2006年10月26日

10月26日物語U : 萌えちゃおうか


2年ほど前に近くに永住型老人ケア施設ができて、 週末になると早朝から何台もの自家用車やタクシーが我が家の前を通ってやってくるようになり、 車があまり入ってこない場所だっただけに少しがっかりしていたのだが、 近頃めっきり訪れる車の数が減った。  その代わりに夜中に音を消してやってくる救急車の数が増えた気がする。  

近所に大きなテニスクラブがあり、 夕方に友人と本の貸し借りなどでそばのファミレスで待ち合わせていると、 どやどやと60代〜70代とおぼしき男女取り混ぜたテニスウェア姿のグループがやってくる。 
夫婦らしきカップルは混ざっておらず、 席決めあたりから楽しそうな歓声が聞こえてきたりする。

と思えば奥のほうの席でひとりで食事をする80代くらいの老女もいたり。

コンビニで一人用の惣菜のパックを買っている歩くのも危なっかしい老人。

近頃、すごく目に入ります。
やたらと見てしまいます。 わたしが気にするようになったからでしょう。
近頃、っていつ頃からだろう。
きっと、下の娘が中学に入ってから。 つまり今年から。

小学校のときは、まだ下に幼稚園生の弟や妹がいるような母親もいたのに、 中学に入ったとたん、 中高一貫校というのもありますが、 上の子が大学生や社会人、 嫁に行っただの、 中には初孫まで出来ただの、 の話題が聞こえてきて、 全体的に父母の年齢がぐっと高まります。

子供の学年が上だからって親の年齢も上、とはもちろん限らないのだけれども、かたまりとして見れば平均的には上で。
とにかく、娘が中学生になってからというもの、なんか自分がいっきに老けた気がしてきました。 

わたしの想像力というものは、 極端なところがあって、 どんどん先へ先へと進み、あれよあれよとふくらみます。

しかしどう想像してみても現実的にその年頃になってみないと、本当のところはわからないもので。

そんな折に、 桐野夏生の魂萌え!(たまもえ)という本を読みました。

主人公は59歳の主婦の敏子。
夫の葬式(享年63歳)の場面から始まります。

アメリカに行ったきり10年近くも音沙汰もなかった35歳の長男が、 はじめて見る嫁と2人の幼子を連れて帰ってきて、 葬儀の夜に、敏子に言う。

日本で古着屋でもやろうと思って。 店を出すには最初はやりくりが大変だし、 家賃を払うどころじゃないし、 お母さんもひとりで寂しいだろうし、 俺たちがいっしょにここに住んであげるから、 暇なお母さんが孫たちの面倒を見てくれれば生きがいも出来るだろうし、 将来は長男のこの僕がお母さんの世話をするっていうことで。 

それを聞いた31歳でボーイフレンドと同棲をしてコンビニでバイトしている長女が言う。

お兄ちゃん、狡いよ。 ちゃっかりこの家を乗っ取る気? それを言うならあたしにだって権利はあるんだからね。

ひと月後、 敏子の高校時代からの女友達が3人で敏子の様子を心配して遊びに来る。
彼女たちはくちぐちに、 子どもたちの言いなりになって財産を取られてはダメだからね、 まだまだ若いんだからね、 などとアドバイスをしてくれる。 
ずっと専業主婦をしていて世間知らずな敏子を心配しているのだ。
そこに、 夫が生前に通っていた蕎麦打ち教室の師匠の今井が現れた。

夫は夜、家の風呂場で倒れて亡くなったのだが、 その日の昼間は今井の家で蕎麦を打っていた。 毎週木曜日に通っていた教室だ。

倒れたときにすぐに救急車を呼んでいれば、 夫は助かったかもしれない。
前から心臓が弱っていたかもしれないのに、 妻として気づいてやれなかった。
そんな後悔に苦しんでいた敏子は、 夫が最後に行った蕎麦打ち教室での様子を今井に訊ねるのだが、 今井の口から意外なことを聞いてしまうのだ。

夫はその日、いや、今年は一度も蕎麦打ち教室には行っていなかった。
昨年も5,6回しか来ていなかったと言うのだ。

では夫は毎週、蕎麦打ち教室に行くと言って、 どこに行っていたというのか・・・。

オンライン書店ビーケーワン:魂萌え!

魂萌え!  桐野 夏生著  2005.4  毎日新聞社



夫に死なれて喪失感いっぱいだった世間知らずの敏子に次々と襲い掛かる現実の厳しさ。

泣いて悩んで苦しんで悲しんで寂しがって笑ってキレて萌えます!
敏子、59歳。 がんばれ〜!!

ちなみに土曜21時からNHKで、 同タイトルでドラマ化されてます。
今週が2回目です。
小説と少し違う設定もありますが、 俳優さんたちのイメージがとても小説に近い。  とくに敏子役なんてぴったりです。
今週はどうやら初萌えするらしいです。
posted by tsukikohime at 17:23| Comment(1) | TrackBack(2) | 桐野夏生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月23日

10月23日物語U : それぞれの村上春樹


村上春樹の本が並んでいる棚からふと取り出して一冊読む。
そうゆうときはたまにあるけれど。
出版された順に最初から最後まで全部読んでしまう、そんな時期はわたしにとって前にもうしろにも右にも左にも動きが取れなくなっているときらしく(あとから考えてみれば)。
良くも悪くも、自分のとても親しいところに位置している大切な作家である、などと思うのですが。
そんなふうに感じる人が多いからこんなに読まれるのでしょうね。

エッセイや翻訳などを除いて年代順に並べてみると、

1979  風の歌を聴け  
1980  1973年のピンボール
1982  羊をめぐる冒険
1983  中国行きのスロウ・ボート
      カンガルー日和
1984  蛍・納屋を焼く・その他の短編
1985  世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド
      回転木馬のデッド・ヒート
1986  パン屋再襲撃
1987  ノルウェイの森
1988  ダンス・ダンス・ダンス
1990  TVピープル
1992  国境の南、 太陽の西
1994  ねじまき鳥クロニクル(第1部・第2部)
1995  ねじまき鳥クロニクル(第3部)
1996  レキシントンの幽霊
1997  アンダーグラウンド (*ノンフィクション)
1998  約束された場所で  (*ノンフィクション)
1999  スプートニクの恋人
2000  神の子どもたちはみな踊る
2002  海辺のカフカ
2004  アフターダーク
      象の消滅
2005  東京奇譚集


「年代順に全て読む」 のは、著者が健在な限り、 年々作品の数が増えていくので(当たり前)大変な作業になります。 
しかし作業だなんて実は思っていないので、 とり憑かれたように読んでいきます。

村上春樹の本は、 読み直すたびにひとつひとつの作品内の新しい発見や、作品と作品との符合を見つけて楽しめる反面、 読んでも読んでも深まる謎もあって、 それはわたしが馬鹿なのか、 読解力が足りないのか、 わたしの受信機に不備があるのかと不安がよぎることもあります。
だからといって、
この 「共鳴+謎+読解力不足疑惑」 を、 どうにかしなきゃなんて気持ちはさらさらなく、 世に売るほどある(売っているのよ)村上春樹解読本やら研究本やら評論本なんか、ゼッタイ(!)読むもんか!!と思っています。

思っているところに、 友人が 村上春樹はくせになる なんて本をプレゼントしてくださり、 へらへらと頂戴し、そして変な罪悪感とともにわくわくと読んでしまいました。
それはまるで、中間考査発表直後に数学の教師が落とした意味不明のメモを拾ってしまったときのような気分でした。 
[・直子オムツ  ・牛乳2本  ・P35〜P51  ・作図2点、 各5点  ・山下さん、柿の礼状電話]

頼むから わたしの 「共鳴+謎+読解力不足疑惑」 に手を出さないでくれ〜と著者の清水良典に願いつつ、読み進めましたが、願いは届いたようです。

「謎は謎のままでいい」 というメッセージがひじょうにありがたく、 「共鳴+謎+読解力不足疑惑」 を抱えたまま今後も村上さんと親しくお付合いを続けていけそうで嬉しく思います。

もうひとつ、ありがたかったのは、 わたしが年代順に読むときに、 はずしていた 「アンダーグラウンド」 と 「約束された場所で」 は、 はずすべきではないと知ったこと。
ありがたい、というか、読む量が増えて迷惑だ、というか。 
はずすべきではなかった、 ということがわかったから、 それでOKということで、 今後も年代順に読みたいときは、 はずしそうです。


オンライン書店ビーケーワン:村上春樹はくせになる

村上春樹はくせになる  清水 良典著  2006.10 朝日新聞社
posted by tsukikohime at 11:02| Comment(2) | TrackBack(0) | 村上春樹 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月05日

