2006年05月28日

5月28日物語 : 気をつけてください

これはまずい。 最悪の二の舞だ。 
止まらない。 500ページ以上あるぞ。 睡眠なんてどうでもいい。 

オンライン書店ビーケーワン:サウスバウンド

サウスバウンド  奥田 英朗  2005.6  角川書店

語り手は小学6年生の上原二郎。
読み始め、思春期に差し掛かった少年の成長譚なのかなと思った。 描写もセリフも活き活きとしていてそれだけでも読ませる奥田英朗だけれども、この長さにはきっとわけがある、絶対どこかで引きずり込まれるぞ。 
ほらほら現れた、破天荒な元過激派という父親・一郎が登場。

おもしろくなりそうなんてもんじゃない。 また寝かせてもらえなかった。


年金も税金も払わなくていい。 租税のおこぼれで生きている体制に雇われた官は虫より嫌いだ。 学校も行かなくていい。  学校なんて、 体制側にとって都合のいい人間を作るための催眠術みたいなものなんだ。 いつの時代も学校は矯正施設だ。 と、独自の論理を展開し、 修学旅行費が高い、費用明細を全保護者に対して明らかにしろと息子の通う小学校に怒鳴り込む。

学校が大好きな二郎にとってはいい迷惑だ。 気になる女の子もいるし、友達と遊ぶのも大好きだし、 不良中学生には脅されるし、 子供世界の中の複雑な人間関係だけでも精一杯だというのに、 余計な問題を起こす父親に二郎はうんざりしている。

第一部は東京・中野での生活の話で、 第二部は沖縄での生活の話になるのだが、そこでもこの父親は派手な問題を次々に起こしていく。
住民や環境保護団体、警察、マスコミなどを巻き込み、 日本中のテレビの前の野次馬的視聴者を楽しませることになる。
東京に居たときと明らかに違うのは、 近隣の住人との関係だ。
澄んだ海と青い空、大らかな島民たちの中で、 一郎は水を得た魚のように活き活きと動き出す。
最初、冷ややかな目で見ていた二郎なのに、いくつもの出来事を通して次第に父親の男として、人間としての魅力に惹かれだしていき、 父親を誇りに思うようになる。 そして読者である私もじゅわじゅわと一郎に惚れこんでいってしまった。

奥田英朗の長篇はたいがいそうなのだが、話が進むにつれ登場人物のキャラがどんどん際立ってきて、作者自身にも止められないんじゃないかというほどに活き活きと動き出し、その魅力を振りまく。
どうやってこんな魅力的なキャラを作り上げてしまうのだろう。

奥田英朗の本は寝かせてくれない。 気をつけてください。  
posted by tsukikohime at 10:26| Comment(6) | TrackBack(1) | 奥田英朗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月26日

5月26日物語 : 値動きの波


池袋ウエストゲートパーク のように主人公が読者に直接語りかけてくるこの手法。 
やはり石田衣良にはこの書き方がぴったりなように思います。 
キャッチャー・イン・ザ・ライ(ライ麦畑でつかまえて)にも似た語りかけ手法ですが、石田衣良は完璧に自分のものにしてますね。

「波のうえの魔術師」・・波? サーフィン? なんの話かタイトルから予想もつかないまま本を開きましたが、

ちょっとおれの話を聞いてみるといい。 絶対に損はさせない (もっともこの台詞は詐欺師と銀行員の決まり文句だ)。 ジジイがやったように、 おれもあんたにマーケットという名の水晶玉を渡してやる。 そいつを高くかかげるか、 足元で蹴りとばすか、 それはあんたの自己責任において自由だ。 
(略)
さあ取引を開始しよう。 おれの話は日本経済が破局に一番近づいた1998年、 あのぼんやりとあたたかな春から始まる。


上記の文章が出てきて、 私は威勢の良い若者に「あんた」呼ばわりされて始まる話にぞくぞくと嬉しくなってしまいました。
いいぞー! 石田さん、始まってー!

石田さんは若い頃、株式投資で生計を立てていただけあって、それも、毎日のように図書館に通って経済関連の棚を端から端まで読んだというほどの勉強家だったというから、 きっとおもしろい小説になるだろうなという予感。

オンライン書店ビーケーワン:波のうえの魔術師

波のうえの魔術師  石田 衣良  2001.8  文芸春秋


大学を卒業したものの、就職浪人で親からの仕送りとパチンコの稼ぎで暮らしていた若者に、 謎の老人が近づいてきてマーケットのマの字も知らなかった彼に一から指導していき、 大手都市銀行を破綻させる為の罠を仕掛けるという株式市場操作のからくりを書きつつ、 若者の成長話でもあり、 変額保険で苦しんだお年寄りたちのための復讐劇を含んだ人情話でもあったり、のストーリーです。

相場師の老人と若者の出会いにちょっと無理があったり、 そんなにとんとんと行くかいな、という気持ちもあったり、 そんな裏技を使って復讐した気になってるけれど一般投資家が損を被るんじゃ? という疑問もありましたが、 それよりもなによりも、 私はこの爽快なテンポの(おれ)が(あんた)に語りかける書き方が大好き。
ここのところ、ハズレを何冊か読んでしまっていたので、あーやっぱり石田さんは上手なのよね、そうなのよね、と一人ほっとしました。

経済のことや株式市場のことなどが苦手な人でも読める小説だと思います。
懇切丁寧に指導してくれる老人がいるので主人公と一緒にお勉強できます。
 
石田さん、親切だもの。 
posted by tsukikohime at 13:50| Comment(2) | TrackBack(1) | 石田衣良 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月24日

5月24日物語 : 雷、ちょっと怖いです


凄かったですね、雷と雨。
ヒョウまでバラバラと降ってきて子どもたちと丸い氷の粒を拾いにいきました。
さっと玄関を開けて植木鉢や塀に乗ったヒョウをつかんでバッと家の中に入り、 どれが一番大きいかなんて。  中1の娘と中3の息子と私とで。 ずぶぬれになって。 なにをやっているんだか。

鳥たちもびっくりしたのか、 木陰に隠れていればいいものをちゅくちゅくひよひよぴーと飛び回っていました。 あんな小さな体にヒョウが当たったら痛いじゃないですか。 脳震盪を起こしちゃいますよ。 早くおうちにお帰ンなさい。

ヒョウが降ったあとは雨もやんで、空気がすーっと澄んできて夕焼けも見えるかなと思っていたのですが、また降ってきましたねぇ。 雷もまた。
パソコンを使うの少し怖いです。

オンライン書店ビーケーワン:童謡集

童謡集  田河 水  文芸社  2006.4


9つの童謡をモチーフにした短編が9編。

童謡集◎目次

事始口上走書(ことはじめこうじょうはしりがき)
其乃壱 宵待草
其乃弐 かなりや
其乃参 トランプ
其乃四 今夜のお月さま
其乃五 イエス・キリスト
其乃六 夢見花
其乃七 お菓子の家
其乃八 正午
其乃九 月の砂漠


