2005年12月12日

12月12日物語 : 現実の中の物語


あるとき、一冊の本を3人で取り合った。

読みさしをそこらに置いておくと空が読み出し、 空がトイレに入ったすきに海が取り、 海がお風呂に入ったすきに私と空が取り合う。


子どもたちは多分、 素数、 約数、 三角数、 友愛数、 虚数、 完全数といった数式がおもしろかったのだと思う。

本を読みながら時々紙になにか書き付けて計算したり確かめたりしていた。

なじみのある数式も未知の数式も含めて、 興味があったのだろう。


先月、 小川洋子の講演を聞きに行った。  うちから自転車で10分ほどのところで開かれていたのでふらっと行った。


博士の愛した数式 の中の博士のようにホワイトボードの上で 友愛数 について説明してくれた。

小川洋子さんは、 ふた昔前の国文科の女学生という感じの人だった。  静かにひっそりと淡々とそれでいて濃い中身を話す。  興奮して声の調子が変わるということもなく、 山場も平坦に話す。 そういう話し方ってけっこうこちらに届くものだ。

静かに淡々とそれでいて中身が濃い、 というのはまさに 博士の愛した数式 の語り口と物語に似ていた。 


博士の愛した数式 − 小川洋子著 は、 数学と文学がひとつになった珍しい物語である。


登場人物は、 17年前の交通事故により記憶が80分しかもたなくなってしまった64歳の数学者の博士と、 博士の食事や身の回りの世話をするために派遣された家政婦、 そして家政婦の10歳になる息子、 それから博士の義理の姉。


博士は外に出掛けるわけではないのに毎日背広とネクタイをきちんとする。  そしてその背広の袖口や襟やポケットにはたくさんのメモがクリップで留めてある。

(僕の記憶は80分しかもたない)

(新しい家政婦さん)   (とその息子10歳)

(洗面台鏡の脇 剃刀替え刃)

など。

80分の記憶を補う為、 忘れてはならない事柄をメモし、 そのメモをどこへやったか忘れないために身体中に貼り付けている。 


あらすじについては、 べつのところで知っていただくとして・・。


講演を聞いて、印象に残った話をひとつ、ふたつ。


この博士の愛した数式を書こうと思ったきっかけは、 たまたまテレビで 数学者の 藤原正彦さんの話を聞いたから。  それまで数学者というのは、 数字という無機質なものを愛している人であって、 情緒的なものには無縁な人だというイメージがあったのだが、 彼の話を聞いてその考えが変わったそうだ。  聞いているうちに 「これは物語になるかもしれない。」 と小川さんは思った。 


作家が全てを考え出したストーリーでは、視野が狭くて良いものにはならない。  登場人物を操り人形のように操っていたのでは自分の世界以上のものは書けない。

物語は現実の中にそっと隠れている。

だからいつも現実を観察し、 現実のなかにある物語を宝石を掘り起こすように、 そして現実の前に頭(こうべ)を垂れるような謙虚な気持ちで小説を書いている・・と話してました。



大学時代から作家になりたかった 小川さんは同じ国文科の友人に誘われて、太宰治 の墓参りに行った帰りに、 (近かったのでついでに) 吉祥寺にある 新田次郎 の 家を見に行ったことがあるそうだ。

門がとても大きく高い塀に囲まれたお屋敷を見て、 その近寄りがたさに、 「作家になるということ」の 遠さを感じたそうだ。 

その屋敷の奥に 新田次郎 と 藤原てい の 息子で 数学者の 藤原正彦 が暮らしていたとはそのとき知る由もなかったそう。


現実のなかに物語がある。


博士の愛した数式
小川 洋子著
新潮社 (2003.8)
通常24時間以内に発送します。


世にも美しい数学入門
藤原 正彦著 / 小川 洋子著
筑摩書房 (2005.4)
通常24時間以内に発送します。
posted by tsukikohime at 23:59| Comment(6) | TrackBack(9) | 小川洋子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
tsukikoさん、こんにちは。
リンク貼ってもらえて嬉しいです。ありがとうございますっ。ワタクシもやっちゃいました。これからもよろしくお願いします^^
この前の講演会の記事、UPしてくれたんですね!この物語ワタクシも読んでいたので食い入りましたよー。現実の中からの取捨選択ができるのってやっぱり作家さんはスゴイと感心しちゃいました。今TBさせてもらったリリーさんの「東京タワー」もそのひとつと言えるのかな。
そうそう、その「東京タワー」ですが。tsukikoさんの記事を見て、読みたくなったんです。よかったらワタクシの書いた記事中にもリンクを貼らせてくれませんか?
Posted by MOW at 2005年12月13日 11:24
MOWさん、こんにちは。

作家はそもそもモノを見る視点や感受するココロが優れているのでしょうね。 そしてそれを表現する言葉力も持っている。 自分が表現できなかった怪しげな心持ちを的確に文章にしてくれる作家に出会えると、ファンになっちゃいます。

リンクもTBもばしばし遠慮なく〜!!
Posted by tsukio at 2005年12月14日 08:58
こんばんは。
再読して記事にしたのでTBしてみました。
たしかにたんたんとした文章なのに伝えていることがしっかりしている作品でしたね。
藤原正彦の本もいくつか読んでいるのですけれど最近数学から離れて政治の世界に行きたいのかい?って聞きたくなるような文章しかお目にかかれないのでちょっと敬遠しています。
それにしてもこういう講演で生の作家さんの話しを聞くのもおもしろそうかなって思ってしまいました。
Posted by kbb at 2006年01月08日 21:33
kbbさんへ

たまたますぐ近所で講演があったので行きました(無料だったし)。
私もこういうの聞きに行くのは初めてだったんですよ。 なんか会場に来てる人たちが一種独特の雰囲気で統一されていて、居心地悪かったんですが・・。

個人的に博士に母性本能を刺激されます。
そっくりな人を知っていて。 
身の回りのことに無頓着で頭の中が数学だらけなの。
まだ中学2年生なんだけど、その世界では海外にも名が知られてるの。 小一の時にはサインコサインの話とか夢中でしてくれて。。
あ、ノーベル賞を取る前にサインしてもらおうっと。
  
Posted by tsukiko at 2006年01月09日 03:46
コメントありがとうございます
小川さんの講演会面白そうですね
あぁいう、文章が書ける人がしゃべると、なんでも感心して聞いてしまいそうです
Posted by zattchi at 2006年02月26日 21:03
zattchiさんへ
静かな雰囲気の方で、静かにお話なさって・・。
博士の愛した数式を書いた作家さん、という印象とぴったり。 他の妖しげなホラーっぽいものも書いているという雰囲気が見当たらなくて、そこがまたホラーでした。
Posted by tsukiko at 2006年02月26日 22:56
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