合ってしまう男女。 もしかしたら、太古のモンゴルで出会っていた遺伝子が呼び合っているのかもしれません・・・

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2005年07月21日

7月20日物語 : もにょもにょ


今朝、起きたらメールがいっぱい溜まっていた。
 
着信音が鳴っていたけど見なかったもの、眠っている間に真夜中に届いたもの。 

万が一、ということがあるかもしれないと、確認したが、やはりマサユキさんからは着ていなかった。

そう。私が、マサユキさんからの着信音に目が覚めないわけはない。

昨夜は、桐野夏生柔らかな頬の続きを読んで、すぐ眠ってしまった。

福翁自伝は、今はいい。本のストック棚に、入れた。

  
返信すると、また、返ってくるから、返信しないでおこう。

忙しい私に怒って愛想尽かしてくれないかな、と時々思う。

去る者は決して追わないから。


昨日会ったりょうちゃんのメールの文面は、弾んでいた。 


『今日は朝からバリバリやるぞ! つきちゃんの為にがんばるぞ〜!』と結んであった。

りょうちゃんが、自信に満ちて、幸福そうで、満足そうで、良かった!と思う。 でも、(つきちゃんのおかげ)かもしれなくても、決して(つきちゃんの為)じゃ、ないのに。 


なんだか元気が出ない。

なんだか胸の辺りが、もにょもにょしている。

飲み込んだ毛玉が胸の内側に引っかかって、周りの臓器から水分を奪っていくような。 周りの水分が全部なくなって、足りなくて、だんだん毛玉が乾いて、広がっていくような。
 
 もにょもにょ。

 
もう一週間もマサユキさんから、メールがない。

でもこういうの今に始まったことじゃない。 先週の真夜中のメールで彼は、おもいっきり満足してしまったのだ。 それが、一週間も持続している。
 
そもそも彼は色々頑張りすぎだ。
 
『つきこさんに出会ったおかげで、なんでも出来るような気がします。昔、諦めた夢に挑戦する勇気が湧いてきました。』


会社を経営しているのに、ある難関な国家試験を受ける為の猛勉強を始めてしまった。 若い頃やっていた、あるスポーツにまた足を踏み入れてしまった。 試合の模様について熱く語る。 勝った時は、自信に満ちて、その喜びを。 負けた時は、落ち込んで、自信を取り戻すまで二時間くらいメールのやりとりが続く。

『この年になっても、こんなに自分が頑張れるとは思いませんでした。 つきこさんのおかげです。つきこさんは僕の一番の理解者です。』


そんなに頑張らなくてもいいから〜。

逢えれば、それでいいのに〜。

今日は、福沢諭吉の自伝どころじゃなく、桐野夏生さえも読むのがきつい。 これも本棚に戻す。
  

なんかないかな〜。

これ、もう一回読もうかな。 読むという感じでもないけど。 そのくらいの軽さがいい。

清水ちなみの 大えっち for Women。 for Men もあるけど。そっちより for Womenのほうが凄かった。 

でも、これ、男性が読んだら、ショックかも。 同じ女でもけっこうびっくりしたし。 これを読んで、女性について前向きに学ぼうと思うか、女性不信に陥いって再起不能になるか…。 


マサユキさんの着信音!

 オンライン書店ビーケーワン:大えっちfor Women
大えっちfor Men
清水 ちなみ監修
扶桑社 (2004.3)
通常2-3日以内に発送します。

 
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