田河水さんってご存知ですか?  どなたでしょう?  私、知りませんです。

そもそもなぜこの本を図書館で借りてきたのか。

多分、表紙が美しかった、それだけのきっかけだったと思います。

とても古めかしい雰囲気の本ですが、 著者は1979年生まれ。 お若い方なんですね。

皆さまのおうちの近辺の空具合は大丈夫ですか?
ここらはちょっと激しいの。
落雷でパソコンが壊れやしないかと心配なぐらい。

では。
posted by tsukikohime at 20:15| Comment(2) | TrackBack(1) | たちつてと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

5月23日物語 : 未来への記憶


MOWさんのM's BOOKcaSe の記事を見て読みたくなりました。
気持ち良い本でふわふわしてるばかりではなくて、こうゆうものにも目を向ける気持ちもあるのです。
しかし、いかんせん勉強不足。 ・・・だなあと痛感。

オンライン書店ビーケーワン:未来への記憶

未来への記憶 梁 石日 アートン

今の韓流ブームが起こるずっと前から韓国語や韓国の歴史を勉強をしている友人に質問したり論議したりしながら読み進めていきました。 

梁 石日(ヤン ソギル)さんは在日2世の作家です。
ビートたけし主演の映画 血と骨の原作者と言ったらわかるかたも多いでしょうか。

この本は大きく5つに分けられていて、 1番目の 「生きる」では、梁さんの自伝的なことや自分の作品に触れています。  あちこちに載せたエッセイを集めてあるようで、 重複する話もあります。

2番目の 言葉の世界では、梁さんが読んだ本や観た映画についてのエッセイ。 やはり 在日コリアン周辺の作品が多いですね。 この中では、読んでみたくなった本や観てみたくなった映画がずいぶんありました。 例えば。。。

五木寛之 「人生の目的」
姜尚中 「在日」
金姥老 「われ生きたり」
中村敦夫 「ドブねずみを撃て!」
高村薫 「レディ・ジョーカー」 

3番目の章は 歴史の記憶  韓国・朝鮮・在日

4番目の章は 戦争は最大の犯罪  戦争・テロ・アメリカ・日本

5番目の章は 人生のリズム


7,8年前だったでしょうか、 韓国人の友人から在日コリアンの友人を紹介してほしいと言われて仲介をしようとしましたが、 在日コリアンの方から断わられたことがありました。
韓国人の女性は、 韓国で女医さんをしてた人で、韓国の病院で日本人医師と知り合って結婚し、日本に移り住んだばかりでした。  友人や知人の少ない日本で寂しいので、 在日の人と友達になって色々と教えて欲しいと思ったそうです。
それで私に在日コリアンの人を紹介してほしいと言ってきたのですが、 みんな断わられてしまいました。  「私は(在日コリアン)であって (韓国人)ではないから、話が合わないだろう」 というのが彼女達に共通する理由でした。
その理由にスジが通ってる気がしなくて、とても、なにか、彼女達の中のワダカマリを感じてしまいましたが、それ以上、突っ込めない空気が漂ってました。 

この未来への記憶を読んで、彼女達のコダワリというかワダカマリが少しわかったような気がします。

私のように近代の歴史に疎い人間には大変勉強になりましたし、読んでよかったとは思いますし、多くの人に読んでもらえたらなあと思いましたが、 ひとつもったいないことに、韓国名にルビがなくて読み辛かったです。 
漢字でも日本名なら一度ルビが振ってあればその後ルビなしでも覚えられるのに、 韓国名だと日本人からすれば特殊な読み方をするので、わからないのです。 人名が出てくるたびにひっかかってしまいました。 
黙読でも頭の中ではきちんと音に出して読んでるものなんですね。

未来への記憶 ・・・このタイトル、素晴らしいですね。
posted by tsukikohime at 01:30| Comment(2) | TrackBack(0) | やゆよ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月22日

5月22日物語 : 吉田さん、気持ち良いです


新宿のバーニーズ・ニューヨークで妻と幼い子供と買い物中に、 若い頃にいっしょに暮らした(その人)を見かけた場面から始まります。

もしかすると、 未だに若い男に入れあげて、 精も根も尽き果てているのかもしれない。  それとも少しは利巧になって、 若い愛人が部屋を出て行くときには、 貴重品をどこかへ隠すぐらいの図太さを持てるようになっただろうか。


オンライン書店ビーケーワン:春、バーニーズで

春、バーニーズで  吉田 修一  文芸春秋


なんて心地よいすべり出しでしょう。

だから、本読みはやめられない。 うれしいうれしいと思いながら読んでいたのですが、 これが短い話で、 えー、もう終わり? もっともっとー! 

でも、この一冊、 話がつながっていくわけではないのだけれど、 同じ主人公のある一日やあるシーズンが小品となって5品、入っています。 

5作というより、5品、 いや5皿という感じかな。

美しい皿に上品に盛り付けられた、 箸をつけるのももったいないような、でも食べずにはいられない魅力的なオードブルのような話が5品。

たとえば 夫婦の悪戯という話。
遠方の友人の結婚式の夜に泊まったホテルで、 妻が “狼少年ごっこ”をしようと言い出す。
お互いに一つずつ嘘をつきあう遊びだと言う。 相手を驚かせたほうが勝ちだというゲーム。

「俺な、若いころ、男と同棲してたことがある。 相手はオカマバーのママで、しばらく食わせてもらってた」 
それを聞いた妻は、 「う、嘘でしょ・・・」 「あ、そうか、嘘だ。 ・・・嘘なのよね」 という反応。  
その妻がついた“嘘”は、
「私ね、若いころ、一度だけ、 オジサンにからだを売ったことがあるの。 名前も知らないオジサン。 自分でやってみたいと思って、やったの」

この勝負は “引き分け” だそうです。

出勤途中で衝動的にハンドルを45度左に傾けただけの動作で、 会社方面に行く道ではなく東北自動車道に向かってしまった パーキングエリア という話。


子連れの女性と結婚し、 同居している姑とも円満で、 妻も妻の子もとても愛している一見平凡で普通のサラリーマンの過去の回想や現在の話と、最後に収められている 楽園という少し謎の話。

ストーリーも洒落ているけれど、スムーズに小説の世界に連れて行ってくれるこのなめらかな文章はすごく気持ち良かったです。

久々に読んだけれど、 吉田さん、いいなあ。
posted by tsukikohime at 10:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 吉田修一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月19日

5月19日物語 : 結婚は文化


仕事を辞めた元ゲームデザイナーの七郎。 妻は浮気。 妻とは『スープの冷めない距離のご近所別居』 を経て離婚。 七郎の大学時代からの友人でベンチャー企業の社長をしている津田。 津田の友人(?)であるキャバクラ嬢のサオリ。

オンライン書店ビーケーワン:パラレル

パラレル  長嶋 有  文芸春秋
 
別にどうってことのない話なんです。
別にどうってことのない主人公なんです。

それなのにどうしてこんなに読ませるのか。

計算なんかどこにも感じられないのに、 その実、隙がないほど巧い。

もう簡単に感情移入しちゃいました。

今の恋愛がうまくいってないのか、別居してからもタッパーに入れた食べ物を持ってやってくる妻がどうもやり直したいような様子だ。  
でも七郎は、 「知るものか。 彼女が僕を愛さないのは勝手だ。 結婚という契約だからということで仕方なく添い遂げられても嬉しくはない。 ただ、 向こうがうまくいかないからやっぱりこっち、という具合にされるのは嫌だ。 自分の行動に少なくともリスクを背負うべきだ。」 と色気のない正しさを胸に抱いている。

それなのにある夜、 妻が来なかったことでにわかに七郎は心配になる。
ひょっとしてあっちのワンルームマンションで倒れているのではないか。 何度電話しても繋がらず、 心配で眠れぬまま夜を明かし、朝一番の電車で部屋まで行ってチャイムを鳴らす。  応答がなく、 不動産屋にまで電話をする。 「マンション住人の家族だが、 連絡がつかない。 部屋の中でなにかあった可能性があり、 確認したいので部屋を開けてもらうわけにはいかないだろうか。」
ところが。  ところが、なのです。 
ここのくだり、 泣けちゃいました。 

あまりにも居そうで、 あまりにも言いそうなセリフで、 あまりにもわかりやすい心の動きで、 自分の知人の話を聞いているようで、 するすると納得しながら読んでしまったけれど、 ちょっと考えてみれば(まあ、考えてみなくても)、ここに出てくるような人たちみたいな知り合いなんて心当たりはない。   

長嶋有さん、 女性を主人公にしても、 「え、この作家、女じゃないよね。 それなのに、どうしてこんなに女がわかるの」 と感心してしまうのですが。

巧い人は、男を書いても女を書いても巧いのですねぇ。


そうそう、 この話の中にふたつ、 結婚式のスピーチが出てくるのですが、 すごく良いです。  使えそうですが、 使えこなせるかどうか・・・。 
posted by tsukikohime at 23:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 長嶋有 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月18日

5月17日物語 : 銭湯


夫と居ても安らげない。
セックスをしたい時だけ連絡をしてくる不倫相手と居ても、心の居場所がない。

彼らは私を傷つける。 でも、手放せない。

ある日、マンションの給湯設備が壊れ、なつ恵は、銭湯に通うことになる。

松の湯のぬるいほうのお湯に入っている時だけほっとする。

医者に余命いくばくもないないことを告げられたなつ恵は、 夫にも不倫相手にもそれを告げられない。 「わたしは死ぬのよ」 と喉まで出掛かっても言えない。

そんな折、なつ恵は、銭湯の前で (鳩)みたいな青年と出会う。

オンライン書店ビーケーワン:ヌルイコイ

ヌルイコイ 井上 荒野  光文社

夫や不倫相手に自分の重大な病気をなかなか打ち明けられないなつ恵。
認めよう。 打ち明けるのが恐いのだ。 わたしが死んでも死ななくても、 世界は何も変わらないことを、彼らから知らされるのが恐いのだ。

今日も松の湯へと向かう。 ぬるいお湯に入るために。 (鳩)に会うために。


井上荒野の文章は鋭くて冷たくて静かで好きです。
その上、この話はぴたっと私に寄り添ってしまいました。
始まりから終わりまで。

なつ恵さん、(鳩)に出会えておめでとう。

銭湯ね。 たまにはいいかもね。 びんの牛乳とかあるかしら。
posted by tsukikohime at 00:03| Comment(2) | TrackBack(0) | 井上荒野 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月16日

5月16日物語 : ララピポ


オンライン書店ビーケーワン:ララピポ

ララピポ  奥田 英朗  幻冬舎



これね、この表紙のカバー、 2重になっているんですよ。
どう見てもえっちな絵が、 鍵穴型にくり抜かれたところからちらっと覗いているんです。 表側の黒いのをめくれば全容が見えるんですよね。
そうすると、 このちらっとえっちなのが広がりを見せるのか、 それともだまし絵みたいになっていて、 期待した人にあははって照れさせることになるのか、 どっちかだろうなと思うのですよ。 

私は本屋さんで平積みされているこれを見て、 「あ、奥田英朗だ!」 と手に取ったのですがね、 かなり卑猥な絵のように思いまして、すぐ置いてしまいました。  人目を気にしたんですね。  だからもちろん一枚目のカバーをめくって下の絵の全容を見ることができなかったわけです。

図書館で借りようと。

リクエストを出しておいて、 今日、巡回するバスの移動図書館の人が持ってきてくれたんですがね。  図書館の本ですよ。  だから透明なビニールカバーがピシッとかかっているんですよ。  めくれないんですよ。

いや、ね、 その絵の全容がどうしても見たかったわけではないんですがね。 
奥田英朗ですからね。 読みたかっただけなんです。  こうやって言い訳すればするほどね、 疑わしさが出てきちゃうもんだなあ、なんて書きながら思いました。  しかし、 鍵穴ね。  オーソドックスだけど、 やっぱり鍵穴なんでしょうね。  覗きたくなるのが人情というものでしょう。

どうして、今日、こんな文体になっちゃうのかなあ。  そう呼ぶのかどうか知りませんが、 「言い訳文体」 ?

さて、(コホン)
これには、6つのお話が入っていまして、 連作というのでしょうか連携プレー短編とでも言うのでしょうか(そう呼ぶのかどうかも知りませんが)、 それぞれのお話の主人公が別の話では脇役になり、 脇役が別の話では主人公になっています。

第1話 WHAT A FOOL BELIEVES
第2話 GET UP, STAND UP 
第3話 LIGHT MY FIRE
第4話 GIMMIE SHELTER
第5話 I SHALL BE RELEASED
第6話 GOOD VIBRATIONS

全部、 歌のタイトルからきてるのかな?

総題の ララピポという意味はようやく6話目でわかります。

1話目。 どうしようもなく情けない男が出てきます。 笑えます。
2話目。 どうしようもなく情けない男が出てきます。 情けない人間シリーズなのだろうか。
3話目。 どうしようもなく情けない女が出てきます。 不気味です。
4話目。 どうしようもなく情けない男が出てきます。 怖・・。
5話目。 どうしようもなく情けない男が出てきます。 あらら。
6話目。 どうしようもなく情けない女が出てきます。 あ。

あ。 わかった。 
どうしてこんな装丁にしたのか。 すごく納得。

これは表紙のカバーがめくれないままの状態でもO.K.なんですね。
posted by tsukikohime at 21:52| Comment(2) | TrackBack(0) | 奥田英朗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月15日

5月15日物語 : 考えてみますか


5月ってなんだろう。
人間たちの元気がないように思う。

3月4月5月と進むにつれ、わたしもなんだか鬱々としてくる。

まわりの人たちも、しぼんでる気がする。

植物たちが活き活きとする季節。  周りには緑が日ごと鮮やかになっていくのに。

地球のエネルギー、 生命のミナモトみたいなものが、 植物や他の生き物たちにぐいぐい吸われて人間に回ってくる分が減っちゃうのかな。

人間は地球の主役ではないんだな、とあらためて思う。
地球の肥料にさえ今はわずかにもなることさえしてなくて。

春には、 人間は少しばかりおとなしくなっているのも、 それはそれで自然なことなのかもしれない。 

・・と、好きなようにオチをつけるつきこさん。

考えないでぼーっとするのも気持ちの良いものだけれども、 ずんずん考えていくのもおもしろい。  なんかね、とんでもない方向にまで行っちゃったりしますけど。



「考えろ考えろ考えろ」 が口癖の主人公。

昔、子供の時に観たテレビドラマ「マクガイバー」の主人公が何か困難にぶつかると、自分に言うセリフなのだそうだ。

世の中、なんか間違っていないか、 間違っていると思っているだけで行動しなくていいのか。 この国の政治はおかしくないか。 憲法改正問題はどうなんだ。 憲法の改正は国民の過半数の承認が必要だったはずなのに、 いつの間に 有効投票の過半数ってことになったんだ。  どこかおかしくないか、 どこがおかしいのだ。

俄かに登場する政治家・犬養。 この国を5年で変えて見せると言う。 実行できなければ首をはねられてもかまわないと豪語する。

この男であれば、 「自由の国」や「人口13億人の国」にも、 毅然とした態度で立ち向かってくれるのではないか。 

はじめ失笑を買っていた犬養だが、 国民の圧倒的な支持によって5年後には首相となっていた。

考えろ考えろ考えろ。

・・・ファシズムの始まりではないのか。 これは。
カリスマ性のある犬養は、 ムッソリーニと同じではないのか。

オンライン書店ビーケーワン:魔王  
魔王  伊坂 幸太郎  講談社 2005.10


他人に自分の思ったことを言わせる腹話術の超能力を身につけた兄が主人公の魔王と、その弟(彼も兄の死後から特殊能力を身につける)の恋人が語り手となった呼吸の2部構成になっていますが、 どちらもものすごく中途半端な終わり方をしています。  問題提起をいっぱい出してそのまま与えっぱなしにされたような・・・。

作者が言いたかったことは、「考えろ考えろ考えろ」 ということなんでしょうかね。
読者よ、 考えろ考えろ。 「君ならこのストーリーをどう続ける」 「彼に何をさせたい」 もしくは 「何をさせたくない」。 そして今の日本をどう思う?

う〜ん、 伊坂幸太郎は、憂いているようです。 

「考えてみますか?」 と言って、 我が家の2名の若者にこの本を渡しました。

2006年本屋大賞候補作です。 読むか読まないか、・・考えてみてください。
posted by tsukikohime at 22:30| Comment(2) | TrackBack(0) | あいうえお | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月14日

5月14日物語 : おひざのうえで


オンライン書店ビーケーワン:バムとケロのにちようび  バムとケロのにちようび

オンライン書店ビーケーワン:バムとケロのそらのたび  バムとケロのそらのたび

オンライン書店ビーケーワン:バムとケロのさむいあさ  バムとケロのさむいあさ  島田 ゆか作 絵

子供がほんの小さい頃、 生まれてすぐから絵本を毎日読み聞かせていて、 一日に20冊、30冊は読んでいたと思う。 
こどもって同じ絵本を何十回読んでもちっとも飽きなくて、でも読むほうは飽きてしまうので週に一度くらいは図書館に行ってたくさんの絵本を借りてきます。
たまには買っていたけれど、いつの間にかどんどか増えていってとてもとても置くところが足りない。
それで、欲しいー! と思うのがあってもできるだけがまんがまん。 定期に買う 「こどものとも」の年少版や年中版、年長版 以外は(できるだけ)がまんがまん。
でも、どうしてもこれは欲しかった、 がまんできなかった。 はい、私がです。

このシリーズ、 メインのキャラクターはもちろん、他のこまごまと隠れているものがとてもかわいい。  キャラクターたちが住んでいる家のインテリアも愛らしくて、 ページをめくる度に、 あら、こんなところにこんなものが・・と発見があって楽しいのです。 バムとケロの進行するストーリー以外にもページの隅っこのどこかで別の小さな生き物の別のストーリーが進んでいて、そちらも追っていく楽しさがあります。  この絵本、 ひとりで見るよりも子どもたちといっしょに 「ほらほらこれ」 「あれー、こんなところにこんなの居たの、知ってたー?」 なんてかわいい物(者)探しするのが楽しみでした。

今でも私がひとりで開いていると、中1の娘も中3の息子も隣にきて覗き込んでいます。

他の絵本でも、 まさか中学生が見るとは思わないかもしれませんが、 棚に置いてあるのをたまにすっと取り出して読んで(眺めて)たりします。  どんなココロモチになっているのかな。

今日、 海ちゃんと空くんが、 ケーキと鉢植えのカーネーションとアボガドとおせんべいをプレゼントしてくれました。 
うれしや。

お礼に絵本の読み聞かせなんぞ久しぶりにしてしまいました。
もう、ひとつのおひざににひとりずつのっけてあげれませんでしたけれどね。 


DVC00120.JPG
posted by tsukikohime at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 絵本・童話・詩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月13日

5月13日物語 : 壮絶



6Bの鉛筆の芯をばきばき折りながら、 一文字一分の命を削って書いたのではと思われるような 車谷さんの作品。
読んでるこちらも奥歯に力が入ってしまって読み終われると疲れてしまいます。
この一ヶ月で車谷さんは4冊目。 はまっちゃったのね。
あごが痛い。

       オンライン書店ビーケーワン:飆風

   飆風 ひょうふう 車谷 長吉  講談社

ストレスによる心因性の心臓発作に襲われ、 医者から書くことを止めるのが一番と言われても、 胃潰瘍になっても、 下痢が止まらなくても、書く。 書く。 書く。
漂流物が芥川賞の候補に上ったが落ちた。 候補に上って落ちるのは二度目だ。 
書きかけの 赤目四十八瀧心中未遂を完成させて、 これで直木賞を取ってやる。

ある日、彼は妻に言う。
「ああ、俺は気が狂った。 アロエの毒を呑まされた。」
「誰に。」
「誰にだか判らない。 俺の頭の中を風が吹いていくんだ」 
「風?」 
「飆風だ。 ああァ。」

靴や下駄やスリッパが空中を飛ぶ。
家の中では階段、 廊下が流れている。
外に出れば、道が流れている。
手が直接なにかに触れるのが恐ろしい。
一日に5時間も6時間も雑巾がけをするようになり、 日に500回も600回も石鹸で手を洗う。 手を洗う自分が嫌で堪らないのに、 手を洗うのを止めれば自殺の誘惑が襲ってくる。

「強迫神経症」と医者に診断され、 投薬を受けながら、後に直木賞を受賞することになる 赤目四十八瀧心中未遂を完成させるのだ。
この間にもいくつかの短編を書いている。

そんな崩壊していく自分の姿を書いたのがこの 「飆風」 という作品です。

なんだかいやはやもう壮絶な私小説。


赤目四十八瀧心中未遂 については こちらに書きました。
posted by tsukikohime at 23:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 車谷長吉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月12日

5月12日物語 : 石田さま


私は時々、あなたがわからなくなります
あなたのやさしい心は好きなのに
私は時々、あなたがわからなくなります

あなたは時に、 驚きと喜びで私の心を震わすのに
あなたは時に、 私を失望させます

あなたは時々、自分が見えなくなるようで
ひとりよがりになるようで

そして、 あなたはそのことにきづいていない
そのことが私を悲しくさせるのです

あなたはきっと私を喜ばせることだけを考えているのでしょう
そんなあなたを誇りに思うのに
あばたもえくぼのはずなのに
冷ややかな目になるのは
私の想いが足りないせいなのでしょうか
それとも私が間違っているのでしょうか
私にやさしい心が足りなくて
あなたの心が読めないのでしょうか

「ぼくとひかりと園庭で」は、私をとても戸惑わせたけれども
それでも私はやはりあなたが好きなのです
どうしても
嫌いになれません
                      

追伸・・これは、(絵本)の分類の棚でよろしかったでしょうか。


オンライン書店ビーケーワン:ぼくとひかりと園庭で 

ぼくとひかりと園庭で  石田 衣良  徳間書店
posted by tsukikohime at 23:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 石田衣良 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月11日

5月11日物語 : 江國さんの東京タワー


江國香織の小説は何冊か読んだことがあるのだが、 例えば 「どんな感じ?」 と聞かれてもすぐには思い浮かべられなくて、 本を取り出して、ぱらぱらとめくって、 「ああ、こんな感じかあ」 と思っても、それを言葉にしようと思っても、ぴったりのものが見つからない。

「官能的」といえばあの人だし、 「透明感がある」といえばあの人だし、 「あたたかみのある」といえばあの人だし、 「匂い立つ」といえばあの人だし・・・ と、当てはめようとしてもすでに他の作家のほうがはっきりとその特徴を武器にしていて、 はて、江國さんらしさを説明する独特の表現はなんだろうと考えてしまう。

ひっかかりがなくて、悪くはないけれど印象が薄い。

・・と、これはつきこさんの感じ方なのであって、するとつまり江國さんの作品から共感を得る部分が私にはあまりないなのだろうな。

登場人物の年齢とか、 属する社会とか、 恋愛対象人物の設定とかが、私にとってリアリティがない、 とそうゆうことを言っているのではなくて、 洒落たセリフに感心したり、登場人物の思考に、うんうん、そうゆうのってあるわよね、わかるわかる、と思う部分もたくさんあるのだけれども。

とりあえず 備忘のために軽くメモを。

透と詩史、耕二と喜美子、 対照的なタイプの20歳の大学生と、 それに見合ったタイプの年上の女性との恋愛(不倫)話。
透と詩史の恋は、 生活感を感じさせないぎとぎとしてない恋で、 耕二と喜美子は、 肉欲にはまっていくような恋。 

透と耕二が友人同士で、 ふたつの恋に交差はないけれど、 透と耕二の主観で語らせることによって、その対照的な恋愛が浮き彫りになってきます。

透と詩史。
耕二と喜美子。

わかりやすい名前のつけかただなあ。

映画では 透・・岡田准一、 詩史・・黒木瞳。  
      耕二・・松本潤、 喜美子・・寺島しのぶ

わかりやすいキャスティングだなあ。


文章力もある。 感情の表現も上手。  

でも、 食い込んでこないのよね。 「あ、そうですか・・」 と読み終わりました。

          オンライン書店ビーケーワン:東京タワー  
   東京タワー  江国 香織  マガジンハウス
posted by tsukikohime at 15:10| Comment(0) | TrackBack(0) | あいうえお | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月10日

5月10物語 : 蓬の野

ずれている、と思う。
道に迷っていると思う。 
迷子だ。

ずれている。 きっと正しくはない。 ちがうところに向かっている。
振り返ると、人々は小さくて、ぐっと目を凝らしてよく見ると、皆がわたしとはちがうほうへ歩いている。
人々の横顔は小さく笑っているようにも見えるし、かすかに怒っているようにも見えるし、前だけを見てただもくもくと歩いているようにも見える。 
よくわからなくて、ポケットをたたいて望遠鏡を探すふりなどしてみたが、もとよりそんなものを持っているはずもないことはわかっていた。 ほんの少し努力しているふうにしてみたかっただけだ。 目になにかまぶしいものがちかちかと突き刺さり、確かめることはすんなりあきらめた。

迷子だ。
 
それは違いますよ。 迷子ではありませんよと声が聞こえる。

声は少しかさかさしていてひんやりとふるふると震える。
気持ちの良いその声は、どこかで聞いた声で、 ちょっと頭を下げて胸を見たら、自分の声だと思い当たった。  
わたしはいろんな声が出せるのね。  
そうですか?  いつもあなたにはやさしい声で話しかけていますよ。  
そうでしたか、それはどうもどうも、ありがとうございます。  
いえいえどういたしまして、だってなによりわたしはあなたが一番大切なんですから。
少し、ぎくっとする。
150年間愛していたいただれかに、いっしょに暮らしませんかとささやかれたように頬が熱くなる。
どうしたの? と顔をのぞいているようなので、 頭がもやんとした。
黙っているとずっとのぞいているようなので、 「わたしは恥ずかしがりやなので」 と出まかせを言って、のぞくのをやんわりやめさせた。 

わたしは迷子ではないのですね。

道草を食っているだけですよ。

ずれていないのですね。

あ、ずれてはいますよ。

「えっ」

小さく驚きの声を発すると、 「だって」とか 「ずれるという概念は」とか 「比較対照が」とか 「語彙力が」とか 「腹蔵ない」とか、ぐちゃぐちゃとつぶやくのが聞こえてきた。

わたしはつまらなくなって道端の草を見た。  あれはヨモギだろうか。  あるかなしかの風につままれて綿色の葉裏を見せている。

「あの」

はい?

道草を食っているだけですよ。  散歩と言い換えてもよいでしょう。

本当にヨモギかどうか確かめようとわたしはしゃがんで葉に触れた。

ええ、ええ、 確かにヨモギは食べられますね。 蒸して干して挽いて炊いたもち米に混ぜて草もちを作れますよね。 良い香りが漂ってきそうです。 お腹がすいてきませんか。

答えずにしばらく葉っぱをいじっているとまた聞こえた。
  
「あなたは道草を食っているだけですよ」 
 

ありがとう、 
もう一度言ってほしかったのです。


     
posted by tsukikohime at 21:15| Comment(0) | TrackBack(0) | ん・・こぼれごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月09日

5月9日物語 : これこそ


連想ゲームをしているわけではないのですが、 「うつくしい子ども」がきて「誰よりも美しい」がきて「への恋文」がきて、そして小川洋子さん。

どうして小川洋子さんなのかって・・?

それは コチラ を見ていただくとして・・・

父への恋文→藤原咲子→新田次郎→藤原正彦→小川洋子、とゆうわけです。

「博士の愛した数式」は、 小川さんにしてはおとなしいお話で(小川さんらしさ)が少なめでしたが、この1冊「完璧な病室」は、これこそ小川さんの原点ともいうべき作品です。 なんといってもここに収められている 「揚羽蝶が壊れる時」は、小川さんのデビュー作で海燕新人文学賞受賞作です。 長らく絶版だった最初期作品の文庫化なのでぜひぜひ。 ・・と自信を持ってお薦めしたいところですが、 小川さんの書く官能的な文章は、もしかして「血が苦手〜」というタイプの人にはぐっとこみあげてしまうような表現もあるので、それを承知で読んでいただきたいです。
つきこさん? つきこさんはわりと平気です。 女性はたいてい平気なのかもしれません。

ストーリーを追うというより、文章が繊細で美しく、 手の平の上にそっと乗せて壊れないように大切に読みたくなります。

小さい頃、田舎に住むおばあちゃんに 「牛乳は噛みながら飲まないとお腹をこわしますよ」と言われ、 どうして液体なのに噛まなければいけないのか、カルピスとかヤクルトも、ひょっとして噛まなくてはいけない類いかな? なんて思いましたが、 変な例えですが、 小川さんの文章は噛みながら飲む液体のような感じがします。  そうしないとお腹をこわすわけではありませんが、 ゆるゆる流れているのに咀嚼したくなります。  とてもやわらかなゲル状のドリンクのように。

完璧な病室
揚羽蝶が壊れる時
冷めない紅茶
ダイヴィング・プール 
の4編。

生活感のない病室で死期が迫った弟と過ごした清潔な時間の記憶を哀しく懐かしむ主人公。 
弟はあの病室のあのベッドの上で、 いつでも完璧に穏やかで、 完璧に優しかった。 弟の首筋は完璧に滑らかで、 弟の吐く息は完璧に透明だった。 だからよけいに、哀しい。
いつか見学した卵巣の手術を思い起こさせるようなビーフシチューを美味しそうにすする夫。  精神が壊れた母が庭に置いたケーキの上を這う蟻たち。
ぶどうの汁しか喉を通らなくなった弟はあんなに清らかなのに。
―生活に関するあらゆる物をダスト室に投げ込んで、 ガラス細工のようにすずやかに生きていけたら・・・・・  (完璧な病室)

「本当の現実なんて、 いったいどこにあるんだろう。 ・・・ 正常と異常、真実と幻想の境界線なんて、 こんなふうにあやふやで、 誰にも決定できないものなんじゃないかな。」 (揚羽蝶が壊れる時)

自分の秘密が暴かれていくような怖さと恥ずかしさとため息でもって読みました。

オンライン書店ビーケーワン:完璧な病室

完璧な病室  小川 洋子  中央公論新社
posted by tsukikohime at 15:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 小川洋子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月07日

5月7日物語 : 父への恋文


(子)ときて、(妻)ときて、(父)ときました。 たまたまです。

父は八甲田山死の彷徨、 孤高の人、 アラスカ物語、 武田信玄などの著者新田次郎、 母は流れる星は生きているで、ベストセラー作家になった藤原てい、 次兄は数学者でエッセイストの藤原正彦、という才能あふれる一家の末子で長女の藤原咲子による 父への恋文 新田次郎の娘に生まれて

 オンライン書店ビーケーワン:父への恋文  山と渓谷社

「チャキ、 お父さんが死んだらね、 作家新田次郎はこんなふうにして書斎で原稿を書いていたっていうこと、 ちゃんと覚えていて、 しっかり作品に残すのだよ」 
果たして本当に約束が守れただろうか。 と、あとがきで結んであるが、さてどうでしょう。  

命を削るようにして作品を次々と生んでいった新田次郎の様子はよく伝わってきたし、 どんなに父が咲子を可愛がり愛し、 咲子がどんなに父を尊敬し愛していたのかが書かれてはいたのだが。

12歳の時に、母の書いた「流れる星は生きている」 の中の 「咲子はまだ生きている。 咲子がまだ生きている。 でも、 咲子が生きていることは、 必ずしも幸福とは思えない・・・。 背中の咲子を犠牲にして、 ふたりの子、 正弘、 正彦を生かすことが・・・」のくだりを読んで、 ショックを受けて自殺未遂を図った時の遺書のところなど涙してしまったが、 随所随所に母への不信感を持ち続けている恨み辛みの文章が少々多すぎるような。 
会う人会う人から 「君があの(リュックの中に一年近くいた)咲子ちゃんなの?」、 「君があの(乳の代わりに草の汁や泥水で育った)咲子ちゃんなの?」、 「君があの(兄たちの命と引き換えにされそうになった)咲子ちゃんなの?」 と言われ続けて彼女の人格は破綻寸前に追い込まれ、それを未だ引きずっているのは仕方の無いことだと思います。
自分の存在をも脅かす辛い事実を知ってしまって、 父からの愛情だけが彼女を生かし続けた光だったのでしょうね。 

ベストセラー作家になりその印税で吉祥寺に一軒家を建てた妻、満州から3人の子どもたちを無事全員連れて引き揚げて生還してきた強い妻に対して驚愕と感謝と尊敬の気持ちを持ち頭が上がらない父に、 咲子はおもしろくない思いを抱えている。
気象台の仕事をしながらも作家業を続け、 筆を折ることをしなかったのは、 男としての屈辱があったからではないだろうかと咲子は書いている。

作家としての新田次郎、 父としての藤原寛人を書くことは成功していると思うが、 これは、藤原咲子が抱えている苦しみ、トラウマからの脱出のための気持ちを整理するための書でもあるな・・と思いました。
 

うちの咲子はかわいいな
おめめぱっちり母さんに
ほっぺはばら色父さんに
ほんとに ほんとに かわいいな

こんな自作の歌を歌って、 顔を見るたびに「咲子はいいこだ、 かわいいな、いいこだな」 と繰り返す父に咲子は子どもの頃から、嫁に行っても、そして父の死後もずっと恋に似た感情を持ち続けているようです。 そして彼女にとっての最大の恋敵は母・藤原ていだったのではないでしょうか。

 
posted by tsukikohime at 11:01| Comment(2) | TrackBack(0) | はひふへほ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月05日

5月4日物語 : 美しい妻

昨日の「うつくしい子ども」 の 次は、 「美しい妻」
明日は 「美しい夫」 だろうか?  そんなのあったとしても読まないですね。

美しい妻・・・それも 誰よりも美しい妻です。

オンライン書店ビーケーワン:誰よりも美しい妻

誰よりも美しい妻  井上 荒野  マガジンハウス

主人公の安海園子(33歳)の夫の惣介は著名なヴァイオリニストだ。年齢は園子よりひとまわり上。
どれくらい美しい妻なのかというと、 
妻は美しい女で、 さらにときどき、 ぎょっとするほど美しく思えるときがあり、 「あんたはほんとに美しいね」と、 惣介はしばしば口に出してしまう。 ・・・くらいで。 

ご本人も、
園子は自分を美しいと思う。  今は夏だとか、 今日は雨だとか思うのと同じように、 そう信じることができるのは、 同じ単純さと明白さで、 惣介がそう信じているのを知っているからだ。  美しさなんていうものは、 自分にとって必要なただ一人の男のためだけにあればいいのだと園子は思う。  惣介のように、 手放しで妻の美しさを賞賛する男を夫に持つのは、 なんて幸福なことなのだろう。  おかげでほかの女たちのように、 他人の美しさをねたんだり、 もっと美しくなりたいと渇望することから解放されているのだから。
 ・・・なんて思っている。

「園子を失ったらおれは生きたまま死んでしまう」と信じている夫は、 それとこれとは別物なのだろう、浮気癖がやめられなくて次から次へと新しい愛人を作っては飽きる。

新しい恋が始まりそうな時、 その恋がうまくいっている時、 うまくいっていない時、 なんだかもう別れたくなってしまっている時、 夫の様子で手にとるように今の恋の進行を感づいてる妻なのだが、 気付いてないふりをしてあげている上に、 恋をしている最中の夫の不安定な感情(はしゃいだり、 ふさいだり) を上手にサポートしてあげてもいる。
  
惣介にとって、 妻を愛していることと、 誰かに恋をすることは、 両立することなのだ。  若い教え子たちに栄養をあるものをなどと言って新しい恋人を含む学生たちを家に招いて妻の料理のうまさを見せたがったり、 今日は着物にしたら? などとアドヴァイスして妻の美しさを際立たせて皆(恋人も含む)に感嘆の声を上げさせたりして嬉しそうな惣介。 

いったいこんな男のどこがいいのか、 調子に乗りすぎですよ、 と美しさの自信を持たない私にはわからないのだが。

「私が夫を愛することをやめたら、夫は廃人のようになってしまうだろう。少なくとも、ヴァイオリンは弾き続けられないだろう。それは、それほど夫が私を愛しているからではない。私が夫を愛しているからだ。私が自分を愛し続けることを、惣介は信じているからだ。宗教のように。
そういえば彼はよく言う。『あんたは俺の神様だ』と」

・・などと園子は思っているのだ。

この話はどこへ向かっているのだろうと読みながらずっと思っていた。  自信たっぷりの美しさと愛は、何かをきっかけに崩れていくのだろうか。  そうじゃなければ小説ではない。 
半分くらい読んだところで、 惣介自身が(今回のはどうもいつものと様子が違う、やばいぞ)と思う女に警戒心を抱きながらはまっていきだす。
うんうん、それでこそ小説。 さあ、それでどうなるの。 やっとわくわく。


ストーリーのことばかり書いてしまいましたが、 園子、園子の夫、息子(小学6年生)、夫の元妻、夫の愛人を代わる代わる一人称で語らせそれぞれの登場人物たちの表にあらわれない不安感や孤独感を際立たせる技術と、よく切れる刃のような冷たい輝きを放つ文章にひきずられて読みました。


さて、外見の美しさはともかくも、 夫にとっての「美しい妻」とは 「完璧な母」 と同義みたいですね。 「母港」みたいな。


(「完璧な母」 「母港」 と書いたら、 「岸壁の母」 なんて言葉を連想してしまった自分が情けなくなるつきこさんでした。)
posted by tsukikohime at 01:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 井上荒野 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月04日

5月3日物語 : うつくしい子ども

オンライン書店ビーケーワン:うつくしい子ども

うつくしい子ども  石田 衣良  文芸春秋


またまた石田衣良さんのやさしさが伝わってくる小説を読みました。 この人は本当に子どもが好きなんですね。

主人公の男の子は(ジャガ)と呼ばれるにきびあとが顔に残る14才の中学2年生。 学校が大好きで、 嫌な奴もいるけれど話のわかる仲間もいる。
ある日、 彼の住む町で9歳の女の子が行方不明になった。
数日後、 女の子は無残な死体となって緑深い小山にある用具小屋の中で発見された。
猟奇的殺人事件の犯人は、 (ジャガ)の1歳下の弟カズシだったのだ。

これは、神戸児童連続殺傷事件、 いわゆる酒鬼薔薇聖斗事件をモチーフにしたものです。

被害者ではなく、 加害者の側の家族に突然襲い掛かった苦悩の日々。
しかし、ジャガはマスコミの追っかけや学校でのいじめや周囲の視線から逃げることをせず、 弟を想う。
弟はなぜあんな事件を起こしてしまったのか。

「それが最悪のおこないでも、 誰かがわかってやる必要があるのではないのか。 そうでなければ、 犯罪をおかした人は一生ひとりぼっちになってしまう。 最低の人間だって、 誰かそばに寄り添ってあげてもいいはずだ。 それがぼくの弟ならなおさらじゃないか」

弟の心を知りたいと思い、 友人の助けを借りながら、 弟が学校の図書室で借りた本や、 弟が観たホラービデオを観てみたり、 過去の作文などを調べたりするのだが、 そのうち弟に強い影響力を与えていたある同級生の存在を発見するのだ。 
弟ひとりの力で起こした事件ではなかった・・というあたりにかすかな光が残されています。

子どもを温かく見つめる目を持ち、 最悪な状況でも必ず救いを残す石田さんですが、 酒鬼薔薇聖斗事件をモチーフに・・というのはいただけないなと思いました。  読んでいて思い出してしまいます。
事件を思い出すのはもちろん、 以前読んだ『「少年A」この子を生んで……―父と母悔恨の手記』も思い出してしまう。  加害者の家族(父母)の視点でもちろん書かれたものなんですが、 読んでいて「???」 と首をかしげてしまったんです。 事件に対してはたくさんの謝罪の言葉を書いています。 でも母親としての感覚、ちょっと変。 事件前から見え隠れしていた息子のおかしな行動やサインをまったく気にも留めていなかったなんて。 そのちょっと変?具合が文章から読み取れてしまいます。

オンライン書店ビーケーワン:「少年A」この子を生んで……

「少年A」この子を生んで……  「少年A」の父母著  文芸春秋


石田さんがあの事件から発想したとしても、 遠く離した物語にすればよかったのに。  犯人の兄の一人称で書かれた文章、 新聞記者の視点で書かれた文章が上手く組み合わさって流れによどみがなく、さすがは石田さん、なのですが。

石田さん、好きだから他のを読もうっと。
posted by tsukikohime at 01:27| Comment(4) | TrackBack(2) | 石田衣良 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月03日

5月3日物語 : (番外編) ありがちですが


1日、1,2冊の本を読んでいるのですが、なにか余計なお遊びをしたくなっている今日この頃で、 バトン拾いなどしております。 


【意外とありがちバトン】


1. とんがりコーンを指にはめたことがある

 → ふつう、はめるものですよね。 10本ともはめるのってけっこう技術がいります。

2. バームクーヘンをはがす

 → 一度はやるものですよね。 今はやりません。 大人ですから。

3. 扇風機の前であーーーって言う

 → あーーーっ いーーーっ うーーーっ あ〜ん、まで一通りは。 が行とかぱ行とかも。 喉が渇きます。 今はやりません。 扇風機がありません。

4. ポッキーのチョコの部分だけを舐めとる

 → 美味しさが半減しそうなので、しません。 チョコがないポッキーなんてプリッツです。

5. 全校生徒の前でバンド演奏という妄想

 → えーと、 実際やりました。 パートはベースギターでした。  私とキーボードが女の子で、 他のメンバーが男の子。 途中から興奮したアメリカ人の先生がマイクを奪って歌いだしました。 大昔の話です。

6. 自分の写メを何度も撮って、自分が一番カッコ良く可愛〜く写る角度を研究する

 → しません。 

7. 歩いてるとき余計なこと考えて足がグキッてなる

 → 余計なことって? いつだって余計なことばかり考えている気がします。 そしてグキッは、よくやります。 一回やると足首が癖になるようです。

8. カップ焼きそばを作ろうとしたが、お湯を入れる前にソースを入れた

 → そんなことをしている人なら見たことがあります。 何か意味があるのかもしれないと思って、あたたかく見守りました。

9. 自転車に乗ってる時ペダルを踏み外して空転したペダルがひざの裏にヒット

 → 踏み外したことはありますが、 その結果どうなったかは覚えていません。 誰も見ていないのに照れます。

10. 部屋の電気のひもを使ってボクシング

 → んー、しそうだけどしたことなかったと思います。 なかなか素晴らしいトレーニングですね。

11. 鏡をみて、「自分はカッコぃぃ、カワィィ」とか思うけど、それは光や角度の問題で町の外で ふとガラスに映った自分を見て落ち込む

 → 鏡をみた時点でいつも落ち込みます。

12. 自分の声を録音して聞いて、死にたくなる

 → 図書館で目の不自由な方用に本を朗読してテープに吹き込みます。 子供のような幼稚な声に寒気がします。 録音より対面朗読の仕事のほうが好きです。

13. 深夜にやっている映画を勝手にエロだと勘違いして夜更かしして後悔する

 → ないですよ(笑)

14. 街中で考え事してて、他の人に聞かれてんじゃと思い聞いてんだろ?と、意味不明なテレパシーを送る

 → 意味不明なテレパシーが送られてくることはよくありますねえ。 

15. 向かってくる歩行者をかわし損ねて、フェイントのかけ合いみたいになる

 → 昔はありましたが、最近はあまりありません。 ゆっくり歩くからでしょうか。 

16. 全部でいくつ当てはまりましたか?

 → はて?

17. バトンを渡したい人
 
 → ありがちなことをしそうな誰かさんに渡したいです。 テレパシーを送りますね。  テレパシーが届いたら、記事にするか、心の中で答えてくださいね。


遊んじゃった。ふふ。 本の紹介の記事、 今日か明日書けるかな。


 
posted by tsukikohime at 16:10| Comment(8) | TrackBack(2) | バトン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月02日

5月2日物語 : 火に油


胸も尻も少年のように平坦で、 髪も爪もきっちり切り揃えられていて、 とてもセックスアピールがあるとはいえない容姿のさとるに、 鉄男は恋をした。
しょっちゅう貧血は起こすし、 おどおどとしていて神経症で対人恐怖症気味。  10時の門限はかたくなに守る。 でも、最初のセックスはさとるのほうから仕掛けてきたようにも思えるし、 それについては積極的だし、 なぜか上手い。  ふっと口を閉ざしたり、 鉄男の友達ともうまく馴染めず、 会話の途中で急に目に涙を溜めたり。

鉄男は女性にもてる。 何故だか女の子に不自由したことが無いのだ。
どの子とも、 真面目に付き合ってきたつもりだ。  週に一度のデート、 一日おきの電話、 イベントにはプレゼント、 そして避妊も忘れない。
誰かと付き合うことになれば、 まず何度か映画を見て食事をして酒を飲む。
彼女はきっとディズニーランドに行こうよと言うだろう。
天気のいい休日に鉄男は車を出し、 湾岸を走ってディズニーランドに向かう。
一日はしゃいで遊び回り、 夜はどこかで抱き合うのだろう。   そういう成り行きが嫌いなわけでもない。
眩暈がするほど嫌なのは、 鉄男が想像したとおりに事が進むことだった。

そんな鉄男は、 どこか普通の女の子とは違う掴み所のないようなさとるに恋をしてしまった。

実は、 これは、 鉄男の恋の物語ではありません。
家族の、 家族だからこそ起こり得る恐ろしい愛憎劇です。

オンライン書店ビーケーワン:群青の夜の羽毛布  
群青の夜の羽毛布  山本文緒  幻冬舎


ある日、 鉄男は車で事故を起こしてさとるを門限までに送ってやることが出来なくなった。 必要以上にびくびくとしているさとるを家まで送っていくと、 さとるの母親は 「夕方に帰って来る約束だったでしょう。 それに門限は何時なの。 何のために時計をしてるの」 と激怒してさとるを殴るのだ。
「遅くなったのは僕のせいです」 と頭を下げる鉄男などには目もくれず、 めちゃくちゃに娘の頭を殴る。 「や、やめて下さい。 僕のせいなんです。 さとるさんは悪くないんです」 という鉄男の頬までも叩き、 泣きじゃくるさとるをずるずると引きずってドアを閉めてしまった。

少しずつ明かされていく母と娘の断ち切れない陰湿な関係。 奔放で明るい振る舞いの妹のみつる。 そして父親は?

合間にカウンセリングを受けている誰かの会話が何度か挟まれているのだが、 いったいそれは誰なのかなかなかわからない。 
さとるなのか、 ひょっとして妹のみつるなのか、 常軌を逸したような怒りを見せる母親なのか、 はたまた鉄男なのか、 居るのか居ないのかまったく姿の見えない父親なのか?  
私の予想はくるくる変わり、 はずれて、 やっとわかったと思ったら、 カウンセラーまでもが意外な人物で、まさか・・そんなぁ!

山本文緒 の書くものには一度もがっかりさせられたことはないけれど、 これは、かなり・・すごい。

若干22歳のなかなかの好青年鉄男は、 24歳の恋人さとるをこの恐ろしい母から救い出してくれるのだろうか、 それとも恐れをなして逃げ出してしまうのだろうか。

あーあ、 鉄男ったら、 なんであんなことしてしまうのよ。 
どなたか鉄男の行動を説明(代弁)してくださるかた、 いませんか? 
posted by tsukikohime at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 山本文緒 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする