うちのダンナ、左遷させられちゃうことが決まったの。
2ヶ月ぶりくらいに会った友人は、ウェイターが水の入ったグラスとメニューを
置き下げたその頭を上げる前に言った。
左遷。転勤じゃなくて?
ささやき声で訊き返したのに、彼女はひじょうに大きな声で答える。
うん、左遷。 すごーく遠い支店に。
で、着いていくの?
まさか! 子供が私立なのに。
さびしいじゃない。 あなた再婚してまだ3,4年でしょ。
下の子、まだ3歳くらいなのに。
うん、でも、仕方ないの。 彼、悪いことした結果の左遷だから。
わたしは彼女のダンナさんの顔を思い浮かべた。
彼女はわたしより7歳くらい下で、ダンナさんはそれより3歳くらい下。
つまりわたしより10歳ほど下だったはず。
彼、つきこさんのことタイプで大好きなのよと、彼女と会うときはたいがいダンナさんもついてきた。
そして、そのダンナさんがいつも車でわたしを送ってくれるのだ。
ダンナさんはきっといつも彼女と一緒に居たいからついてくるんだろうし、送ってくれるのもほんとうのところ彼女に頼まれてるのではないだろうかとにらんでいる。
どこに行くって? まだ決まってないんだっけ?
うーん、そうねえ、なんか日本でいえば網走とか?
雪が深くて極寒のところとか、辺鄙で娯楽のなさそうなとことか。
日本でいえばって、海外になるかもしれないの?
ねえ、あなた、日本語なんか変よ。 イントネーションも。
海外だったらあ、政権が傾いて今にも紛争が起きそうなところとかかなあ。
夢見るような顔になって語尾が伸びてきた。
流れ弾とかぁびゅんびゅんきちゃうようなあぁ。
地雷もぉ埋められちゃってたりするようなあぁ。
ねえ、どぉ〜おぅ?
どぉ〜おぅって。 変。 日本語変。 主語、どこ?
わたしよ。
わたしが彼の会社に手を回して、彼をどっか遠いところにやっちゃうの。
うっそ。
わたしのお金と人脈があればそのくらい簡単よ。
ふふふ。
彼女は彼と結婚する前から超がつく資産家(親のではなく、彼女が築き上げた)で、
その上、まあ、書けないようなすっごいとこにあちこち顔が効く。
それでも、再婚してからの生活費は彼女は一円も出さず
彼の給料で全部賄ってきた。
前のダンナとの子の面倒も良く見るし、若いのにえらいダンナさん、
と思っていたんだけど。
ちょっと浮気しちゃったらしい。
だから、今日来なかったのか。
あのひとなつっこい笑顔のダンナさんにもう二度と会えないのね。
残念だわ。
あ〜!! 恋愛小説が読みたい!
読んでいるうちに知らずに涙がこぼれるような。
心筋梗塞かとおもうほど胸がちくぅぅとなるような。
しまいにはティシュの箱を抱えるような。
せつなさで眠れなくなるような。
帰りに寄った図書館で(車で送ってくれるひとが居なかった)、
読者を裏切らない極上の恋愛ものをと思ったが探す気力が出なくて、
記憶をたよりに片岡義男の本を何冊かごそっとつかんで、カウンターに出した。
片岡義男。 泣かせたっけ? お洒落な感じだったかな。
借りた一冊の中に「日本語で生きるとは」 というのがあった。
日本語で生きるとは 片岡 義男著
1999.12 筑摩書房タイトルからしてお堅い。 お堅い評論!
片岡さん、わたしが離れていたながーいながーい間にこんなにも小難しいもんを
書いていたなんて。
と思いながらつい最初に開いてしまった勢いで読み出してしまうつきこさん。
恋愛ものはどうしたんだ。
「よろしくお願いします」 という日本語を英語で言うには、
なんと言えばいいのですかと、十ヶ月ほどのあいだに五人の人たちから
訊かれたことが、この本を書くためのきっかけとなったそう。
英語圏の外国の人を相手に英語を使うとき、たとえば話のしめくくりのとき、
「よろしくお願いします」 を言う必要があるようなないような、
なにか言わないとおさまりがつかないような、
なにか忘れた妙な気分になるからと、質問者たちは言うのだが、
結果から言えば、 「よろしくお願いします」 なんて英語では言いようがないし、
そんなこと言う必要はないから言わなくてもいいんだそうで。
でも、五人は納得しない顔をしたそうだ。
その他にも、日本語ではいつも誰もが使う日常語なのに、英語にはならない、
あるいは英語では言えない言葉のひとつに 「愚痴」 があるそう。
「愚痴」。 それってどうして?
なーんて、読み進めたけど、途中で評論を読むのに疲れてきちゃった〜。
英語と日本語はつまり発生した社会の構造からして違うってことなのね、
とわたしは理解した。
責任の所在をはっきりさせようとしないところがある。
英語と日本語は翻訳しあうのは、そもそもものすごい無理があるんだなあ。
なんだか男と女みたい。
無理でも幻想でも勘違いでもいいから、なんか恋愛もの読みたいわ。