10月5日物語U : わたなべ・・

   
   「誰だっけ。ほら、あの人」
   最近、こんなせりふが多くなった。
   「俳優だよ。あれに出てた。外国の俳優だ」
   代名詞ばかりで、固有名詞が出てこない。 
   会議室に並んだ顔が一斉に見つめてくるのだが、
   炭酸ガスのように頭の中から抜け出てしまった人名を、
   私はいっこうに思い出すことができなかった。
   その男優の姿形は浮かんでくるし、
   何年か前にヒットした主演映画のニュースや宣伝は
   嫌というほど目にしていたはずなのだが。
   最初のひと文字は「キ」? いや違う、
   「ブ」だったっけ?

という出だしは、 私を怖がらせた。
そんな現象はよくある。 そっくり。
でもこの本は若年性アルツハイマーになってしまった男性の物語。

この出だしで、がっちり掴まれて続きが気になってしょうがない人は私だけではないでしょう。 
でしょ?

オンライン書店ビーケーワン:明日の記憶

明日の記憶 荻原 浩著 2004.10 光文社


主人公は今年50歳になった広告代理店の営業部長。
最近、物忘れが激しいのも年のせいかな?  不眠やめまいや倦怠感も、ここのところ仕事が忙しすぎて疲れが溜まっているせいかな?  と自分の症状をしっかり見つめることを怖がったり、 病院に行くことを拒んだりしているうちに、 ついに仕事に影響を及ぼすほどのミスをするようになり、 本屋で家庭医学の本を見てみると、どうも「うつ病」の初期症状に似ている。 妻にも勧められてしぶしぶと精神科へと足を運ぶ主人公。

脳のCTスキャンとMRIを撮られて、後日検査結果を聞きに行ったときにそこで行われる問診。

3つの言葉を覚えて復唱する。 あさがお、飛行機、いぬ。
知っている野菜の名前をできるだけ挙げる。
100ひく7は? そこからまた7をひくと?
今日は何曜日ですか? では、何月何日ですか?
8,3,5,9 を逆から言ってください。
さっき挙げた3つの言葉はなんでしたか?
5つの品物を見せて隠して、なんだったか確認する。

怖い本です。 わたしも、やってしまいました。

「まだ確定ではありません。 しかし、申し上げておいたほうがいいと思います」
「おそらく若年性アルツハイマーの初期症状だと思われます」

夫婦は 「まだ確定ではありません」の言葉にすがりつつ、次第に顕著になっていく症状に脅える。
少しずつ失っていく記憶。 会社の人間に悟られないようにと、会議や会話や取引先の相手の特徴などを記したメモをとりまくる夫。  そのメモでどんどん膨らんでくる背広のポケット。
アルツハイマーに良いとどこかで読んだり聞いたりした野菜や魚や玄米などを食卓に毎日並べる妻。
主人公は、日々の出来事を忘れないように日記をつけているのだが、 ときどき出てくるその日記に漢字のまちがいやひらがなが増えてきて、わたしたち読者も主人公やその家族とともにいっしょになって恐怖してしまいます。

最後の場面が美しく悲しいです。

妻に介護させるのがしのびなくて、 まだどうにか動けるうちにと、 介護施設の見学にひとりで出掛ける夫が、そのついでに学生時代に通った奥多摩の焼き物の窯を訪れる。
心配して探しに来た妻と吊り橋のところで出会うシーン。

素敵な女性だった。 
泣いているような横顔に、 同伴者とはぐれて道に迷ってしまったのかもと心配した主人公は、 力づけてあげたくて、 柄にもないせりふを吐いてしまうのだ。

「心配しないで。 だいじょうぶですよ。 この道で間違いない。 僕がずっと一緒にいきますから」

はい。 泣きます。
 
テレビでたくさん宣伝しているからご存知でしょうが映画化されてます。
主役を演じるのは、 えーと、 ほら。 あの、 ほら、あれ、 ラストサムライで外国の俳優と共演した、 ほらその外国の俳優というのは、 レインマンで弟のほうの役をやった、 ほらほらトップガンで主役をやった。 そう、トム・クルーズ! その人とラストサムライで共演した、 ほら、あの、 最初のひと文字は「マ」? いや違う、 「バ」だったっけ・・・?
posted by tsukikohime at 09:58| Comment(5) | TrackBack(1) | あいうえお | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする