2006年02月28日

2月27日物語 : オロロ畑でつかまった


コピーライターという仕事は消費者の心を掴む言葉を考え出すのが仕事だから(それ以前にクライアントの心を掴まなくてはならないが)、コピーライター出身の作家はこれほど読者を惹きつけて掴んで離さないのかしら。

「言葉を駆使してなんぼ」の世界で鍛えられたからだろうか。

奥田英朗もコピーライターだったが、荻原浩もそうだった。 林真理子も。

ただ林真理子の作品は以前にここに書いた 長ネギが出てくる話で嫌悪感を抱いてしまったためそれ以来読んでいないのでよくわからない。
あれはなんだっけ。  えーと 「白いネギ」という短編だ。  うっ、思い出してしまった。
林真理子も上手いらしい。 
ほとぼりが冷めたらまたチャレンジしてみるかも。  いつほとぼりが冷めるだろうか。

もちろん、すぐれたコピーライターが全てすぐれた作家になれるわけではないけれど。

奥田英朗にも荻原浩にも感じられるのは、人間に対する暖かさや優しさだ。 弱者に対する優しい目。 強い人の中の弱い部分もきちんと嗅ぎわけられる嗅覚。

ちょっと古い本だけれども(もう9年になるのかー)また読み直して荻原浩って、最初からうまかったのねーとあらためて感心したので書きます。

オロロ畑でつかまえては、荻原浩がまだ現役のコピーライターをやっていた時に書いたもの。  

オロロ畑でつかまえてで第10回小説すばる新人賞 (1997年度) を受賞してデビューし、脚光を浴び、そのあとも順調に作品を出し順調に売れていたのに、驚いた事にコピーライターの仕事を6年位続けていたそうだ。
作家だけでは食べていけなかったからだそう。

作家ってひとつふたつ賞を取ったくらいでは食べていけないのね。 大変なのね。

賞を取って少し売れ出したからといって 「僕は作家だ」とすぐにもとの仕事を放り出さないところが堅実だと思う。 そんなことしてつまらないエッセイで食いつなごうとしなかったあたり。
そんなふうに小説でデビューしたのにいつのまにかエッセイストやコラムニストになってしまって 「え、あの人、昔、小説書いてたの?」 なんて言われてるような人もいるし。

オロロ畑でつかまえてはユーモア小説だ。

ドタバタ劇で笑わせつつ、ちょこっと風刺も織り交ぜて、人情話でほろりとさせて、憎たらしい悪役をぎゃふんと言わせて、さわやかに終わる。
ユーモア小説の典型的なパターンだが、まったく飽きさせずに、新人だなんて忘れてしまったくらい安心して楽しめました。
ジェットコースターを降りたあとしばらく笑い顔がおさまらないような気分に似て 「娯楽したー」 という読後感でした。

どんなストーリーだったかは書きません。

選評者の井上ひさし氏のことばだけを紹介します。

「文章は軽妙にしてユーモアに満ち、話は風刺の力にあふれて爽快であり近ごろ稀(まれ)な快作である。 こういう作品に余計な選評は不要、 とにかくお読みになって、 読者それぞれの立場でたのしんでいただければよい」


オンライン書店ビーケーワン:オロロ畑でつかまえて オロロ畑でつかまえて 荻原 浩著 集英社 1998.1
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2006年02月26日

2月26日物語 : 素敵?


そんなに親しくもない近所のおばさんや、そんなに親しくもない子供の同級生の母親や、長いこと会ってない親戚のおばさんにつかまってしまった感じ。

「あらあ〜、つきこさん、ちょっと聞いてくれる?」

大道珠貴素敵

  ・純白
  ・素敵
  ・一泊
  ・走る
  ・カバくん

と5つの短編が入っている。

どこが素敵なんだか。

傷口にはウォッカがとても良かったから、がっくり。


夫や親戚や兄弟姉妹や息子や娘や息子の嫁や友人やボーイフレンドの、気に食わないところをぶつぶつ愚痴をたれる登場人物たち。
その愚痴をだらだら聞かされて辟易としている登場人物たちがまたぐちぐち。

愚痴ってものは、聞かされるほうにとってはとめどなく長いんだあ。

いいよ、もう。

最後のカバくんの話の終わりの部分。

  この先、くり返しくりかえし、日々が来るんだなあ、と思った。
  きょうはきのうになり、あしたはきょうになる。
  きょうは、すぐにきょうでなくなる。
  いまはすぐにいまでなくなる。
  友達も、友達でなくなり、 恋人も、恋人でなくなる。
  友達も、恋人も、また新しくできる。
  どちらともつかないひとも、できるだろう。 
  女友達も、できたり、いなくなったりするだろう。


だから〜。 現実だけでじゅうぶん。  自分から動こうよ。

「急用を思い出してしまったので失礼しま〜す」

「急用って?」

本を読みたいの。

オンライン書店ビーケーワン:素敵  素敵 大道 珠貴著 光文社
posted by tsukikohime at 22:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 大道珠貴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月25日

2月25日物語 : 笑わないってば


人のセックスを笑うな

小説です。

「笑わないってばー、人のセックスなんて」 と突っ込みを入れてしまったタイトルです。
笑うなと言われても当事者間で行われている行為を見る機会はないので笑うも怒るも感心するもなにもありません。

女性は、「これで・・いいのだろうか・・、このやりかたでなにか間違っていないだろうか」 などとは思わないものです。
不安になるとすれば、「このカラダは他の人とは違わないだろうか。 特殊ではなかろうか」 です。
でも初歩の時代だけです。

違うってば! そういう方向じゃなくて、この小説の話に行こう。

 オンライン書店ビーケーワン:人のセックスを笑うな 人のセックスを笑うな 山崎 ナオコーラ著 河出書房新社

これはタイトルでずいぶん気を引いて著者は得したのではなかろうか。 その上、著者の名前が 山崎ナオコーラ 。 小説家らしからぬ名前のような気がしますが、名前のイメージもまた ハウツーものかエッセイか、はたまたなんとかクリニックの医学博士が書いたと勘違いさせやすかったかもしれません。  
図書館ではリクエストがいっぱい来たそうです。

改行が多くて行間もすかすかしていて、30分もあれば読めてしまいます。 立ち読みで完読も可かもしれません。

山崎ナオコーラさん(どうしてナオコーラなんて名前を・・)は女性です。
でも読んでいると、男性が書いたのではという錯覚に陥ります。
オトコってこんなふうに考えているんではなかろうかと想像するようなところが多かったので。
あ、でも19歳の男の人がこうすんなりと39歳の女性を好きになったりするだろうかとも思いましたが。 

  ユリは睫毛のかわいい女だ。 それから目じりのシワもかわいい。
  なにせオレより20歳年上なので、シワなんてものもあったのだ。
  あの笑ったときにできるシワはかわいかったな。
  手を伸ばして触ると、指先に楽しさが移るようだった。

  そのとき彼女は39歳で、まあ、見た目も39歳だった。
  髪は長く真っ黒で、パーマをかけていたけれど、
  ほったらかしのぼさぼさで、化粧も口紅ぐらいしか
  していないようだった。

39歳の人妻を相手に 「恋だとも、 愛だとも、 名前の付かない、 ユリへの愛しさがオレを駆り立てた」 主人公オレは 「セックスが下手、 人づき合いも下手」 と自分のことをそんな風に思っているのだが、

  もし神様がベッドを覗くことがあって、誰かがありきたりな動作で自分たちに
  酔っているのを見たとしても、 きっと真剣にやっていることだろうから、
  笑わないでやって欲しい。

という文章が出てきて、
これは神様に向かって、人間のセックスだけではないあらゆる行為に対して 「笑わないでね」 と言っているのだなと思った。

神様から見れば、人間のやっていることなんてちっぽけなことだろうけれど、
自分なりに一生懸命、悩んだり苦しんだり笑ったり怒ったり泣いたり幸福感を味わったりして人生に取り組んでいるんだ。 笑わないでよ。  神様だけでなく他人様も笑わないでね。
そんなニュアンスからきたタイトルなんだろうなと思いました。


大丈夫。 笑わないよ。 笑えないよ。

                   うちのねこちゃん
posted by tsukikohime at 23:50| Comment(4) | TrackBack(2) | やゆよ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月24日

2月24日物語 : 東京物語


奥田英朗の自伝的小説。 東京物語

奥田英朗は作家になりたくて上京したわけではなく、とにかく東京に出てきたかった。  東京で一年の浪人生活を経て大学入学、家業の倒産により、中退。 コピーライターとして同級生よりも一足早く会社勤めをしてバブルの波に乗り・・。

自伝小説は、その作家のほかの作品を読んでからのほうがいいかも、と思う。

これはこれで面白いが。


順序が行きつ戻りつある連作短編になっている。

◆ あの日、聴いた歌   1980.12.9
◆ 春本番          1978.4.4
◆ レモン          1979・6・2
◆ 名古屋オリンピック  1981・9・30
◆ 彼女のハイヒール   1985.1.15
◆ バチェラー・パーティ 1989.11.10

年代順に行けば、 
@ 春本番・・・1978.4.4・・・ 主人公、田村久雄が名古屋から上京した日だ。 そして右も左もわからない東京の町を人恋しくてうろうろしているうちに後楽園球場で行われたキャンディーズの解散コンサートに遭遇する。

A レモン・・・1979.6.2・・・ 一年の浪人を経てなんとか御茶ノ水に校舎がある大学の文学部にもぐりこむことが出来た久雄はこの日、桃井かおりきどりの同級生、小山江里と蕎麦屋に入る。 江里は「わたしのことを “エリー”と呼んで」などという。 いとしのエリーのエリーだ。
蕎麦屋のテレビではこの日江川卓のプロ入り初登板の中継をやっていた。

B あの日、聴いた歌・・・ 1980.12.9・・・ あの日だ。 そう、 ジョンレノンが射殺された忌まわしき日。 大学を中退した田村久雄は広告代理店で新入社員として、昼飯を取る暇もなく忙しく働いている(こき使われている)。 

C 名古屋オリンピック・・・ 1981.9.30・・・ まだ22歳の久雄だがすでに部下も持ち仕事も波に乗っているところ。7年後のオリンピック開催地が名古屋になるかソウルになるか決定する日だ。 名古屋出身の久雄にとっては大関心事だが、周りの人達にとってはそんなに大きな問題ではなく、久雄には面白くない。

D 彼女のハイヒール・・・ 1985.1.15・・・ 新日鉄釜石と同志社大学のラグビー日本選手権の日。 久雄は母親の策略で同郷の女性とお見合いをすることになるのだが。

E バチェラー・パーティー・・・ 1989.11.10・・・ 友人のバチェラー・パーティーに出席する久雄。 バチェラー・パーティーというのは、結婚を前日に控えた男性が独身最後の夜を女抜きで騒ごうというパーティーのこと。 しかし主役である友人はそのパーティーになかなか現われない。 この日はベルリンの壁が崩壊した日。 東西ドイツが統一した記念すべき日である。
その映像を見ながら30歳になったばかりの友人が言う。
「青春が終わり、 人生が始まる、か」


少し親切すぎるほどにその時代を思い起こさせる流行の音楽、映画、車、事件などキーワードが散りばめられていて、その点についてはしつこさがまぬがれないですが、同年代の人にはなつかしいでしょう

小説と違って脚色が少ない自伝では、奥田英朗のおもしろさが存分に味わえなくて物足りなかったです。

奥田英朗未経験者はぜひ他の小説から! 

ところで表紙の絵は20代の主人公、田村久雄(奥田英朗)を
描いているのだと思いますが、
表紙をめくったところにある著者の近影写真の広ーいおでこの部分に
つい手を当ててみてしまいました・・・。 
ごめんね奥田さん。

オンライン書店ビーケーワン:東京物語  東京物語  奥田 英朗著  集英社
posted by tsukikohime at 23:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 奥田英朗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月23日

2月23日物語 : 傷口にはウォッカ


読んだら書く。  

今日は吉祥寺の葡萄屋で友人とランチをしてひるまっからアルコールを摂取。 といっても食前にサングリアを少し。
グラスに2センチも入ってないの。 すごく大きなグラスで顔全部で香りを嗅ぐという感じです。 これはまだ飲む前。 グッピーが飼えそう。

DVC00055.JPG


さてさて図書館でしこたま借りて2週間で返却しなければならない。 読めると思うから借りるのだけれども、読んだら読む。 読んだら次。 終わったら次。 読んだら次。 読んだら読む。
これじゃあ、内容は覚えていても感受したものが薄れちゃうなあ。 
読んだら書く。 これは備忘録みたいなものでもあるんだから。
読んでばっかり。


やっぱりふつうではないものを書く 大道珠貴(だいどうたまき)

オンライン書店ビーケーワン:傷口にはウオッカ 傷口にはウオッカ 大道 珠貴著 2005.1 講談社

案外、高級なマンションに住んでいる40歳の主人公、永遠子は夏になると実家に戻りたくなってくる。 広い敷地を持つ実家の庭にプレハブ小屋を建ててもらって夏の間だけ寝泊りする。
弟と妹1と妹2の子供たちが、物置小屋でもあるプレハブ小屋に置いてあるジュースを取りに来る。

振り向くのが面倒だ。 どうせ子供らは澄んだきれいな瞳をして好奇心旺盛にわたしを見つめているのだろう。
しらんぷりして豆乳を飲んでいた。
うしろでひそひそ話が聞こえる。
誰誰?
知ってる?
知らん。
ほら。
え。
動かないよ。
押さないで。

ゆっくり首だけまわして、子供らを見る。
口からちょろりと豆乳を流してみせる。
豆乳の筋が喉元まで伝う。 
オエーッとわめいて子供らは走り去っていった。
「鼻とか目から出せたらなあ。 もっとよろこばせられたかもしれんのになあ」

・・・家で読んでいてよかった。

出だしがこれで、ドタバタ話になるのかと思ったが、ずるんずるんとした流れの永遠子の回想とだらんだらんな日常の話である。

裕福な実家から生活費が出るので定職にもついていない。 これを逃したらもう40歳だし最後かなあと思う恋人もいる永遠子。

駆け落ちしても 「まだまだケツが青かったわ」などと相手の男の感想述べ平然と戻ってくる永遠子の母。 
恋多き母なのだが 「まあ、妖怪だからな、あのひとは」と一度も怒ったことはない永遠子の父。

永遠子がずっと恋心を抱き続けている4つ下の弟。 「きょうだいだからセックスも結婚もできん」ことに今も納得がいかない。

妹1と妹2にはあまり感心がない。 (名前は出ずに常に “妹1”と “妹2”と書かれる)

家族自体、ちょっとふつうではないし、姪や甥の前でわざと豆乳をちょろりと口から垂らしてみせるような40歳の永遠子だから、永遠子にしてみれば淡々としているような日常でも、私には興味深い。 世の中にはこんな家庭もあるのかもしれない。
働かなくても家事をしなくても世話をする子供や老親がいなくても通う学校がなくても時間に縛られなくても、人間ってあれこれ思考しているんだなあ。


知人に、40も半ばを過ぎている独身男性でいまだかつて一度も勤めに出た事がない人が居る。
働かなくても親が遺したマンションやアパートの家賃収入だけで暮らしていけるし、 たまに大きな買い物(高級車とか船とか)や、海外旅行(10日や20日とかそんなもんじゃないんだろう)をしたいときはそこらの土地を少し売ってるような、そんな人だ。
恋人がいるわけでもないし。
時間、いっぱいあるんだろうな。
どんなことを考えてるんだろう。
毎日どんな食生活しているんだろう。
あまり突っ込んで聞いたことがない。 
知りたいような知りたくないような。
近所の子供の前で、豆乳をちょろりと垂らしたりなんかしてはいないと思うけど。

いくつか共感する文章があった。

  わたしはどうも、 誤解は誤解のままに流すのがつねで、
  それほど、自分を正当化するのが嫌いなのだった。
  誤解するひとはそれでかまわない。
  わたしの努力が足りなかったのだろう。
  でも努力したって、なんになるのだろう。
  誤解は、すべてが間違っているわけじゃあない。
  そのひとが考えたわたしは、そのひとのなかでは、
  そいうやつだったのだと思う。

年を取るにつれ、そうなってきました。
その人はそういうふうにわたしを見たいからそう見えて、その人のなかではわたしはそうなんだな。
対する相手の数だけわたしがいるんだな、と。   
                       図書館本
                        
posted by tsukikohime at 23:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 大道珠貴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月20日

2月20日物語 : プラナリア

タイトル買いをしてしまうのってたまにありますが、私だけではないと思うのですが、どうでしょう。

プラナリア

プラナリアって、なに?  もしくは、プラナリアって、あーあれねとわかっても、ではそのプラナリアというタイトルで、どんな小説になっていくのだろうと興味がわくかもしれない。

タイトルって重要ね。 一番のキャッチだもの。

プラナリア[Planaria]  三岐腸目のプラナリア科に属する扁形動物の総称。 
  体は扁平で、口は腹面中央にある。  体長20〜30ミリメートル。
  渓流などにすむ。 再生の実験によく使われる。     「大辞林」 第二版より

23歳のときに乳がんで右胸を取ってしまった25歳の女性が主人公だ。

次に生まれてくる時はプラナリアになりたい、と言う。

「・・・とにかく切っても切っても生えてきちゃうなんて、馬鹿みたいでいいじゃない。 ほら私、乳がんでしょ。 だからそういうもんに生まれたら、取った乳も勝手に盛り上がってきて、再建手術の手間とお金が省けたなーって思ってさ」

そんなことを言って盛り上がっている飲み会の雰囲気を盛り下げてしまって、ボーイフレンドに、
「もう自分で自分の病気のことを言うの、やめなよね。 そんなんじゃルンちゃん、本当に友達無くすよ。」 などと、やさしく諭される。

ちゃんとした恋人だった方の男は、病名を伝えたあとに尻尾を巻いて逃げていってしまったが、 「酔った勢いでやってしまった仲だった」 ほうの彼は、 「私と私の家族に混じって一緒に泣いてくれ、 暴れて手がつけられない私に毎日会いに来てくれ、 根気よく慰めてくれ」て、右胸が無くなった今も 「変わらず私を愛してくれる」

気を使ってくれる家族と優しい彼氏がいて幸せなことだと思うのだけれども、本人もわかっているのだが、どうしてもわがままになりひねくれてしまう。  何もかも面倒くさくて社会復帰に興味が持てない。

                     プラナリア


プラナリアって知ってる? と中二の空に聞いた。

「知っているよ、生物で習った」

この小説にこんなふうに書いてあるんだけど・・と本を見せた。

「たとえばみっつに切っても、それがいつの間にか再生して三匹になっちゃうんだって。 三匹どころか十個に切り分けても、 とかげの尻尾みたいににょきにょき育って十匹になっちゃうんだから」

すると、
「切り方によるんだよ。 例えば真ん中で切っても、半分にたたんで鋏で切って広げた折り紙みたいになっちゃったりね。 口がふたつの生物になっちゃうこともあるし、口なしで切られたほうは、口がない体が反対側にできて、口がないからすぐ餓死しちゃうんだよ」
と、教えてくれた。

「つまり、切ったところに鏡を置いて映った姿みたいなの?」

「そう。 そういう場合もあるし、尻尾の先っぽを切ればそこだけ再生するのもあるし。 切る場所によりけりかな。」

「なんか不気味な生物ね」

「ぶっちゃけ、元の姿もこんな形」 と絵を描いてくれた。

「まあ・・・」

「ここの頭のところに縦にちょこっとメスを入れると、頭だけふたつ出来る双頭の生物になってしまうし、二本メスを入れると三つ頭が出来ちゃったりするんだ」

「この本の主人公、生まれ変わったらプラナリアになりたいんだって。 空くん、なりたい?」

「やだよ、そんな大脳のないヒワイな形のやつなんて」



もちろん、主人公の女性も本気でそんなもんになりたいわけではないのですが。
どうして私が乳がんに・・とひねてすねていじけて露悪趣味的に 「あんたたちは、幸せそうでいいわよね、私なんて乳がんでさー」 を言いたいがためのきっかけ話として、プラナリアを持ち出しているのだ。

この本の中には、「プラナリア」の他に、「ネイキッド」、「どこかではないここ」、「囚われ人のジレンマ」、「あいあるあした」と5つの短編が入っています。  この話はいいけど、これはいまいちだなというのがひとつもなく、どれも秀作。
プラナリアが直木賞受賞なら、他のだって取れるのでは?というくらい。

私は、最後の「あいあるあした」が一番好きです。

山本文緒は、タイトルの付け方がヘタだなあとひそかに私は思っていて、タイトルを見ただけでは手を引っ込めてしまいそうになることが多いのですが、読めば内容はそれを良い方に裏切ってくれて、うーん、読んで良かったあと思うものばかり。 

今回はプラナリアというタイトルが多くの人の気を引いてくれるでしょう。 初めて山本文緒を手に取った人もここに収められている他の短編に触れて山本文緒のファンになり、それを友人に口伝えて結果プラナリアみたいにファンが増殖していくといいなあと私は期待しております。
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2006年02月15日

2月15日物語 : なんの証明


私を見つけるとすくうように手を取りあれから30分は経っているだろう、 今日は暖かですね、 コートを持ちましょうか、 さすがに新宿は平日でも人が多いですね、 ただずんずんと歩いている。 
さっきもここを通ったなと私は思う。

つんと立ち止まるものだから私は2歩ほど彼の前に出てしまい、つないだままの手がぎゅんと引っ張られた。
「ここに入りましょう」

私たちの横に開かれた大きな入り口にすたすたと入っていく。 
建物を見上げて確認する暇もなく、入ってすぐ左にあるエレベーターのボタンを押す彼の指先を見た。


どうして映画なんだろう。


精神のバランスを崩してだんだん壊れていく天才数学者。  アメリカ版博士の愛した数式なのかしら。  
なんの前知識もなくそれもいきなりの映画という事態もまだうまく飲み込めていないままだけれども、映画も隣に座る彼も私たちの周りの観客もしんとしているので、あきらめて銀幕に気持ちを移すことにした。

プルーフ オブ マイ・ライフ


プルーフ オブ マイ・ライフ ・・・人生の証明? 生命の証明? 生きることの証? 生き方の証明? なんと訳すのかしら。

一時はその世界では名を知られていた天才数学者。 そんな父を敬愛する娘。
その愛する父が精神のバランスを崩し壊れていく。 自分の勉強を犠牲にして大学を辞め父の看病をする娘だったが、壊れていく父の姿を目の当たりにし、深い悲しみに包まれる日々。 
父の最期を看取った彼女は、喪失感といつか自分も父のようになっていくのでは?との恐怖に襲われ、抜け殻のようになってしまう。
そこに亡くなった父の教え子だった若者が現われ、教授のノートを見せてほしいと言う。
抜け殻のようになった彼女だったが、その若者と結ばれ、そして隠していたあるノートを若者に見せる決心をする。
そのノートに書かれていたのは、今世紀最大の数学の証明。
そのノートの発見者は君だ!と狂喜する彼だったが、その証明を書いたのは、父ではなく私だと娘に言われ・・。


「どうして映画だったのですか?」

殻つきの牡蠣にレモンをしぼりながら聞いた。

「どうして牡蠣専門店に行きたいと言ったのですか?」

「え、 牡蠣がむしょうに食べたくなったからです」

「牡蠣は元気になりすぎてしまいますよ」

「よいことじゃないですか。  どうして映画だったのですか?」

「映画と食事。 そんなふうにしてみたかったんです。」

「そうですか」

「証明したかったんです」 

「証明?」

「いつも逢える時間が短くて、つい・・それだけで。 まるで僕がそれだけの為のように貴女を・・」


彼は生牡蠣は好きだけれども今日はやめておきます、と2個しか食べなかった。  
「そのくらいにしておいたほうが良いんじゃないですか」 と私は8個めの牡蠣で止められた。


別れ際、ホームに電車がすべりこんで来ると彼が握っている手に少し力を込めた。

本当に今日はもう時間は無いのですよね。

はい。 最初にお伝えした時間しかありません。

そうですか。そうですよね。

電車の扉が開いた。

明日も逢いますか?

はい! 彼は即座に答えた。 

明日も映画? と言うと、情けない顔をしてうなだれるので 「嘘よ」と笑って電車に飛び乗った。
posted by tsukikohime at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | ん・・こぼれごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月13日

2月13日物語 : リアル

湾岸ラプソディ(改題 夜の果てまで) 盛田隆二 を読みながら息を止めていて、いや本当に止めていたら死んでしまうから息を詰めていたというのかな、 とにかく途中から引き込まれて一気に読んで、読み終わってぷはーっという感じで息を吐いた。 もう少し長かったら低酸素症になったかもしれなかった。

オンライン書店ビーケーワン:おめでとう   おめでとう 川上 弘美著 新潮社

その次に手に取ったのが、川上弘美おめでとう 

今度は縁側でひなたぼっこをする年老いた猫みたいな気分になってしまった。

湾岸ラプソディとは対極にあるリアリズムからかけ離れた物語世界だ。 12の短編が納められています。

不倫あり、女同士の恋あり、離婚あり、男に金を持ち逃げされる女あり。
くすのきに住んでいつしか水かきができてしまう男とよりを戻すといった異種生物との恋愛や、幽霊に取り憑かれて、私とあなたの共通の不倫相手だった男に復讐しましょうよと持ち掛けられたりという超現実的な世界も川上弘美さんらしい。 

確かに現実離れしているのだが、妙に生々しく色っぽく感じられて、私はやっぱり川上弘美さんのとろりんことした文章、好きだなと思う。
時々、意味不明のお話もあるが。

川上弘美の中の男女も不倫だなんだで苦しんだり迷ったりしてるのだけれども、

「いっちゃいましょうか」 「いっちゃいましょうね」
「やっちゃいましょうか」「やっちゃいましょう」
「ふたりで遠くに逃げましょうか」 「そうしましょうか」
「いっしょに死んじゃいましょうか」 「それもいいですね」

と、里芋の煮っころがしかなんかを箸でつつきながら話している男女を想像してしまいます。

だけれどもその中に生臭いほどリアルな会話もあるから、ひなたぼっこしていた身体がぴくっとしてしまう。

おめでとうの中からふたつ。


「あのさ、俺さ、百五十年生きることにした」 突然トキタさんが言った。
「百五十年?」
「そのくらい生きてればさ、あなたといつも一緒にいられる機会もくるだろうし」
「トキタさんたら」 私は言い、うつむいた。
                       ・・・(冬一日)


「一回、若いひととしてみようかな」
章子の顔を、僕はまじまじと見た。 あいかわらずきまじめな表情である。 真っ白い下着をてきぱきとつけながら、してみようかな、などと言うわけだ。 僕の凝視に気がついて、章子はスカートをひっぱりあげながら、まばたきした。
「しないわよ、まさか」
「僕には止める権利はありません」 両手を降参のかたちに上げながら、僕はおどけた口調で言った。
「権利もないー義務もないー」 上着をはおりながら、章子は小さくうたった。
ひやりと、僕はした。  たぶん章子もひやりとしただろう。
                       ・・・(冷たいのがすき)   


こういうのもね、・・・とってもリアル。

・ 
posted by tsukikohime at 11:37| Comment(3) | TrackBack(1) | 川上弘美 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月12日

2月12日物語 : パターンを超えて


オンライン書店ビーケーワン:夜の果てまで夜の果てまで 盛田 隆二〔著〕 角川書店

北大の学生と12歳年上の人妻との恋愛。

ハッピーエンドは望めなさそうな設定だな。 それに好きな組み合わせの恋愛ではない。

新聞社に就職することも内定し、卒論に取り掛からなくてはならないというのに人妻との逢瀬にずぶずぶ溺れてしまったのか、夫に見つかってしまって家を出るという彼女と東京に駆け落ちをしてしまう。

あ〜あ、駆け落ちしちゃったの?  私は映画 卒業 のラストシーンのダスティ・ホフマンの 「花嫁を奪っちゃったけれど、で、このあとどうなるんだろう僕たち」 みたいな、けっして幸せの絶頂に居るとは思えない顔を思い出した。  

セックスだけじゃないんだ、本当に愛しているんだ、錯覚ではないんだ。 そんなふうに思い込みたくて、彼女に証明してみせたくて意地になって駆け落ちに踏み込んでしまったのだろうか。

あーあ。

なんか先が読めちゃいそうです。  きっとお金も尽きてみじめな生活になってきてふたりは喧嘩が絶えなくなって、 手っ取り早くお金になる水商売に彼女は働きに出て、 嫉妬心からまた喧嘩が始まり、 生活に疲れ果て、 結局は彼女は夫の元に戻り、彼は大学に戻り就職をし、そして新しい恋愛をし、結婚し家庭を持ち・・・。 そしてふと若い頃に体験した大騒動を思い出す。 「ふっ・・若かったんだな」  

そうなるに違いない。 そんなよくあるパターンになってしまうのだろう。 そんなの読みたくないなあ。

途中で放り出さなかったのは、女性の夫の前妻の子・・中学3年生の男の子がとても魅力的に描かれていたからです。 その男の子のおかげです。

感謝。 最後まで読ませてくれて。 君のおかげで物語はぐっとおもしろくなったし、二人は想いをまっとうすることが出来たのですよ。

そして恥じた。  なんでしょう、私の想像力ったら。 パターン化されてるのは私のほうだった。

読み終わってうなってしまいました。 しばらく動けなくなり何度かページをめくって読みなおしてみたり。  冒頭のシーンは何回も何回も読んでしまった。

この小説のラストの日付は、1991年2月28日。
そして冒頭は1991年3月1日に失踪してしまった妻との婚姻を解消するために申し立てられた「失踪宣告申し立書」 で始まる。

この構成です。

この構成があるからこの小説の魅力がぐんと引き上がったのです。

これがあるから、 読み終わってしばらく 「うーん」とうなってしまうのです。  

「著者会心の最高傑作」 だそうです。

この作品はもともとは 「舞い降りて重なる木の葉」という短編だったそうだ。 それを長編に書き直し、 ’96年7月から’98年2月まで 夜の果てまで というタイトルで月刊カドカワに連載し、 その後 ’99年4月に 湾岸ラプソディ に改題し、大幅な加筆を加えたそうです。 それからまた ’04年に 夜の果てまでと言うタイトルに戻し文庫化(角川文庫)されているようですね。

著者自信、この作品にかなり入れ込んでいる事が窺えます。

確かに感動してしまった私ですが、一日たって冷静に思い起こしてみると、大筋としてのストーリーの流れは私のつまらない想像とほとんど同じでしたね。


2月9日物語で紹介した奥田英朗空中ブランコの中に神経科の医者、伊良部と患者の女流作家の会話の中でこんなのがあった。

「小説って、どうやって書けばいいわけ?」
「思ったことを、正直に。 ただし客観的に」
「筋はどうやって練ればいいわけ?」
「それより描写。 大事なのは人間を描くこと」

なあるほど、 ありきたりのストーリーでも人物描写によって小説も生きるものなんだな。

それと構成なんですね。

「はじめ良ければ終わりよし」 と言いますが、 「はじめ良かったのに途中でがっかり」 や 「はじめ良かったのに終わりだめ」 にがっかりする小説がよくあります。

夜の果てまで/湾岸ラプソディ は、「はじめが良かったから終わりが良かった」 もしくは 「始まりと終わりがセットでひとつになって、良かった」でした。


オンライン書店ビーケーワン:湾岸ラプソディ 湾岸ラプソディ 盛田 隆二著 角川書店
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2006年02月11日

2月10日物語 : 番外編 マニアックバトン


【マニアックバトン】

あれやこれやのkbbさんから回ってきましたマニアックバトン。

もうずいぶん前にいただいたのに、忘れた頃にごめんなさい。 でも私は忘れてませんでした。

これ、難しいんです。  好きな作家さんですよね。  たくさん居過ぎてひとりに決められない・・・というか実はひとりだけ挙げよというならもう決まっているのですが、なんというか語り辛いのです。  取り乱しそうですよ、つきこさん。 良いんですか?(脅す)

ではでは・・・

マニアックバトン。お題は 村上春樹  です。


■Question 1.パソコンまたは本棚に入っている『村上春樹』は?

  多分、すべて です。

■Question 2.今妄想している『村上春樹』は?
  
  妄想。
  妄想。
  妄想。 ははっ。

  書けるわけないじゃないですか、そんな!  
  友人、知人もこの記事を読んでいるのですよ。
  私の人生、めちゃくちゃになっちゃいますよ。 そんな・・・。

■Question 3.最初に出会った『村上春樹』は?

  もちろん 風の歌を聴け です。

■Question 4.特別な思い入れのある『村上春樹』は?

  もちろん 風の歌を聴け です。

■Question 5.最後にバトンを回したい5人とそれぞれのお題は?

  「別にその後まわす必要はないと思うので気兼ねなくどうぞ〜」

と、kbbさんがおっしゃるので、真に受けます。

気兼ねなくとおっしゃりますが、まともなものが書けない事はわかっていたので、着手が遅れてしまいました。 

「風の歌を聴け」 は、単行本として出版される前の 雑誌「群像」に発表されたそのものまで持っています。
今では絶版となった、村上龍との対談 「ウォーク・ドント・ラン」まで持っています。


村上春樹にはもうまいっちゃってるので、冷静な判断が出来ません。 だから滅多にここで紹介しないでしょ。  まいっちゃってるのよ。  やれやれ。  まいったなあ。  

妄想。
妄想。
posted by tsukikohime at 02:26| Comment(3) | TrackBack(2) | バトン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月10日

2月9日物語 : ビタミン注射


精神科とか神経科にいちど行ってみたほうがいいかな。

って思ったことあります?  私、あるなあ。  でも、行ってヘタに病名などつけられてしまうと病名に囚われて却って症状が悪化するのではないかしら、と思って二の足を踏んでしまう。

ひと昔前に比べれば、「どうもウツみたいでね」 「安定剤を飲むと眠りやすいよ」 などと、精神科に通うことをカミングアウトする人も増えてきたし、「風邪は早めの治療がいいのよ」くらいの感覚で気軽に行く人も多くなった。

現代では、誰しもみな少しは病んでいるのだ。
「私は完璧に健全で常に安定した精神の持ち主です」 と胸をはって言える人などどのくらいいるのだろうか。


以前にもちらっと書いたけれど、 奥田英朗空中ブランコ

奥田英朗・・おくだひでお って読みます。

イン・ザ・プールに続く、伊良部という名の精神科医を主人公にした連作で、色んな症状の患者とのやりとりがひとつづつ短編になっている。

奥田さんは、 『最悪』 、 『邪魔』というクライム・ノベルでブレイクした作家ですが、空中ブランコやイン・ザ・プールはユーモア小説です。

最悪は長編なのですが、先が読みたくて読みたくて私を寝かせてくれませんでしたねえ・・・。

幅の広い作家だと思います。


精神科医、伊良部のもとを訪れる患者はさまざま。

患者・・・・・ サーカスの空中ブランコでパートナーと息が合わなくなってきて
        それを全面的に相手の責任だと思っているサーカスの団員。  
伊良部・・・・ 「サーカス? なんて名前? 近くでやってるの?」 
        「行く、行く」 「行こう、これから行こう」

患者・・・・・ 尖っているものを見ると膝ががくがく震えてしまう尖端恐怖症のやくざ
伊良部・・・・ 「ところで、ぼく、一回でいいからピストルを撃ってみたいんだけどね」
        「セッティングしてよ。 鉄橋の下あたりで」

患者・・・・・ 義父のカツラをむしり取りたくなったり、大勢の人の前で何かとんでも
        ないことをしでかしたくなる強迫神経症の神経科医。
伊良部・・・・ 「原因がわかれば簡単だ。 やっちゃえばいいんだから。
         そうすれば治るよ」
        「やろうよー。 教授のヅラ。 面白いじゃん」

患者・・・・・ 一塁へ送球するのが怖くなったプロ野球一軍のベテラン三塁手。
伊良部・・・・ 「受付から聞いたけど、坂東さん、プロ野球の選手なんだって?
        だったらもらってきてくれないかなあ、イチローのサイン」
        「治るよ、そのうち。 まさか反対方向に球が飛んでいくって
        わけでもないし。 せいぜい90度以内の誤差でしょ」
        「やろう、やろう。 キャッチボールやろう」

患者・・・・・ 小説を書こうとすると、過去に書いたことがあるネタなのではないかと
        不安でたまらなくなり執筆に取り掛かろうとするたびに
        片っ端から自分の作品を調べてしまう強迫症の女流作家
伊良部・・・・ 「要するにむかつくことがあると、ほんとに吐いちゃうわけだから、
        むかつく原因をはっきりさせればいいわけよ」
        「それが仕事なら仕事を止める。近所付き合いなら引っ越す。
        対人関係なら消えてもらう」  
        「一服盛るなら薬の銘柄ぐらい教えてあげるよ。 えへへ」


なんにでも興味を持ってやってみたがる子供みたいな医者だ。
注射針が患者の皮膚を通る瞬間が大好きでじっと凝視する。  とりあえずビタミンを打っておくね、と毎回注射をする。 

患者は皆、はじめは不信感を持って二度とこんな医者のところなんか来るものかと思うのだが、なぜだかまた訪れてしまうのだ。  こいつこれでも本当に精神科の医者か? と思いながらもカバのような容姿の伊良部医師のもとに行ってしまう。

患者の生活にずかずか入り込んできてそれとなく患者に原因を思い当たらせ(伊良部医師にはそういう深い計算などなく、ただずかずかと入り込んでいる)、患者はそのカバみたいな無邪気な伊良部を見ているうちに、気持ちが開放的になり症状が改善されてしまうのだ。


私も伊良部医師と同じで、注射針が自分の皮膚を通る瞬間をじっと見るのが好きなので、毎回、ビタミン注射をしてくれるという伊良部総合病院の神経科なら、行ってみてもいいかなあ。
でも伊良部医師がおもしろがって興味を持つような職業に就いてないから、よく眠れる薬(安定剤)くらいしかもらえなさそうだわね。

安定剤なら普通の内科でもくれるし、それを飲むと本当にがくっとよく眠れる。 睡眠剤は一切入っていないのに。
不安定な何かが私を不眠にして、安定剤で安定したのねと思ったが、本当にがくっと眠ってしまうので、時間を逆算して飲まないと大変なことになります。 
私は昔、ジャングルジムのてっぺんで寝ていたことがあって、医師に確かめたのですがまったく睡眠剤は入っていないという。 それから量を減らしてもらったのですが、今度はお見舞いに訪れた恩師の家の居間の畳の上で7時間も眠ってしまい、恐ろしくてやめました(恩師は私を放って寝ていました)。 本当にいきなりがくっとくる。

重大な症状の人はともかく現代病ねと言われるくらいの人なら、この本は閉じていたものを開かせ、こだわっている事を放らせ、少しラクにしてくれるかも。 笑うのも健康に良いですしね。



 オンライン書店ビーケーワン:空中ブランコ 空中ブランコ 奥田 英朗著 2004.4 文芸春秋


 
posted by tsukikohime at 03:58| Comment(6) | TrackBack(4) | 奥田英朗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月07日

2月7日物語 : エンジェル


受験が終わって、ぽけぽけぱーとなっていました。

エンジェル といえば、エアロスミスのエンジェル。

♪ ユーアーマイエンジェル〜

ではなくて、 石田衣良エンジェルの話。

この本の題名のエンジェルとは、 経営学でいうエンジェル。 経営学でいうエンジェルとは白い羽をはやした神の使いではなく、ベンチャー企業の創業時に立ち上がりのための資金=シードマネーを提供し、創業を援助する個人投資家のことを言うそうである。

そのエンジェルと、もうひとつ 本来の“天使”の意味のエンジェルと両方をかけているのかな。

この小説の主人公の生前の仕事は経営学上のエンジェルで、死んでエンジェルみたいなものになった。 エンジェルというか霊魂というか、姿も現わして周囲を驚かすから幽霊かな。

主人公が最初から最後まで死んでいます。 死んで幽霊になったのに恋までしてしまいます。 半ページのエピローグでまたこの世に別の人間として生まれるのですが。

自分が何者かに殺されて埋められるところを空に浮かんで目撃するところから始まる。

自分はなぜ殺されたのか、幽霊となり自分の死の謎を追うストーリーです。 
死の謎を追いながら、時々フラッシュバックして、自分の人生を生まれた日に遡ってところどころ追体験する。 そのことによって読者は主人公が殺されるに至る道を一緒にたどっていくのです。 
ミステリーなのかな、これ。

石田衣良かしら、鈴木光司かしら、と2,3度作者名を確かめてしまいました。

エンジェル 石田衣良 集英社文庫
エンジェル 石田 衣良著 2002.8 集英社

それにしても、石田衣良の小説には吉祥寺がよく出てくる。

池袋ウエストゲートパークの舞台はもちろん池袋で、先日読んでちょいと首をかしげたブルータワーの舞台は新宿だったが、LAST(この短編集は良かった!)の中でも、主人公の主婦が出会い系で知り合った車椅子の青年と行くラブホテルは、吉祥寺丸井裏のラブホテルだった。 「車椅子で入れるような設計になっているのは吉祥寺ではここしかないんです」のようなセリフがあった。
東横インの社長さん、見習いましょう。

1ポンドの悲しみを読んだ感想は後日書きますが、この中でも、 吉祥寺にある井の頭公園の池のボートにカップルで乗ると必ず別れることになる、なんていう地元ネタまで書いてあった。 これはここらでひじょうに有名な話で、吉祥寺周辺に住んでいる人ならほとんど知っている。  井の頭公園の神様は、女の神様で(弁天様だったかな)、カップルを見ると嫉妬して別れさせるとかなんとか。 
弁天様って嫉妬深いの?  自分の恋人ならともかく関係ないカップルまでに嫉妬するなんてそんなことはないでしょう、と思いつつも私たちは若い頃、本命の彼とは決して井の頭公園でデートなんてしなかった。  別れたくなると何も知らない彼氏に向かって 「ボートに乗りたいわ」なんてことをしてみたりした残酷な少女たちでした・・。 

話はエンジェルに戻りますが、主人公は吉祥寺に住んでいる。 吉祥寺のお屋敷。 そして繁華街のはずれにある小学校から大学までエスカレーター式の私立に通っている。 あ、それは成蹊ではないですか。

んー、やっぱり石田衣良は、下調べをしたにしてもなあ・・と思って、著者略歴を調べてみた。 

はい、石田衣良さんは、吉祥寺にある成蹊大学卒業でした。 なあるほど。

・・・などと小説の中身より他のことばかり気になるのは、私がここのところポケポケしてしまってるからではありません。 

ちょっといまいちでした、この小説。

どの本を読んでみても、たとえ残酷なシーンなどが出てきても、石田さんて育ちが良くて性格も温厚で優しい人だなと感じます。 文章やストーリーにいいとこの坊ちゃんを感じさせます。  時々その育ちの良さが邪魔をしてストーリーに甘さが残るような気がします。  そこを頑張ってドカンと書いたのが LASTなのではないかしら。

石田衣良の作品の中では今のところLASTが一番好き。 LASTを書ける石田さんだから、他の作品も期待して読みたくなります。

なんだろう、まだポケポケしてる、私。 エンジェルの話はいったいどうなったんだ。  早く戻ってこなくては。

                            ぼけぼけぱーのつきこさん
posted by tsukikohime at 23:59| Comment(2) | TrackBack(2) | 石田衣良 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月03日

2月3日物語 : またチャッチャッチャッチャッ


終わったー。 1日校、2日校とも合格したので3日校は受けに行かず、海ちゃんは小学校に行った。 小学校に行っても受験しない6年生が5人くらいしか登校してないので、授業はなく(授業にならない)先生と遊ぶだけらしい。 はー。 終わった。 めでたい。

帰ってきたら、ブックオフに行き、「足がしびれるほど」 居たいそうだ。

私も「腕がしびれるほど」 買ってしまいそうだ。


1月30日物語で紹介した 舞城王太郎煙か土か食い物を最後まで読み終わった。

読んでいる最中も わー凄い作家に出会えて嬉しい嬉しいと思っていたが、本当に最後まで飽きさせず、最後の最後にがっかりさせられるような小説も少なくないが、これはもう最後の最後の一行までよく出来ていた。
30日にも書いたように 奈津川家の四男、四郎が主人公であるが、四郎というからには一郎、二郎、三郎も居て、全員秀才の一家だ。  チャッチャッチャッチャッとリズムに乗って四郎の行動も思考もそして文章の流れも進んで行き、ミステリーの仕掛けも謎解きも素晴らしいが、そんなことがデザートに見えてしまうくらい、親子、兄弟の逃れられない濃密な愛憎劇がメインの話であるなあと思った。

しかし、全編、暴力シーンが激しくて多いです。

最後の方は、もう連続で何人もの人が刺されて倒れる。  さすがERの外科医、四郎がチャッチャッチャッと応急手当をしていくのですが。

あまりにも魅力的で強烈なキャラ、四郎を代表とする奈津川家の物語。 もっと続くべきだ。 もっと奈津川家の話を読みたい。

舞城さん、もっと奈津川家の話を書いてほしい。 と思ったらやっぱりある。

奈津川家の三男、三郎(作家業)が主人公の話や、三郎の友人で探偵のルンババ(ふざけた名前だ)が活躍する話もあるらしい。 (このルンババは、煙か土か食い物の中で二十一ヶ所も刺されて殺されてしまうんですが)

奈津川家の話でなくてもいいから 舞城王太郎が書くもの、もっと読みたい!

オンライン書店ビーケーワン:煙か土か食い物 煙か土か食い物 舞城 王太郎〔著〕 2004.12 講談社
posted by tsukikohime at 10:54| Comment(6) | TrackBack(0) | 舞城王太郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする